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「教師力」の一層の向上と「学級創り」を 教育インフラの人的基盤として

NEWトピック教育課題

2021.04.13

「教師力」の一層の向上と「学級創り」を 教育インフラの人的基盤として

桃山学院教育大学学長・聖ウルスラ学院理事長
梶田 叡一

『新教育ライブラリ Premier』Vol.3 2020年10月

物的な教育インフラの基盤として人的な教育インフラの整備を

 時代の進展とともに、子供たちの学びのために準備しておくべきものも高度化する。

 寺子屋で庶民の子供を学ばせていた江戸時代なら、読み書きのための紙と筆、そして教科書として使う「○○往来」といった冊子、そして子供が座って学ぶための机さえあればそれですんだであろう。西欧的学校制度に切り替えた明治以降の小中学校であっても、長い期間その延長で、ノートと鉛筆、教科書と参考書・ワークブックを揃え、学びのための定型的な椅子と机を準備しておけばよかったのである。しかし令和の時代に入った今日、子供たちは一人一人タブレットを持ち、電子教科書を活用したインターネット学習をする、というところまで考えなくてはならなくなっている。

 教師の側からいっても、小中学校では黒板と白墨で教えていくのが定番であったのに対して、今では多くの学校でプロジェクターや電子黒板などが常用されるようになり、パソコンの活用による教材提示と説明・問題提起、子供一人一人の学びの即時的把握に即した指導展開が不可欠になっていきそうな状況である。学習指導のための道具や施設・設備も、また学習指導の具体的形態も、新たなものになりつつあるといっていいであろう。

 こうした進展に伴って、学校としての施設・設備の在り方も、教室のレイアウトを含めて変わっていかざるを得ない。教育インフラの整備・充実として現在語られているところは、多くの場合そうしたことである。

 これらはもちろん、非常に大切な点である。しかし、ICT機器や、それを駆使した新たな活動の在り方を考えるにしても、教育ということの原点になる「教師こそが最大最高の教育環境・教育条件である」ということを見落とすことがあってはならない。また「学級や学校の社会文化的風土が子供の学びを、さらには心の発達を左右する」ということを忘れてはならない。こうした人的な教育インフラの確保があってこそ学習機器や施設・設備をはじめとした物的な教育インフラの整備が意味を持ってくるのである。

 

 教育インフラの人的な側面として、何よりもまず頭に置くべきなのは、学びを指導する教師の基本姿勢と資質能力である。指導力のない教師、人間として尊敬できない教師に出会ってしまえば、どんなに物的インフラに恵まれていても着実な学びは困難になる。

 またこれに加えて、学びの基本環境としてのクラスや学校の子供たちの在り方も重要である。自分を取り巻く他の子供たちの雰囲気が冷たく意地悪であったり、いじめがはびこっていたり、投げやりでいいかげんな姿勢が常態となっていたりすれば、自分一人だけ屹立して学びをきちんきちんと進めていく、ということはなかなか、となるであろう。

 ここでは、教育インフラの最も基盤にあるものとして、こうした人的な条件について、まずもって再確認しておくことにしたい。

教師力のポイントは何か

 まず教師に望まれる基本姿勢と資質能力である。「教育は人なり」という言葉がことあるごとにいわれるように、すぐれた人が教師として頑張って頂かなくては、そもそも教育は成り立たない。

 平成17(2005)年10月の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」においては、「国民が求める学校教育を実現するためには、子どもたちや保護者はもとより、広く社会から尊敬され、信頼される質の高い教師を養成・確保することが不可欠である」としている。そして、「優れた教師」の条件として、「大きく集約すると次の3つの要素が重要である」とする。

[1]教職に対する熱い情熱
 ●教師の仕事に対する使命感や誇り
 ●子どもに対する愛情や責任感
 ●変化の著しい社会や学校、子どもたちに適切に対応するため、常に学び続ける向上心、など

[2]教育の専門家としての確かな力量
 ●子ども理解力
 ●児童・生徒指導力
 ●集団指導の力
 ●学級作りの力
 ●学習指導・授業作りの力
 ●教材解釈の力、など

[3]総合的な人間力
 ●子どもたちの人間形成に関わる者として、豊かな人間性や社会性、常識と教養、礼儀作法をはじめ対人関係能力、コミュニケーション能力などの人格的資質
 ●他の教師や事務職員、栄養職員など、教職員全体と同僚として協力

また、平成27(2015)年12月の中央教育審議会答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について〜学び合い高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜」では、次の3点が指摘されている。

● これまで教員として不易とされてきた資質能力に加え、自律的に学ぶ姿勢を持ち、時代の変化や自らのキャリアステージに応じて求められる資質能力を生涯にわたって高めていくことのできる力や、情報を適切に収集し、選択し、活用する能力や知識を有機的に結びつけ構造化する力などが必要である。
● アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善、道徳教育の充実、小学校における外国語教育の早期化・教科化、ICTの活用、発達障害を含む特別な支援を必要とする児童生徒等への対応などの新たな課題に対応できる力量を高めることが必要である。
● 「チーム学校」の考えの下、多様な専門性を持つ人材と効果的に連携・分担し、組織的・協働的に諸課題の解決に取り組む力の醸成が必要である。

 ここに挙げられたところからも、現在の日本で求められている「教師力」の具体的内容を考えてみることができるのではないだろうか。これをどう実現していくかが、まずもって人的な教育インフラ整備の最も重要な課題であろう。

学級・学校の社会文化的風土創りも

 さて、学級の雰囲気、学校全体の児童生徒の状況もまた人的な教育インフラとして大切である。これはまた、一人一人の子供の学びを、そして心の発達を実際上左右してしまうほどの大きな要因となる。だからこそベテラン教師は学級創りに力を入れ、老練な校長・教頭は学校全体の雰囲気や規律等の確立に様々な配慮をするのである。

 子供たちの備えるべき雰囲気としては、学びの場に不可欠な特性として、これまで次の3点が指摘されてきた。

(1)温かく相互受容的な雰囲気
 子供たちの中には、甘やかされて育ったために、あるいは他の理由によって、我がままとしか言いようのない面を示す子がいる。自分のその時その時の気分次第で友達をはじめとする周りの人に酷い言葉を投げ付けたり、場合によっては暴力的になったりする子供である。これをまずコントロールできるよう粘り強く指導したいものである。また、子供たちには、様々な場面で、「自分の言葉や態度が友達にはどう受け取られているのかな」と、相手の側の立場に立って自分の言動を見ていく、という指導をしていく必要もあるであろう。そうした指導の上に立って、「誰もがホッと安心して友達と付き合えるようなクラスや学校にしていこう」ということを絶えず言っていかなくてはならないであろう。意地悪やイジメはあってはならないことであるが、こうした問題の芽生えも、相互受容的雰囲気づくりを通じて克服されていかなくてはならないのである。

(2)ケジメのある規律正しい雰囲気
 先生や来客と出会ったら挨拶ができる、授業の始めと終わりにきちんと挨拶する、授業や行事に遅れないよう10分前にはその場に行く、遊び時間にはリラックスしていいが授業中には姿勢・態度をきちんと整える、等々といった指導が行き届いている学校は、当然のことながら、学力等の点でも成果が上がっている。学ぶということには自己コントロールの力、自省自戒の力が不可欠であり、ケジメや規律を身につけていくことによって、そうした自己統制力が少しずつ養われていくことになるからである。逆に、授業開始のベルが鳴っても、まだ少なからぬ子供たちが廊下や教室でウロウロしていたり、ひどい場合には走り回っている子供もいる、という場面に行き合わせることがある。これでは自己統制力の育成ができないだけでなく、実際の授業時間も大幅に制約されてしまうことになる。これをきちんと指導できないようでは、教師失格である。ケジメとか規律というのは、見掛け上の美しさを求めてのことでない。一人一人の子供の心の中に秩序感覚と自己統制力が育つためのものであることを、教師をはじめ指導する側では十分に認識していく必要があるであろう。

(3)何事にも積極的な前向きの雰囲気
 各クラスにも、そして学校全体に、何事にも積極的に取り組もうとする前向きの活気がみなぎっていてほしい。沈滞した雰囲気、消極的な姿勢の蔓延はあってはならないことである。しかしながら、校長や教頭の姿勢によっては、そうした淀んだ空気が学校全体を覆うこともある。またクラスによっては、担任の教師の姿勢次第で、子供たちが皆うっとうしい顔をしたまま、元気のない状態のまま、お義理で座っているだけのように見える場合もある。クラス全体に、そして学校全体に活気がみなぎり、子供の誰もが自ら積極的に様々な活動に取り組む、ということになるためには、何よりもまず教師一人一人の活気ある姿が不可欠である。そして、その上に立って子供一人一人のよいところを見つけては褒めて励ます、といった関わりがあってほしいものである。学校の教師集団としては、こうした点についての取組を是非とも意識的に強化していってほしいものである。

「多忙化」を乗り越え子供たちと向き合う

 学校教師の「多忙化」は、現下の大きな課題である。子供たちと向き合い、その声に耳を傾け、また色々と語ってやる、という時間が十分に取れない、という現状は大きな問題である。まさに「働き方改革」が不可欠である。必要性の少ない会議や書類などを減らしていかなくてはならない。教師集団として手に手を取り合って取り組むべき喫緊の課題ではないだろうか。

 子供たちが嬉しい弾んだ気持ちで登校する、という学校の条件作りを最優先で考えたいものである。あの先生に会える、あの友達に会える、という思いが、子供たちの足を軽やかに学校に向かわせる、という状況である。同時に、この学校に来ていると何故か気持ちが弾んで授業にも積極的に参加できるし、色々な勉強にも粘り強く取り組める、といった条件作りを考えたいものである。これもまた、教師の在り方や友達の在り方に依っていることは、あらためて言うまでもない。こうした一人一人の子供の「学びに向かう」心理的な態度が、結局のところはその子の周囲にできている教師との関係、友達との関係、といった人間関係的なものに依っていることを、教師は折にふれ再確認していきたいものである。そして、どんなに忙しく疲れていたとしても、そうした条件作りのために不可欠な笑顔を絶やさぬようにしたいものである。

 

[参考文献]
・梶田叡一著『教師力の再興―使命感と指導力を』文渓堂、2017年
・梶田叡一著『自己意識と人間教育(自己意識論シリーズ2)』東京書籍、2020年

 

 

Profile
梶田 叡一(かじた・えいいち)
 桃山学院教育大学学長、聖ウルスラ学院理事長。京都大学文学部哲学科(心理学)卒業、文学博士。自己意識研究を土台としながら、ベンジャミン・ブルームに師事して多面的な教育研究も行う。大阪大学教授、京都大学教授、兵庫教育大学学長などを歴任。中央教育審議会の副会長・初等中等教育分科会長・教員養成部会長・教育課程部会長なども勤める。『自己意識論シリーズ(全5巻)』(東京書籍、2020年)、『〈いのち〉の教育のために』(金子書房、2018年)、『教育評価を学ぶ』(文渓堂、2020年)、など著書多数。

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