文化庁国語課監修 「コミュニケーション」を円滑にするためのことば辞典 「敷居が高い店」ってどんな店?
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2021.05.13
文化庁国語課監修 「コミュニケーション」を円滑にするためのことば辞典
「敷居が高い店」ってどんな店?
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.5 2021年2月)
「敷居が高い」本来の意味
御存じのとおり、「敷居」は家の門や玄関、部屋の出入口などの引き戸や障子、ふすまなどを開け閉めするために床に設置される溝のついた横木のこと。ある場所に行きにくい、入りにくい気持ちを「敷居が高い」という言葉で表現することがありますが、「国語に関する世論調査」の結果からは、この慣用句の本来のものとされてきた使い方が忘れられつつある状況が分かります。
Q.「あのレストランは高級すぎて敷居が高いよ」と言ったら、その使い方はちょっとおかしいと指摘されました。「敷居が高い」の本来のものとされてきた使い方を教えてください。
A.「敷居が高い」は、元々、不義理や面目の立たないことがあって、その人の家に行きにくい、という意味で使われていました。
明治期以降の文学作品を調べると、「敷居が高い」は、不義理なことや面目の立たないことがあって、その人の家に行きにくい、という意味で用いられることが多かったようです。典型的には、次のような使われ方が普通でした。
初めは井筒屋のお得意であったが、借金が嵩(かさ)んで敷居が高くなるに従って、かのうなぎ屋の常客となった。
(岩野泡鳴『耽溺』明治42年)
ここでは、借金がたまっているという不義理のために、得意にしていた店(=井筒屋)に行きにくくなってしまった状況を、「敷居が高い」という言葉で表現しています。
また、現在手にすることのできる国語辞典で「敷居が高い」を見ても、ほとんどが同様の意味を本来のものとして掲載しています。
■「大辞林 第4版」(令和元年・三省堂)
敷居が高い 不義理・不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくい。〔近年「高級さ・上品さにひるんで行きにくい」の意で用いることがあるが本来は誤り〕
■「明鏡国語辞典 第3版」(令和2年・大修館書店)
しきい【敷居】 ①[名]①門の内外を区切るために敷く横木。しきみ。「─をまたぐ(=その家に入る)」「─越しに話す」 ②引き戸・障子・ふすまなどを開け閉めするために、部屋の開口部の下に敷く溝のある横木。⇔鴨居◇[書き方]「閾」とも。
敷居が高い ①不義理や面目のないことをしているので、その家に行きにくい。「無沙汰をしているので、あの家は─」▽「敷居」①が高く、その家の領域に入りにくい意から。②〔新〕程度や難度が高い。
「高級すぎて僕らには─店」「初心者には─ゴルフコース」▽②は転用。◇[注意]「仕切りが高い」は誤り。
国語に関する世論調査
Q.「敷居が高い」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
A.50代以下の世代では、「高級過ぎた、上品過ぎたりして、入りにくい」の意味で「敷居が高い」を使う人が多くなっています。
令和元年度の「国語に関する世論調査」で、「あそこは敷居が高い。」という例文を挙げて、「敷居が高い」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです(下線を付したのが本来の意味とされてきたもの)。
〔全体〕
敷居が高い
例文:あそこは敷居が高い。
(ア)相手に不義理などをしてしまい、行きにくい…… 29.0%
(イ)高級過ぎたり、上品過ぎたりして、入りにくい……56.4%
(ア)と(イ)の両方……12.2%
(ア)、(イ)とは全く別の意味……0.6%
分からない……1.9%
〔年代別グラフ〕
年代別に見ると、50代以下では本来の意味とされてきた「相手に不義理などをしてしまい、行きにくい」より、「高級過ぎたり、上品過ぎたりして、入りにくい」を選んだ人が多くなっています。現在は、本来のものとされてきた意味から「不義理や面目の立たないことをしている」という前提となる理由の部分が欠け、その家に入りにくい、という結果だけを残して用いられるように、その使い方が変わってきている状況が分かります。
[参考]
『文化庁月報』平成23年4月号(511号)
連載「言葉のQ&A」