スクールリーダーの資料室
スクールリーダーの資料室 誰一人取り残すことのない「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~多様な子供たちの資質・能力を育成するための、個別最適な学びと、社会とつながる協働的な学びの実現~(中間まとめ)【素案】
トピック教育課題
2020.11.07
目次
2.日本型学校教育の成り立ちと成果、直面する課題と新たな動きについて
(2)新型コロナウイルス感染症の感染拡大を通じて再認識された学校の役割
○ 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、全国的に学校の臨時休業措置が取られ、地域によっては約3カ月もの長期にわたって子供たちが学校に通えない状況が生じた。この前例のない状況の中で、全国の学校現場の教職員、教育委員会や学校法人などの教育関係者におかれては、子供たちの学習機会の保障や心のケアなどに力を尽くしていただいた。
○ 一方、当たり前のように存在していた学校に通えない状況が続いた中で、子供たちや各家庭の日常において学校がどれだけ大きな存在であったのかということが、改めて浮き彫りになった。「勉強が遅れることが不安」「部活を頑張りたいのに」「友達に会いたい」という子供たちの声が日本中に溢れた。また、家庭の社会経済文化的背景(Economic, Social and Cultural Status:ESCS)に格差がある中で、子供たちの学力格差が拡大するのではないかという指摘や、家庭における児童虐待の増加に関する懸念もある。学校という子供の居場所が無いことで、多くの保護者が就労面で課題を抱えるとともに、子育てに関する負担が増大し、大きなストレスを抱えるようになったという指摘もある。さらに、学校の臨時休業が続いた影響により、学校再開後の登校を躊躇する子供もいるのではないかという指摘もある。
○ こうした学校の臨時休業に伴う問題や懸念が生じたことにより、学校は、学習機会と学力を保障するという役割のみならず、全人的な発達・成長を保障する役割や、人と安全安心につながることができる居場所・セーフティネットとして身体的、精神的な健康を保障するという福祉的な役割をも担っていることが再認識された。特に、全人格的な発達・成長の保障、居場所・セーフティネットとしての福祉的な役割は、日本型学校教育の強みであることに留意する必要がある。
○ なお、臨時休業からの学校再開後には、限られた時間の中で学校における学習活動を重点化する必要が生じたが、そのような中でもまず求められたのは、学級づくりの取組や、感染症対策を講じた上で学校行事を行うための工夫など、学校教育が協働的な学び合いの中で行われる特質を持つことを踏まえ教育活動を進めていくことであった。このように我が国の学校に特徴的な特別活動が、子供たちの円滑な学校への復帰や、全人格的な発達・成長につながる側面が注目された。
(3)変化する社会の中で我が国の学校教育が直面している課題
○ 我が国の150年に及ぶ教科教育等に関する蓄積を支えてきた高い意欲や能力をもった教師やそれを支える職員の力により、日本型学校教育が上述のような高い成果を挙げ、また現代社会において不可欠な役割を学校が担うようになっている一方で、社会構造の変化の中で、課題が生じていることも事実である。
① 社会構造の変化と日本型学校教育
○ 高度経済成長期以降、義務教育に加えて、高等学校教育や高等教育も拡大し大衆化する中で、一定水準の学歴のみならず、「より高く、より良く、より早く」といった教育の質への私的・社会的要求が高まるようになった。このような中で、学校外にも広がる保護者の教育熱に応える民間サービスが拡大するとともに、経済格差や教育機会の差を背景に持った学力差が顕在化した。経済至上主義的価値観の拡大の中で学校をサービス機関としてみる見方も強まっているという指摘もある。
○ 我が国の教師は、子供たちの主体的な学びや、学級やグループの中での協働的な学びを展開することによって、自立した個人の育成に尽力してきた。その一方で、我が国の経済発展を支えるために、「みんなと同じことができる」「言われたことを言われたとおりにできる」上質で均質な労働者の育成が高度経済成長期までの社会の要請として学校教育に求められてきた中で、「正解(知識)の暗記」の比重が大きくなり、「自ら課題を見つけ、それを解決する力」を育成するため、他者と協働し、自ら考えぬく学びが十分なされていないのではないかという指摘もある。
○ 学習指導要領ではこれまで、「個人差に留意して指導し、それぞれの児童(生徒)の個性や能力をできるだけ伸ばすようにすること」(昭和33年学年指導要領)、「個性を生かす教育の充実」(平成元年学習指導要領等)等の規定がなされてきた。
その一方で、学校では「みんなで同じことを、同じように」を過度に要求する面が見られ、学校生活においても「同調圧力」を感じる子供が増えていったという指摘もある。社会の多様化が進み、画一的・同調主義的な学校文化が顕在化しやすくなった面もあるが、このことが結果としていじめなどの問題や生きづらさをもたらし、非合理的な精神論や努力主義、詰め込み教育等との間で負の循環が生じかねないということや、保護者や教師も同調圧力の下にあるという指摘もある。
○ また、都市化や過疎化等により地域の社会関係資本が失われ家庭や地域の教育力が低下する中で、本来であれば家庭や地域でなすべきことまでが学校に委ねられるようになり、結果として学校及び教師が担うべき業務の範囲が拡大され、その負担を増大させてきた。
② 今日の学校教育が直面している課題
○ 現在の学校現場は以下に挙げるような様々な課題に直面している。日本型学校教育が、世界に誇るべき成果を挙げてくることができたのは、子供たちの学びに対する意欲や関心、学習習慣等によるものだけでなく、子供のためであればと頑張る教師の献身的な努力によるものである。教育は人なりと言われるように、我が国の将来を担う子供たちの教育は教師にかかっている。しかしながら、学校の役割が過度に拡大していくとともに、直面する様々な課題に対応するため、教師は教育に携わる喜びを持ちつつも疲弊しており、国において抜本的な対応を行うことなく日本型学校教育を維持していくことは困難であると言わざるを得ない。
(子供たちの多様化)
○ 特別支援学校や小・中学校の特別支援学級に在籍する児童生徒は増加し続けており、小・中・高等学校の通常の学級においても、通級による指導を受けている児童生徒が増加するとともに、さらに小・中学校の通常の学級に6.5%程度の割合で発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒(知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面での著しい困難を示す児童生徒)が在籍しているという推計もなされている。また、特定分野に特異な才能を持つ児童生徒の存在も指摘されている。
○ さらに、学校に在籍する外国人児童生徒に加え、日本国籍ではあるが、日本語指導を必要とする児童生徒も増加しており、日本語指導が必要な児童生徒(外国籍・日本国籍含む。)は5万人を超え、10年前の1.5倍に相当する人数となっている。また、約2万人の外国人の子供が就学していない可能性がある、又は就学状況が確認できていない状況にあるという実態が示されている。こうした中、平成31(2019)年4月から、新たな在留資格「特定技能」が創設されたことにより、今後、更なる在留外国人の増加が予想されている。
○ 加えて、我が国の18歳未満の子供の相対的貧困率は13.5%であり、7人に1人の子供が相対的貧困状態にあるとされる。毎日の衣食住に事欠く「絶対的貧困」とは異なるものの、経済的困窮を背景に教育や体験の機会に乏しく、地域や社会から孤立し、様々な面で不利な状況に置かれてしまう傾向にあると言われている。
○ 様々な生徒指導上の課題も生じている。平成30(2018)年度の小・中・高等学校におけるいじめの認知件数や重大事態の発生件数、暴力行為の発生件数、不登校児童生徒数はいずれも増加傾向にあり、過去最多となっている。加えて、平成30(2018)年の小・中・高等学校における児童生徒の自殺者数も減少するに至っていない。いじめの認知件数の増加は、いじめを初期段階のものも含めて積極的に認知し、その解消に向けた取組のスタートラインに立っているとも評価できるが、特に、いじめの重大事態の発生件数や児童生徒の自殺者数の増加は、憂慮すべき状況である。また、児童相談所における児童虐待相談対応件数についても増加傾向にある。
○ このような中で、学校は、全ての子供たちが安心して楽しく通える魅力ある環境であることや、これまで以上に福祉的な役割や子供たちの居場所としての機能を担うことが求められている。家庭の社会経済的な背景や、障害の状態や発達の段階や特性、学習や生活の基盤となる日本語の能力、一人一人のキャリア形成など、子供の発達や学習を取り巻く個別の教育的ニーズを把握し、様々な課題を乗り越え、一人一人の可能性を伸ばしていくことが課題となっている。
(高校生の学習意欲の低下)
○ 文部科学省・厚生労働省「21世紀出生児縦断調査(平成13(2001)年出生児)」によると、「楽しいと思える授業がたくさんある」に「とてもそう思う」「まあそう思う」と回答した割合が、第13回調査(中学1年生時点)では74.9%であったのに対し、第17回調査(高等学校2年生時点)では56.4%まで低下しているなど、全体的な傾向として、高校生の学校生活等への満足度や学習意欲は中学校段階に比べて低下している。
○ 高等学校への進学率が約99%に達し、多様な生徒が在籍する現状を踏まえ、生徒の多様な実情・ニーズに対応して生徒の学習意欲を喚起し、必要な資質・能力を確実に身に付けさせ、またその可能性を最大限に伸長するべく、高等学校の特色化・魅力化を推進することが求められている。
(教師の長時間勤務による疲弊)
○ その一方で、教師の長時間勤務の状況は深刻であり、特に近年の大量退職・大量採用の影響等により、教師の世代交代が進み若手の教師が増えてきた結果、経験の少なさ等から、中堅・ベテラン教師と比べて勤務時間が長時間化してしまったことや、総授業時数の増加、部活動の時間の増加などにより、平成28(2016)年度の教員勤務実態調査によると、平均すると小学校では月に約59時間、中学校では月に約81時間の時間外勤務がなされていると推計されている。
○ また、学校における新型コロナウイルス感染症対策のための指導上の工夫や消毒等の対応により、教師の多忙化に更に拍車がかかっているのではないかと懸念する声もある。
○ さらに、公立学校教員採用選考試験における採用倍率の低下傾向も続いている。特に、小学校では、平成12(2000)年度採用選考においては12.5倍だった採用倍率が令和元(2019)年度には2.8倍となっており、一部の教育委員会では採用倍率が1倍台となっている。採用倍率の低下傾向は、定年退職者数や特別支援学級・通級による指導を受ける児童生徒の増加等に伴う採用者数の増加や民間企業の採用状況等の様々な要因が複合的に関連していると考えられる。
○ また、学校へ配置する教師の数に一時的な欠員が生じるいわゆる教師不足も深刻化しており必要な教師の確保に苦慮する例が生じている。教師不足の深刻化は、産休・育休を取得する教師数の増加等に加え、これらにより不足した教師を一時的に補うための講師登録名簿の登載者数の減少等の要因が関連していると考えられる。
(情報化の加速度的な進展に関する対応の遅れ)
○ 情報化が加速度的に進むSociety5.0時代において求められる力の育成に関する課題が指摘されている。
○ 数学や科学に関するリテラシーは引き続き世界トップレベルである一方、言語能力や情報活用能力、デジタル時代における情報への対応(複数の文書や資料から情報を読み取って根拠を明確にして自分の考えを書くこと、テキストや資料自体の質や信ぴょう性を評価することなど)などの課題がある。また、子供たちのデジタルデバイスの使用について、我が国では、学校よりも家庭が先行し、「遊び」に多く使う一方「学び」には使わない傾向が明らかになった。
○ Society5.0時代を見据えた国家戦略(AI 戦略2019)において、データサイエンス・AI の基礎となる理数分野の素養や基本的情報知識を全ての高等学校卒業生が習得することを目標に掲げている一方、高等学校の現状をみると、生徒の約7割が在籍する普通科においては文系が約7割といった実態があり、多くの生徒は第2学年以降、文系・理系に分かれ、例えば、普通科全体のうち「物理」履修者は2割といった実態があるなど、特定の教科について十分に学習しない傾向にあると指摘されている。
(少子高齢化、人口減少の影響)
○ 我が国では、少子高齢化が急速に進展した結果、平成20(2008)年をピークに総人口が減少に転じている。
○ こうした少子高齢化、人口減少という我が国の人口構造の変化は、世界でまだどの国も経験をしたことのないものであり、我が国の学校教育制度の根幹に影響を与え、また、先に述べた採用倍率にも影響を及ぼしている。少子化の進展により小学校と中学校が1つずつしかないという市町村が233団体(13.3%)、公立高等学校が立地していない市町村は480団体(27.6%)という現状も踏まえ、学校教育の維持とその質の保証に向けた取組の必要性が生じている。
(新型コロナウイルス感染症の感染拡大により浮き彫りとなった課題)
○ 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のための臨時休業措置が長期にわたって実施される中で、全国の学校現場は、電子メール、ホームページ、電話、郵便等のあらゆる手段を活用して子供たちや保護者とつながることによる心のケアや、また、教科書や紙の教材、テレビ放送、動画の活用等により、子供たちの学習機会の保障などに取り組んだ。
○ しかしながら、公立学校の設置者を対象とした文部科学省の調査では、ICT 環境の整備が十分でないこと等により、このような状況で学びの保障の有効な手段の一つとなり得る「同時双方向型のオンライン指導」の実施状況は、公立学校の設置者単位で15%に留まっている。また、学校の臨時休業中、高校生の多くは、学校や教師からの指示・発信がないと、「何をして良いか分からず」学びを止めてしまうという実態が見られたことから、これまでの学校教育では、自立した学習者を十分育てられていなかったのではないかという指摘もある。
○ 新型コロナウイルス感染症の感染収束が見通せない中にあって、各学校は、感染防止策を講じながらの学校教育活動の実施に努めている。一方、公立小中学校の普通教室の平均面積は64㎡であり、一クラス当たりの人数が多い学校では、クラス全員で一斉に授業を行おうとすれば、感染症予防のために児童生徒間の十分な距離を確保することが困難な状況も生じている。新型コロナウイルス感染症が収束した後であっても、今後起こり得る新たな感染症に備えるために、教室環境や指導体制等の整備を行うことが必要である。
(4)新たな動き
○ こうした多くの課題がある中、令和時代の始まりとともに、「新学習指導要領の全面実施」、「学校における働き方改革」、「GIGA スクール構想」という、我が国の学校教育にとって極めて重要な取組が大きく進展しつつある。国においては、こうした動きを加速・充実しながら、新しい時代の学校教育を実現していくことが必要である。