ピンチをチャンスに いま、学校教育が大きく変わる潮目にいる
トピック教育課題
2020.11.06
ピンチをチャンスに
いま、学校教育が大きく変わる潮目にいる
甲南女子大学教授
村川雅弘
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.2 2020年8月)
新学習指導要領に基づく教育活動に取り組もうとしていた矢先の2月27日に緊急の休業宣言が発令された。先行き不透明な時代を生き抜くとともに新たなものを協働的に創出するための「資質・能力」の育成を目指す「主体的・対話的で深い学び」の授業づくりに、学校が一丸となって取り組むためのカリキュラム・マネジメントの実現の出鼻をくじかれたような形となった。
①長引く臨時休業により削減を余儀なくされた授業時数の中では「知識と技能の習得」が優先される。
②3密回避の中では「主体的・対話的で深い学び」が困難である。
③感染回避と目の前の授業づくりに追われ、カリキュラム・マネジメントを推進していくゆとりがない。
学校現場からこんな声が聞こえてきそうである。
今こそ、資質・能力と一人学びの力の育成が求められている
世界中の人々がまさに「先行き不透明な時代」を生きている。感染症対策重視か社会経済重視かの狭間の中で最適解を見出そうとしている。コロナ禍に関連して、医療崩壊、反グローバル化、観光産業への打撃、社会経済の衰退など様々な課題が噴出している。それも世界規模で起こっている。改めて「先行き不透明な時代を生き抜くとともに新たなものの創出のために必要とされる『資質・能力』の育成」の重要性が明確となった。削減された授業時数の中で各学年の学習内容を少しでも終わらせようとすること以上に、習得した「知識・技能」や経験を繋げて働かせながら、未知の状況に対応するために一人一人がよりよい解を考え、表明し、協働して判断・解決していく、教科や学校の学びが自分の人生や社会とかかわっているんだという意識を育てることは必至である。
我が国においても全国的レベルの第2波、第3波はいつ起こるとも限らない。子どもたちが学校に通えている間にしておくべきことがある。それは限られた授業時数の中で少しでも多くの知識や技能を身に付けさせようとすることではない。「一人学びの力」を付けることである。臨時休業中で学力差が広がったとしたら、それは各学校の課題の内容や方法の差、学校や家庭のICT環境の差、自宅学習における保護者の理解と協力の差など様々な要因が考えられるが、一番重要なことは「一人学びの力」の差である。同じだけの課題を出したにもかかわらず、質・量ともに差が出てしまっている。複数のオンライン研究会ではそのような報告を聞いている。
カリキュラム・マネジメントの先進校として代表的な学校は、本誌特集の執筆者の清水仁校長が副校長を務めていた東京都東村山市立大岱おんた小学校1である。10年ほど前になるが今でもはっきり覚えている授業がある。2年生の国語である。授業研にもかかわらず、学級担任が風邪をこじらせて全く声が出なくなっていた。どう対処したか。教師は板書を担当し、3人の児童が前に出てきて教師役を務めたのである。教師が示す指導略案のようなものを児童は必要に応じて見て、それを理解し発問や指示、指名等をやり遂げた。自分自身が発表したいときは席に戻り挙手をしていた。大岱小が目指していたのは、まさに「一人学びができる児童の育成」であった。
清水仁校長は東京都新宿区立落合第三小学校において「昔取った杵柄」を発揮している。学校再開時の学校だよりの中で「『主体的・対話的で深い学び』で学びの児童運転に繋げましょう。そのためには、子どもが学び方を身に付けることが大切です。単元や1単位時間の学習過程を示し、子どもが見通しをもって学習ができるようにしましょう。その際、自分の考えをもつ時間、小グループ等で情報を交換する時間、全体で考えを練り上げていく時間を位置付けていきましょう。また、振り返りを大切にし、何が分かったか、できるようになったか、次は何をしたいかという思いをもてる子どもを育成しましょう」(下線は筆者)と述べている。「児童運転」は誤植ではなく、清水氏の「十八番」である。「一人学び」の力を付けるための手立てが分かりやすく示されている。
カリキュラム・マネジメントの究極は「子ども一人ひとりの学びのカリキュラム・マネジメント」 2である。「育成を目指す資質・能力」の3つの柱を意識して学習課題を一人ひとりが自分事として捉えるとともに学習活動への見通しをもつ(p)、学習課題を意識し具体的に活動する(d)、単元または授業の終末に、「何が分かったのか、何ができるようになったのか」「主体的・対話的で深い学びを実現できたか」などを振り返る(c)、「新たな気付きや疑問、学びへの意欲・期待」をもって次の学びに向かうpdcaサイクルを提唱している。学校に通えている今こそ、「一人学びの力」を育てておきたい。結果として、次の臨時休業への備えにもなる。
「主体的・対話的で深い学び」の本質とICT活用
スクール形式の机配置とソーシャルディスタンスを確保した着席、マスクやフェイスシールドの着用など、学校は感染回避に努めている。
「主体的・対話的で深い学び」について考えてみたい。資料1は中教審答申(平成28年12月21日)の関連個所の一部である。「主体的・対話的で深い学び」とは「特定の指導方法のことでも、学校教育における教員の意図性を否定することでもない」と断った上で、「人間の生涯にわたって続く『学び』という営みの本質を捉えながら、教員が教えることにしっかりと関わり、子供たちに求められる資質・能力を育むために必要な学びの在り方を絶え間なく考え、授業の工夫・改善を重ねていくこと」と述べている。
資料1
この資料から見て取れるように、「学ぶことに興味や関心を持ち、見通しを持って粘り強く取り組み、振り返って次につなげること」(主体的な学び)、「仲間や多様な他者と協働したり対話すること、先人の考えを手掛かりに自己の考えを広げ深めること」(対話的な学び)、「知識を相互に関連付けたり、情報を精査して自己の考えを形成したり、解決策を見いだすこと」(深い学び)の実現は、必ずしも膝突合せ、口角泡を飛ばすことなく可能である。
筆者が勤める甲南女子大学も前期授業は、看護リハビリテーション学部と医療栄養学部の一部の実験・実習科目以外は全てオンラインである。前期は9コマ担当している。これまでは、講義も演習も学校現場への研究指導等で開発・収集した実践事例を踏まえて、多様なワークショップを取り入れてチームで分析・協議させる活動が中心だった。30年以上このスタイルでやってきた。しかし、今回は「十八番」が「禁じ手」となったのである。4つの講義は、送付資料や検索資料を踏まえてワークシートに従って学習する手法に変更した。5つの演習は基本的にはZoomによる対面で行っている。出席率(7月10日時点で講義4科目平均98.6%、演習5科目平均97.0%)はともに高く、演習に関してはZoomの画面を通しての表情から概ね満足していると考えられる。演習では1コマの授業の中で平均3、4回程度、「ブレイクアウトセッション」を取り入れている。教室における対面授業と異なってランダムなグループ編成が瞬時に可能なので、常に変化するメンバーとの活発な議論が実現できている。
また、Zoom活用のよさは遠く離れたゲストスピーカーを登用できることである。筆者も教育実習前の3年生の演習に教員採用試験前の4年生の希望者が加わり、そこに現職教員がゲストスピーカーとして登場した。自己の授業の指導案や構想メモ、板書記録、映像(静止画)記録を基に、授業の構想の仕方、指導案の書き方、発問や板書、机間指導のポイントなどを筆者とのやり取りを交えながら分かりやすく説明していただいた上に、実習や教採の心構えについても語ってくれた。
学校においてもICT環境の充実化に向けての意識は高まった。これまでとは違った形のゲストティーチャーやゲストスピーカーの登用が期待できる。遠方から複数の人に登場してもらうことだけでなく、継続的なかかわりがより可能となる。立場や背景が異なる複数のゲストとの対話や、専門家等との継続的なかかわりは「深い学び」の実現に大きく寄与するものである。