特集 「指導の個別化」「学習の個性化」で授業のモードを変える
授業づくりと評価
2021.11.19
子どもを個性的に育てることが「学習の個性化」のポイント
──「学習の個性化」とはどのようなイメージをもったものなのでしょうか。
「学習の個性化」については、興味・関心を「生かす」のではなく、興味・関心を「育てる」という考えが必要です。例えば、「あの子は虫博士だ」とか「この子は絵を描かせるとすごい」といった子がいますが、そのように育てていくということです。昆虫を学ぶならば、どの昆虫でもいい。昆虫に共通の特性や個別の特徴などが捉えられれば、その子が興味をもった昆虫をその子の教材にするのです。花の観察についても、全国一律に朝顔でなくてもいいのです。つまり、選択を可能にする戦略が授業の中に必要になってくるのです。それは教科枠の中で選択可能とする場合と、教科等の枠を取り払って生活や総合的な学習として展開していく場合があるでしょう。どちらにしても選択したあとにそのテーマに集中・没頭できるということが必要です。
「学習の個性化」には、このように、子どもの興味・関心に即した選択肢があり、それに集中できる学びが保証される必要があります。ここで大事なポイントは、そのことによって、単に興味・関心を生かすといった指導的な発想ではなく、興味・関心を育てるというアプローチによって、子どもが自分自身の学びを通して、より個性的になっていくということです。
──子どもが個性的になるということとは。
「学習の個性化」を授業の観点からどう捉えるかというと、例えば、日本史で幕藩体制について学ぶときに、通常は、参勤交代と武家諸法度と江戸の文化について学習します。しかし、武家諸法度だけを取り上げてみたり、近松門左衛門だけを徹底的に学ぶという授業があっていい。つまりは、江戸の封建体制や主従関係を押さえ、これらがベースとなって体制維持が図られた社会であったことが学び取れれば、取り上げた題材も切実感や臨場感をもって学べたりもします。学び取るべき中核的な概念を押さえられれば、教材は子どもが自分の興味・関心に即して選べるという授業デザインが求められるのです。
そのことで、子どもがより個性的になって自らの生き方を拓いていく可能性がある。江戸時代の武家諸法度を追究した子は、明治政府の五箇条の御誓文について探究していくでしょう。そうすると、その子は将来、法律家になるかもしれません。
私たちは、広く浅く学ばせないと入試にも対応できないし、教科書に載っていることはとりあえず身に付けさせなければいけないと思っています。しかし実際には、私たちはどの分野についても半端な知識しかもっていません。大抵の知識というものは知っているようであまりよく知りません。広く浅くというものは実はあまり役に立たないものなのです。次代を拓く子どもを育てるためには、子どもがとことん突き進められる分野をつくってあげることが大事です。子どもが好きな領域、得意な領域をつくっていかないと創造的にはなれないのです。
さらには、「指導の個別化」でも少し触れましたが、探究の方法にも個性が出てきます。新聞記者のように足で稼いで情報を獲得してくるタイプ、論文を読み漁って理論的に対象にアプローチしていくタイプなど様々です。こうした探究の仕方も保証しなければなりません。自分の好きな領域を自分なりのやり方で探究できるようにすることが、学習の個性化を考える上でのポイントです。
「指導の個別化」「学習の個性化」で授業のモードを変える
──「指導の個別化」「学習の個性化」を生かしたこれからの授業づくりのポイントは。
これまでも述べたとおり、同年齢集団による学級編制の下では、どうしても到達度の差が課題になってきます。単元・本時の中で取り組むべきことや学ばせることは決まっていて、それを崩すことは難しい。しかも、一斉指導というのは日本の教師たちが長年作り上げてきたとても機能的なシステムです。共通の課題、時間の制約、同じ教材、たどり着く同じ答えといった4つの要素が授業を支える骨格となってきました。教師にとって授業の進め方というのは、共通課題を同じ時間に同じ教材を使って同じ答えに導くものだし、授業中の教師の指示は時間のコントロールという側面をもっていたのです。
ところが、これからの教育は同質な子どもを大量につくりあげることではなく、不透明な時代に向かって創造性を発揮できる子どもを育てることであることは、誰もが理解できていると思います。
そうすると、授業を支えてきた4つの要素をどう考えるか。それは、課題については、共通課題からその子の理解度に合った課題を与えたり、選ばせたりすること。時間については、授業全体を一斉にコントロールすることから、できるだけ子ども一人一人に合うように調整すること。教材については、子ども一人一人の追究を保証できるよう選択できるものにすること。到達する答えについては、当然、みな違ってきていいわけです。
今回の中教審答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」は、これまで平均的な学力に合わせて行ってきた授業のモードを「指導の個別化」「学びの個性化」をキーワードに変えていこうというメッセージでもあると思います。子どもたちは、自分に合った課題、自分に合った追究の仕方で学習を進めていく経験を積んでいくことで学びに向かう態度も変わってきます。授業のモードを変えていくことは子どもの学びに変革を起こすことにつながるのです。
これからは、そうした授業づくりに徐々に変えていくことが求められるでしょう。いろいろな制約のある中で、初めから一気に「指導の個別化」「学習の個性化」に変えていくことは難しい。ですから、最初は失敗もあるかもしれませんが、できそうな単元からチャレンジしてみる。とりあえず1学期に1単元は実践してみるといった構えで取り組んでみてほしい。それがこれからの学びを変える第一歩となると思うのです。
(構成/本誌・萩原和夫)
Profile
加藤幸次 かとう・ゆきつぐ
1937年愛知県生まれ。上智大学名誉教授。神戸国際大学客員教授、日本個性化教育学会会長、グローバル教育学会顧問、アメリカ教育学会会長を歴任。名古屋大学大学院、ウィスコンシン大学大学院修了。著書に『個性を生かす学習環境づくり』『ティーム・ティーチングの考え方・進め方』『総合学習の実践』『小学校 個に応じる少人数指導』『アクティブ・ラーニングの考え方・進め方』『カリキュラム・マネジメントの考え方・進め方』『教科等横断的な教育課程編成の考え方・進め方』など多数。