AI時代「教師」考 [最終回]AI時代に生き残る教師、五つの戦略!

トピック教育課題

2022.06.01

AI時代「教師」考 [最終回]AI時代に生き残る教師、五つの戦略!
東北大学大学院教授
渡部信一

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.6 2022年3月

AI×データ時代の「教育」戦略

 私は、昨年(2021年)拙著『AI×データ時代の「教育」戦略』の中で、これからのAI×データ時代の「教育」を支えていくために必要な、以下に示す五つの戦略を提案した。

《戦略I》「オンライン教育」を活用する!

 2020年1月に発生した「新型コロナウイルス」の世界規模の感染拡大は、「オンライン教育」の必要性を教育現場に実感させた。特に高等教育機関では、全国ほとんどの大学で「オンライン授業」が実施された。文部科学省も、これからの「Society5.0」社会を背景として「オンライン教育」を推奨している。2021年9月に発足した「デジタル庁」は日本社会のオンライン化を強く後押しすることになり、「オンライン教育」推進にも少なからず影響があるだろう。

 さらに今後、日本社会は急速な少子化の時期に入り、それに伴う教育現場の縮小や経費削減が課題になるだろう。そのとき、ひとつの対策として「オンライン教育」が話題になることは間違いない。すでに高等教育では、北海道内の国立大学7校が協力して「国立大学教養教育コンソーシアム北海道」を開始している。ここでは、「オンライン」により各大学で実施する教養教育に関する授業科目を他の大学に在籍する学生が受講でき、自分が通う大学の単位として認めてもらうことができる。同様の試みは「大学連携e-Learning教育支援センター四国」として四国の5大学でも実施されており、今後の動向が非常に気になるところである。

 小中高校などに関しては今後、オンラインで配信される「優れたオンデマンド授業コンテンツ」を教材として授業を行うことがひとつのスタイルとして普及していくだろう。現場の教師はこれらのコンテンツを活用することにより、教室にいる個々の学習者のレベルに合わせて補足的な解説を行ったり、そのコンテンツの理解度を確かめるためにドリルを行ったりするというスタイルである。このスタイルの授業は、都市と地方の教育格差を縮めるという利点もある。

 また、これから教育対象となる子どもたちは、「ユーチューバー」が作る「短時間で面白い動画」を日常的に見慣れている世代である。学習者の興味を引くような内容の比較的短い動画を中心とした授業は、今後の「一般的な授業スタイル」のひとつとして普及していくだろうと、私は考えている。

≪詳細については、本連載第2回『「オンライン教育」が、「教師」の役割を変える!』を参照≫

《戦略II》「AI×データ時代」を前提に考える!

 文部科学省が2019(令和元)年6月に公表した「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」では、これからの「Society5.0」社会を前提とした教育の在り方を示している。そこでは、教育現場に導入すべき先端技術としてAIやロボット、IoT技術、そして教育ビッグデータなどが示されている。AIに関しては、「個々の子供の状況に応じた問題を提供するAI」の活用を推奨している。そして、AIを活用することにより「繰り返しが必要な知識・技能の習得等に関して効果的な学びを行うことが可能になる」とする。

 そこで、AIを有効に活用するため必要となるのが教育ビッグデータである。具体的には、ポートフォリオなど子どもの学習に関する様々な記録、加えて健康状態や家庭の事情、そして教師の指導記録などが教育ビッグデータとして収集・蓄積され、活用される。これらの教育ビッグデータをAIが様々な視点から解析することにより、個々の子どもに応じた効果的な学習方法を提案することができる。さらに、この「方策(最終まとめ)」では、「各教師の実践知や暗黙知を可視化・定式化したり、新たな知見を生成したりすることが可能」になるとしている。

 今後、「客観的・普遍的な知識」を子どもたちに教えることは、AI教師やオンライン教育が担っていくことになるだろう。そのことを前提として、今後の「教師の役割」を検討していく必要がある。

≪詳細については、本連載第3回『「AI教師」が誕生したとき、生き残れるか?』を参照≫

《戦略III》「効果的・効率的な教育」を問い直す!

 戦後日本の「近代教育」は、主に「効果的・効率的な教育」を特徴として行われてきた。その背景には、「高度経済成長」という時代の潮流がある。つまり、「高度経済成長」において中心的な価値観となっていた「発展・競争・効率」の重視に基づき「教育」を実施してきたのである。

 しかし、時代は今、大きく変わろうとしている。最近、「VUCA」ということをよく耳にするようになった。「VUCA」とは、「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=あいまい」の頭文字をつなぎ合わせた造語である。今後は、「VUCA時代」になることが予想されているのである。

 具体的には、すでに私たちは「東日本大震災(そして、それが引き起こした津波と東京電力福島第一原子力発電所の事故)」を経験した。さらに今後、「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」が予想されている。また、地球温暖化や気象変動による様々な災害も深刻である。そして現在、私たちは「新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大」を経験している。一旦は収束したかに見えてもなかなか完全には収束せず、加えて変異ウイルスも拡大を始めている。

 さらに日本社会では、人口減少・少子高齢化に伴う「働き盛り」人口の減少が深刻である。これは、生産力の低下と同時に消費の縮小をもたらし景気停滞を誘発する。また、高齢者の年金、医療、介護の負担は少なくなった若者に重くのしかかることになる。

 以上のように、私たちには乗り越えていかなければならない数多くの困難が待ち受けている。今後、これらの「現実」に正面から向き合い解決できる人材を育成することが教育、そして「教師」の使命になる。そのような人材の育成は、これまでの右肩上がりの時代に行われていたような教育では不可能だろう。今、改めて「効果的・効率的な教育」を問い直す必要がある。

≪詳細については、本連載第1回『時代の大きな潮流の中で、「教育」を考える!』を参照≫

《戦略IV》「リアリティある学び」を取りもどす!

 1990年代後半から2000年代までに生まれた人は「Z世代」と呼ばれているが、彼らはスマホの爆発的普及とともに子どもの頃をおくった世代である。現在、そのような彼らも結婚し子どもを育てる時期に入っている。Z世代の親から生まれた子どもたち(2011年以降の生まれ)は「α世代」と呼ばれており、今まさに学校教育を受ける時期に来ている。

 α世代の彼らのなかには、例えばスマホの「授乳アプリ(赤ちゃんが母乳を飲んだ量や時間を管理するアプリ)」により育てられた子どももいる。また、「子育てアプリ」によりスマホから流れてくる乳幼児の睡眠を促進する音楽や映像を見聞きして育ってきたかもしれない。「トイレットトレーニング」のアプリでは、キャラクターが歌ったり踊ったりして子どもをトイレに誘導してくれる。

 『鬼から電話』というアプリは、子どもが親の言うことを聞かないとき鬼から電話がかかってきて「叱ってくれる」というアプリである。子どもが親の言うことをどうしても聞かないときスマホが鳴り、電話に出ると鬼や魔女、お化けなどあらかじめ設定したキャラクターが現れ、怖い顔と荒々しい声で子どもを怒ってくれるという(石川2017)。

 α世代の子どもたちの多くが、そのようなバーチャルな世界の中で育っている。彼らの中には「現実世界で親から怒られる」という経験を持たない子どもも少なくない。「これで本当に大丈夫なのだろうか?」と感じるのは、私だけではないだろう。

 今後の教育では「リアリティのある知」を育成しなければならないと、私は考えている。

≪詳細については、本連載第5回『「教師を越える学習者」を、育てる!』を参照≫

《戦略V》「超AI能力」を育成する!

 現在、AIが搭載された自動運転車の開発が最終段階にさしかかっている。その最後の壁になっているのが、価値観や倫理観の問題である。例えば、「一本道で子どもが急に飛び出してきたとき、子どもを助けるために急ハンドルを切り(場合によっては、電柱にぶつかり)運転者を犠牲にする」というような設定にするのか、あるいは「その車を購入してくれた運転者を守るために、直進する」ように設定するのかという問題である。これは、いわば「正解のない問題」である。論理的に考えれば正解が得られるような問題ならばAIは得意であるが、このような「正解のない問題」は個々の人間の価値観や倫理観に委ねざるを得ない。

 今後、「想定内の課題」や「論理的に考えれば解決できる課題」はAIが担うことになるだろう。それは結果的に、私たち人間は「想定外の課題」や「理屈では解決できない課題」を担うことを意味している。改めて考えてみれば、「自分で考え、創造し、表現すること」には多くの時間と労力が必要不可欠である。しかも、多くの時間と労力をかければ必ず望んでいる結果が出るとは限らない。むしろ、自分が思うようにはいかなかったり失敗することの方が多い。しかし実際には、もしそこで知識の獲得や課題解決に失敗したとしても、その失敗により学習者は大きく成長する。換言すれば、そのような失敗は「自ら学ぶ力」や「生きる力」の育成につながるだろう。そして、そのような能力は「想定外の出来事」や「正解のない課題」に遭遇しても、試行錯誤しながら「(完璧ではなくても)何とかうまくやってゆくこと」を可能にするのである。

 そう考えると、決められた期間内に予想(期待)された「結果(成績)」が出なかったとしても、自分が「学んでいて楽しい」「学んでいて幸せ」と感じることがとても大切なことに思えてくる。そして、もし「楽しい学び」ができるのならば、それが「主体的な学び」によるものではなく、単に「AIが進めてくれるから学ぶ」でも良いのではないかと思えてくる。さらに、「教育」や「学習」に(私たちが知らない間に)AIが関与していてもいなくても、どちらでもまったくかまわないと思えてくる。つまり、私たちにとって重要なことは「常に発展し続けるAI(テクノロジー)と上手くつきあいながら、私自身の幸せを実現する」という発想、そしてそれを実現するための「能力」である。そのような能力を私は、「超AI能力」と呼んでいる。そして、この「超AI能力」こそ、これからの「AI×データ時代において最も大切な能力」であると、私は考えている。

≪詳細については、本連載第4回『「教え方が上手い教師」伝説が、崩れる!』を参照≫

 

 以上、五つの戦略について簡単にまとめて示したが、詳細に関しては拙著『AI×データ時代の「教育」戦略』を参照していただければ幸いである。

これからの教育現場、そして「理想の教師」

 この連載ではこれまで6回にわたり、私がかつて教員養成大学で学生指導をしていたときに感じていた疑問を出発点として検討を続けてきた。その疑問とは、次のようなものだった。

 教育現場において、「教師が子どもたちに知識やスキルを系統的に教える」ことは『教育』の本質から外れているのではないか?「子どもたち自身が自ら学んだり、子どもたち同士が学び合う」のが、『教育』の本来の姿なのではないのか?

 日々学生と一緒に子どもたちを指導したり、教育実習指導で学校現場を訪れるなかで、私は「教え方が上手い教師」ではなく、子どもたちに対して「学ばせ方が上手い教師」を育成しなければならないと強く考えるようになっていたのである。

 確かに、日本社会が高度経済成長を見せていた時期は、このような考え方は単なる理想論として激しい批判を浴びることもあった。「発展・競争・効率」という価値観が重視される右肩上がりの時代において、「子ども自身が学ぶ」あるいは「子どもたち同士が学び合う」のを「教師は待つ」ことは、ある意味で許されることではなかったのかもしれない。この時代には、できるだけ短時間で、できるだけ優秀な人材を、できるだけ多く社会に輩出することが「教育」の役割であるとされていた。したがって、「教えること」の専門家である教師が「いかに効果的で効率的な授業を行うか」ということが議論の中心になることが一般的であった。

 しかし今後、「子どもたちに知識やスキルを系統的に教える」ことはAI教師やオンライン授業の役割になるだろう。そして、現場の教師は「子どもたち自身が自ら学んだり、子どもたち同士が学び合う」ことを支える存在になるだろう。つまり、私たちが目指すのは、「教え方が上手い教師」ではなく、子どもたちに対して「学ばせ方が上手い教師」なのである。

[引用・参考文献]
・石川結貴著『スマホ廃人』文藝春秋、2017年
・渡部信一著『AI×データ時代の「教育」戦略』大修館書店、2021年

 

 

Profile
渡部 信一 わたべ・しんいち
 1957年、仙台市生まれ。東北大学大学院教育学研究科博士課程前期修了。博士(教育学)。福岡教育大学助教授、東北大学大学院教育情報学研究部教授及び同研究部長・教育部長(5期・10年)などを経て、現在、東北大学大学院教育学研究科教授。主な著書に『鉄腕アトムと晋平君─ロボット研究の進化と自閉症児の発達─』『ロボット化する子どもたち─「学び」の認知科学─』『AIに負けない「教育」』などがある。

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