AI時代「教師」考 [第2回]「オンライン教育」が、「教師」の役割を変える!
トピック教育課題
2021.11.24
AI時代「教師」考 [第2回]「オンライン教育」が、「教師」の役割を変える!
東北大学大学院教授
渡部信一
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.2 2021年6月)
新型コロナウイルス感染拡大」の中で
2020年1月に発生した「新型コロナウイルスの世界規模の感染拡大」は、「オンライン教育」の必要性を教育現場に実感させた。小中高等学校では法的な問題があり、また設備も未だ整っていないなどの理由により、一部の自治体や学校、教師が授業の補習や学習動画をオンラインで提供したというのが実情だろう。しかし、そのような縛りのない高等教育機関では、学習者が持つ「教育を受ける権利」を保障するため、「学びを止めない」というスローガンのもと「オンライン教育」が推奨された。デジタル・ナレッジ社「eラーニング戦略研究所」の調査によれば、全国の大学の97%が2020年6月の時点で「オンライン授業」を実施していたという1。そして、そのうちの7割の大学で「全学年のすべての単位がオンライン授業で習得可能」だった。各大学で行われているオンライン授業の形式は、「ライブ授業配信(同時双方向型)」76.3%、「授業録画配信(オンデマンド型)」77.3%であった。
1 デジタル・ナレッジ社・eラーニング戦略研究所
https://www.digital-knowledge.co.jp/archives/22823/(最終閲覧日2021年3月11日)
このような調査結果を踏まえ、eラーニング戦略研究所では「中長期的には、授業はオンラインと対面のハイブリッド型となり、中身も多様化し、その過程でより高度なオンライン教育が進むことが予想される」としている。「オンライン教育」普及の勢いは、小中高等学校にも大きな影響を及ぼすことは間違いないだろう。
文部科学省も、これからの「Society5.0」社会における「オンライン教育」の必要性を認識しており、具体的に方策を示している。例えば、文部科学省が2019年(令和元年)6月に公表した「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」では、教育現場に導入すべき先端技術としてAIやロボット、IoT技術、そして「教育ビッグデータ」などを取り上げると同時に、「遠隔教育」に関しても詳細に示されている2。ここでは、ネットを活用して海外の学校との交流学習、あるいは都会から離れた地方にある小規模校の子どもたちが他校の子どもたちと一緒に授業を受けるなどの試みが推奨されている。さらに、日本語指導が必要な外国人児童生徒や病気療養のため病院に入院している子どもたちに対する遠隔授業は、学習機会の確保という観点からも有効であるとしている。
2 文部科学省「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」(2019年6月25日)
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/1411332.htm(最終閲覧日2021年3月11日)
文部科学省がこの「方策」を公表したのは2019年の6月であるが、2020年1月に発生した新型コロナウイルスの感染拡大は奇しくも「オンライン教育」の必要性を教育現場に実感させた。まさに、教育現場にとって「オンライン教育」は「“あった方がよい”という存在ではなく、“なくてはならない”存在」なのである。
今後、「オンライン教育」の活用は高等教育以外の教育現場にも普及・浸透していくことは間違いない。そして「オンライン教育」の活用は、教育現場における「教師」の役割を大きく変化させることになるだろう。
新型コロナウイルスの感染拡大の中で必要にせまられて始まった「オンライン教育」であったが、実はその歴史は長い。「遠隔教育」という視点でとらえれば、1985年「放送大学」が「テレビやラジオによる放送授業の視聴」を中心とした通信制大学として開設されたのがその起源である。そして、1990年代後半にインターネットの爆発的普及が起こり、2001年「eラーニング」が世界中の大学で同時多発的に開始された。2001年4月には玉川大学が、2002年4月には東京大学、青山学院大学、佐賀大学、そして「東北大学(東北大学インターネットスクール)」が「eラーニング」をスタートさせた。
私自身「東北大学インターネットスクール」に立ち上げ準備から関わり、10年以上にわたってそのプロジェクトを運営してきた(渡部 2012)。「正規講義」の他、各研究科主催のセミナー等を収録した「特別講義」、そして授業のシラバス、予習教材、復習・発展教材、レポート提出・採点、討論用掲示板、連絡用掲示板など様々な教育サポート機能を提供している。
「東北大学インターネットスクール」で配信されている教材コンテンツの利用数は、2005年度は年間5000回に満たなかったが、2015年度に年間70万回近くになり、2019年度には年間130万回を超えている。
「オンライン教育」を支えるAIとビッグデータ
この「eラーニング」の進化形として2012年から始まったのが「MOOC(ムーク)」である。「MOOC」とは「Massive Open Online Courses」の略で、無料で公開される「大規模公開オンライン講座」を意味する。MOOCが開始された当時、その最大の特徴は「名門大学が行う世界最高水準の講義を世界中どこからでもインターネットを通して無料で受講することができる」ことであると言われた(金成 2013)。
「MOOC」が始まった2012年は、まさに「ビッグデータ」を基にして様々な分析を行う「最新のAI」が話題になっていた頃である。つまり、「MOOC」がそれまでの「eラーニング」と大きく異なっていることは、AIと「ビッグデータ」の活用を基礎としたビジネスモデルに基づいて始められたという点である。例えば、2012年3月から6月に公開されたマサチューセッツ工科大学(MIT)のアガルワル教授が行ったMOOC講義「電子回路」は受講生の登録数は15万人以上で、最終的に修了証を獲得したのが7157人(全受講生の5%)。受講生は194か国から集まっており、米国が17%、インドが8%、英国が5%、コロンビアが4%などであったという(金成 2013)。受講登録数が15万人以上というのは驚くべき数であり、この受講生の学習記録(ログ)は間違いなく「ビッグデータ」として活用可能である。そして、この「ビッグデータ」をAIによって分析すれば、「受講生はどのような講義にどのくらいの時間をかけ、どのように受講しているのか」というような学習の仕方やその特徴を明らかにすることができる。さらに、最終的に修了証を獲得したのが全受講生の5%であるという点でも、「受講生はどこでつまずき受講を諦めたのか」などを明らかにすることができる。このようにAIとビッグデータにより支えられている「オンライン教育」は、教育関連のビジネスに応用したいという企業の意図が見え隠れしている3。
3 2021年4月時点で、このようなビジネスが成功しているという情報はない。この種の事業としてはネットショッピングなどが先行しており、「教育」領域は未だ手つかずの状態なのだろう。しかし、「新型コロナウイルス感染拡大」による「オンライン教育」の普及により、教育領域においても「AIとビッグデータを活用したビジネス」は加速するだろうと、私は考えている。「AIとビッグデータを活用したオンライン教育」に関する詳細は、私の新刊『AI×データ時代の「教育」戦略』(大修館書店から7月刊行予定)で詳細に検討した。
MOOCが持つもうひとつの特徴は、MOOCと既存の教育を組み合わせて行うことにより「ブレンド学習」を可能にするという点である。例えば、事前に自宅などでWeb経由のMOOC(オンデマンド授業)を受講し、後日学校に登校して練習問題や討論などを行う「反転授業(反転学習)」の普及は、教育を根底から変える可能性を持っている。金成は「反転授業(反転学習)」に関して、カリフォルニア州にあるサンノゼ州立大学の例を紹介している(金成 2013)。学生は事前にMIT教授の「オンデマンド授業」を受講しなければならない。そして講義当日は、サンノゼ大学の教室で「オンデマンド授業」の理解を深めるための練習問題や応用課題などを解く。サンノゼ大学の教員は従来型の一斉講義はほとんど行わず、つまずいている学生にヒントを与えたり、理解の早い学生により難しい課題を与えたりしているという。このように、「オンライン教育」では「教師」の役割が大きく変化すると同時に、MOOCの提供を受ける大学は教員数を減らすことができ大きな経費削減につながるという。ここでもMOOCの「教育」に関する新たなビジネスモデルが見えてくる。このような視点は今後、急速な少子化に対応しなければならない多くの教育機関にとって、ひとつの有効な選択肢になるだろう4。
4 実際すでに、北海道内の国立大学7校(北海道大学、北海道教育大学、室蘭工業大学、小樽商科大学、帯広畜産大学、旭川医科大学、北見工業大学)が協力して、各大学の教養教育を充実させることを目的に「国立大学教養教育コンソーシアム北海道」を開始している。各大学で実施される教養教育に関する授業科目を他の大学に在籍する学生が双方向遠隔授業システムを使って受講できる。
同様の試みは「大学連携e-Learning教育支援センター四国」として四国の5大学(香川大学、徳島大学、鳴門教育大学、愛媛大学、高知大学)でも実施されており、今後の動向が非常に気になるところである。
「国立大学教養教育コンソーシアム北海道」
https://www.nucla-hokkaido.jp/(最終閲覧日2021年3月11日)
「大学連携e-Learning教育支援センター四国」
https://chipla-e.itc.kagawa-u.ac.jp/(最終閲覧日2021年3月11日)