ポスト・ヘリテージ映画を中心とする80年代以降の英国映像文化を、現在も続くサッチャリズムあるいは帝国アメリカの文化を地政学の観点から捉えることで読み解こうとする1冊。
サッチャー保守党政権成立から30年、その後のブレア労働党政権から現在に引き続き存続する経済的グローバリズムと文化的ナショナリズムの矛盾、ナショナル・アイデンティティの動揺と再定義といった問題を見直します。
また、英国ヘリテージ映画やイングリッシュネスの商品イメージの主要な消費者・観客・受容者が、大西洋を越えたアメリカにおいて存在したことに注目し、あらたな「帝国」アメリカとの関係において英国文化を捉えなおしています。
英国文化が世界に強いインパクトを与えたのは、大規模なハリウッドに匹敵する映画というよりは、公共サービスの伝統と質の高さを特徴とするテレビを通してであったことを踏まえ、本書では、映画以外の映像文化一般――TV、演劇あるいは音楽、美術、雑誌・広告メディア等――の流通・受容の問題も視野に入れています。
ヘリテージ映画とは…
1980年代初頭以来、ノスタルジックに薔薇色に彩られ美化された過去の英国のイメージを描いた一連の映画で、一時代を画した。
その代表例としてよく取り上げられるのが、1924年のオリンピックで活躍した陸上選手の勝利の物語を愛国的に描いている『炎のランナー(Chariots of Fire)』(1981)など。
目次
●序章 グローバル/ローカルな文化地政学へ(大谷伴子)
1 トランスアトランティックな転回?――90年代英国映画のマッピング
・ケイト・ウィンスレットと文化の移動――ロマンティック・コメディの「臨界」(松本朗)
・コラム サッチャリズムと帝国アメリカ
・大英帝国と銀河帝国のバイオポリティクス――ポスト・へリテージ映画が繋ぐ二つの世紀(加藤めぐみ)
・コラム 「異文化理解」あるいは「映画で学ぶ英米文化」
・サッチャリズムの終焉?――イングリッシュ・コメディの新たな転回とA Fish Called Wanda(大谷伴子)
2 終わらないサッチャリズム?――80年代映画とナショナリズム再考
・「保守党は彼をイギリス人と呼ぶ」――『炎のランナー』とカルチュラル・レイシズムの遺産(木下誠)
・コラム オルタナティヴ・ヘリテージ映画の転回
・文化の女性化をめぐる抗争――アガサ・クリスティと「保守的モダニティ」(前協子)
・コラム カントリーハウスは誰の手に?
・『スキャンダル』――金融資本とカントリーハウスの文化(大田信良)
・終章 英米の「特別な関係」のかなたへ(大田信良・大谷伴子)
●主要な出来事と映像作品の関連年表/ほか
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編者紹介(肩書は発刊当時、敬称略)
大谷伴子…おおたに・ともこ/東京学芸大学教育学部講師
松本朗…まつもと・ほがら/上智大学文学部准教授
大田信良…おおた・のぶよし/東京学芸大学教育学部教授
加藤めぐみ…かとう・めぐみ/東京学芸大学教育学部講師
木下誠…きのした・まこと/成城大学文芸学部准教授
前協子…まえ・きょうこ/日本女子大学人間社会学部講師