キーワードで読み解くVUCA時代のリーダーとは [最終回] 鼎談 価値観の変化と人間理解の在り方」

『ライブラリ』シリーズ/特集ダイジェスト

2022.06.08

Volatility Uncertainty キーワードで読み解くVUCA時代のリーダーとは
[最終回] 鼎談 価値観の変化と人間理解の在り方」

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.6 2022年3月

VUCAの時代と呼ばれて久しい。変化が速くて不確実で、複雑で曖昧な時代。将来の予測が困難な時代。そうした時代に、ビジネスパーソン、さらにいえばビジネスリーダーは、どう変わっていく必要があるのか。グロービス経営大学院の教員陣による対談形式で答えを探る連載、最終回となる第6回では、人々の価値観の変化を踏まえた人間理解のあり方について考えを深めていきたい。

株式会社グロービスマネジング・ディレクター 君島朋子
株式会社URUU 代表取締役 江上広行
グロービス経営大学院 教員 難波美帆

“みんなで登る山”はなくなった

君島:今回は最終回として、人々の価値観の変化や、それによって求められるリーダーの要件の変化について考えていきたい。まず、世の中の変化をどう見ているか伺いたい。

江上:わかりやすい正解があった時代のリーダーは登山のように「あの山に登ろう」と決めたら、あとは地図を広げて皆でそこに向かっていけばよかった。いまは、そもそも目指すべき山が存在しない、はたまた登っているうちにその山が消えてなくなっているかもしれない。VUCAの時代のリーダーは登山よりサーフィンに近い。次にどんな波が来るか予測ができないなかで、不確実性とダンスするように波に乗っていく。そしてそこから学習する。それはとても難しいけれど、それが楽しめる時代だと思う。

君島:どんな波が次に来るのかは誰にもわからないが、来た波に乗らなくてはいけない時代だと。

江上:経営学者のピーター・ドラッカーは、「不確実性の時代におけるプランニングは、未来を変えるものとしてすでに何が起こったのかを考える」と言っている。予測不可能な時代には、たとえ不合理であっても瞬間・瞬間に聞こえてくるものに従って行動する。そして仲間たちと対話しながら軌道修正しながら未来に向けて旅をするように進んでいけばよい。

難波:変化と言えば、共通の文化、カルチャーがなくなってきていると思う。私が子どもの頃には、例えば、会社員は野球のナイターを見ておけば、翌日会社に行って上司との話題に困ることはなかった。ところが今は、皆が必ず見ているスポーツはなく、媒体の変化も大きい。多くの人が朝は紙の新聞に目を通し、夜の7時から9時の間はお茶の間でテレビを見るという時代ではなくなった。個々人が自分の好きなメディアを使って、自分の好きな情報を摂取できる時代になっている。自分の好きなものが楽しめる一方、何を楽しむかを自分で決めなくてはいけない。これさえしておけば仲間外れにならないというものはなくなり、仲間づくりも難しくなっている。今まで自分で選んだり決めたりしてこなかった人たちにとっては、少し苦しい時代だろうと思う。

君島:登山からサーフィンと大きく時代が変わっている中で、共通の文化が持ちにくくなっている。個人の価値観には、他にどんな変化が起こっているのだろう。

江上:組織の中だけでなく、一人の人間の中にも多様性は存在する、イントラパーソナル・ダイバーシティ(自己内多様性)という考え方がある。私たちは、一定の年齢になり人格が形成されていくと同時に、まわりに適応しようとして自分の中にあった本来の価値観を消していってしまう。たとえば、男性が会社に勤めてその役割に適応していくと、「弱さをみせてはいけない」「男らしくしなくてはいけない」と思い込み、男性でも持っている母性などの多様性を1つずつ捨てていく。そうやって形成された価値観は実は多様な自分のごく一部にすぎない。大人になっても本来持っていた多様な価値観を大切にしていくと、人生の幅が広がり可能性が広がっていく。

君島:自分が今まで持っている1つの価値観にとらわれるより、多様な価値観に自分を開いて自分の可能性を試してみるような、そんな価値観の持ち方が出てきている。

江上:無意識の中に押し込めていた価値観に出合う機会は身近にも沢山ある。立命館アジア太平洋大学の出口治明学長は、「たくさんの人と出会い、たくさん本を読み、たくさん旅に出なさい」と言っている。

難波:個人がそれぞれに価値観を持つ時代は、自分の価値観が尊重されるためにも、他人の価値観を尊重しなくてはいけない。だが、私たちは多様な価値観をお互いに認め合うことに慣れていないため、時として衝突が起こってしまう。例えばSNS上で過激な意見ばかりが表出したり、建設的な議論ではなく突出した意見が対立したりすることが起きている。価値観もメディアも豊かになっている時代に、それを幸せな変化として享受するためには、皆で協力して新しいコミュニケーションの様式をつくっていく必要がある。

君島:どうやって人と価値観を共有するのか、違うものを受け入れてくのか、やり方を迷っている時代といえそうだ。

共感を起点とする、デザイン思考の意義

難波:私がグロービスで担当している科目「デザイン思考」は、他人の課題を解決するために「共感」を起点にしようという考え方である。他人の価値観や悩みごとに同情したり、全く同じ考えを持ったりする必要はなく、理解して認めて寄り添って、他人の立場になった課題解決を考えるのがデザイン思考の起点。これこそが世界中でデザイン思考が取り入れられている理由だと思う。

君島:デザイン思考では、他者や想定するお客様をどう理解して共感していくのか。

難波:まず誰に寄り添うのかを決め、その人たちをよく見る。話をよく聞いてみる。その時に自分の価値観や隠れたバイアス(偏見)をいったん横に置いて、この人がこう考えるのはどういう理があるのかを考える。デザイン思考はふんわりした感情的なものではなく、非常に論理的なものだ。どういう理があるからこの人は困っているのだということを見つけ出してあげることが、デザイン思考で共感するための一番大事なスキルになる。

 前述の例を使うと、自分が野球の話題を持ち出し、相手もプロ野球の話をしてきた時に、短絡的に「自分と同じプロ野球ファンだ、同じ文脈で野球を捉えている」と思うのではなく、丁寧に相手の話を聞いてみる。そして「自分と全く同一ではない」と思い続けることが大事。

君島:共感の仕方が変わってきたようだ。共通の前提があるから共感するのではなく、相手の前提を理解して共感するようになってきた。

難波:よかれと思って勝手に解釈するのではなく、よいかどうか相手に確認しましょうということ。

江上:人間という種から共感を捉えると面白い。他の動物と違って人間にだけ白目があるのは、人の目の動きが見えることで相手の感情を読み取りやすくするためだそう。人は、体は小さいけれど、皆で心を通わせ力を合わせて未来をデザインして文明を築いてきた種族である。人は共感するとオキシトシンというホルモンが出て、人と人とが協力してパフォーマンスが上がる仕組みになっている。ポリヴェーガル理論(精神生理学・行動神経学者のステファン・W・ポージェス博士が1994年に提唱)は、脳神経系の複合体が、人間の最も適応的な状態である「社会的関わりシステム」を司っていることを解明している。その神経系の特徴は人間の顔に一番現れているという。人間の顔は共感するための道具として進化してきているのだから、その聴く力や伝える力を使っていけばよい。

 日本語の「共感」を示す英語にはシンパシー(Sympathy)とエンパシー(Empathy)がある。日本語では2つとも「共感」と訳されるが意味は異なる。シンパシーはいわば「同感」である。「君はジャイアンツが好き、僕もジャイアンツが好き」のような同じ価値観でわかり合えること。一方でエンパシーは違う価値観であってもわかり合えること。スポーツ、音楽、宗教など、お互いに違う価値観を持っていたとしても、その違う価値観に対して寄り添って一緒に考えることはできるよという共感である。もしエンパシーが生まれたら、AかBかではなくて、そこにCが生まれる可能性がある。今、何か新しいイノベーションを生み出したいのなら、AかBか議論を戦わせるのではなく、Cを一緒に探していくようなエンパシーを伴う対話が大切であると思う。

君島:シンパシーとエンパシーとの言葉の違いが時代の変化にも重なっているようだ。

難波:一例として、私がデザイン思考を勉強したフィンランドは、国民的にヘヴィメタル(英米で発展したロック音楽の一種)が大好き。日本人である私が何とか理解しようとした時に、ヘヴィメタルが好きな文化的な背景がわからなくても、日本人にとっての演歌だと考えてみると、とある種類の音楽が国民的な音楽として支持されているという在り方は何となく理解できた。相手の大事なものを自分たちの文化や文脈に読み替えることで理解する。自分が今までヘヴィメタルに持っていた意味を、彼ら/彼女らを理解する時には読み換えると理解しやすい。

 マーケティング分野では顧客インサイト(Insight)という言葉が使われることが多く、インサイトは相手に共感しながら見つけていくと言われる。インサイトには接頭辞としてイン(In)がついているが、相手の中を見るだけでなく、自分の中を見るという意味がある。自分の中が見えていないと、相手の中も見えない。よって、自分を見つめ直す、自分はどういう価値観を持っているかを知ることが大事。自分を空っぽにして相手を見るのではなく、共通にあるものは何かを考えることが大事。企業の中でお客様のインサイトを探る時には、自社の価値観とどう繋がるのかを見ていかないといけない。

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