特集 知識社会における課題と教師の専門性 学校組織として課題に向き合い、教師を育てる

学校マネジメント

2021.12.09

特集 まず“教師エージェンシー” より始めよう 〜 「教える」 から 「学びを起こす」 へ〜
知識社会における課題と教師の専門性
学校組織として課題に向き合い、教師を育てる

長崎大学大学院教育学研究科准教授 
藤井佑介

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.3 2021年8月

知識社会で求められる教師の資質・能力

 教育は常に社会の要請に応えることが求められ、不易と流行の緊張関係を保つことで前進してきた。とりわけ近年においては、グローバリゼーションやITの発展を中心として、産業構造が劇的に変化し、これまで以上に予測困難な時代(VUCA)が到来している。このような産業社会(Industrial society)から知識社会(Knowledge society)への変容は、新学習指導要領が従来のコンテンツ(学習内容)ベースのカリキュラムからコンピテンシー(資質・能力)ベースのカリキュラムへと変革したように、教えや学びの在り方にも大きな影響を与えている。産業社会における学びが事実と手続きを記憶し、決められた手続きを忠実に実行できるようになることを重要視してきた一方で、知識社会における学びでは他者との協働や主体性、複雑な概念の理解と創造が必要とされている。このように子供の学びの姿が変わることはそれを促す教師にも様々な変化が求められることを意味し、実際にVUCA時代の中で教師が対応すべき課題は、GIGAスクール構想、インクルーシブ教育、探究学習、協働学習……といったように枚挙にいとまがない。教師はこれまで不易として大事にしてきた専門性に加えて、このような次々に湧き出てくる新たな課題に対応していく力を身につけていかなければならないのである。

 知識社会における教師に求められる力に関しては、平成27年の中央教育審議会答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について〜学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜」においても「変化の激しい社会を生き抜いていける人材を育成していくためには、教員自身が時代や社会、環境の変化を的確につかみ取り、その時々の状況に応じた適切な学びを提供していくことが求められることから、教員は、常に探究心や学び続ける意識を持つこととともに、情報を適切に収集し、選択し、活用する能力や知識を有機的に結びつけ構造化する力を身に付けることが求められる」(p.9)と述べられており、探究力や学び続ける力、情報収集・活用能力がその中心となるといえよう。その他にも、近年においては「レジリエンス(resilience)」も教師にとって重要な力として挙げられる(e.g.深見 2020)。レジリエンスは「回復力」や「弾力」といった訳語が用いられるが、ここでは「しなやかさ」として扱いたい。予測不能なことが起こる時代の中で、教師は様々な課題に対し、挑戦と挫折を繰り返して成長していかなければならない。困難で過酷な状況に置かれても「しなやかさ」を発揮することでハードルを乗り越え、学び続けていくことができるのである。また、不易と流行の不易の部分は不変なものとして守られていく一方で、流行の部分は時代の進展に伴い加速度的に変容していき、矢継ぎ早に出てくる課題への対応はスピードが重要となってくる。特に新型コロナウイルスによるパンデミックへの対応はその最たる事例だといえよう。不測の事態の中で学校や教師は各々に即座の判断を迫られており、子供たちの学びを保障するために、答えのない課題へ向き合うことが求められ続けている。向き合う課題によっては熟考する余裕はなく、判断や決断のスピードも要求されるのである。それだけ時代の変化は待ったなしの状況である。

 このように整理していくと、知識社会における教師に必要な資質・能力はこれからの子供たちに育成しようとしている資質・能力と重なっており、子供に教育を通して培うだけでなく、教師自身も身につけていかなければならないことが明々白々として見えてくるだろう。

学びの専門家としての教師

 知識社会における新たな課題に対応できる力を教師が身につけるためには、教師が「学びの専門家」でなければならない。それは、教師は教える専門家のみでなく、教師自身も学び続け、教育における学びや時代の潮流について常に探究していかなければならないからである。すでに、平成24年の中教審答申「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」の中で「学び続ける教員像」が示され、教師には教職生活全体を通じて、知識・技能の絶えざる刷新が求められており、生涯学習としての教師自身の学びの重要性がこれまで以上に増してきている。またそれに関わって、佐藤(2015)は学びの専門家としての教師に関する背景として、21世紀における教職の専門性が授業技術を中心とするものから子供の学びのデザインを中心とするものへと変化していること、さらには教師の教育と学びが養成教育の段階から現職教育の段階へと延長し、生涯学習へと発展したことの2点を挙げている。時代の変化に伴う教授パラダイムから学習パラダイムへの転換に加え、教師の専門職としての在り方の変化が教師の学びの重層性を生み出しているのである。子供に学びを提供することはもちろんであるが、教師自身が学びのプロフェッショナルとして自ら体現していくことで、充実した教育が展開されていくのである。このように考えると、学びの専門家としての教師は、人が学ぶという行為自体の探究を子供に「起こす側」と自ら「実現する側」の2つの立場から捉えることができるだろう。

 教師が学びの専門家となるための一つの要素として省察(reflection)がある。教師は従来から常に複雑な文脈の中で、複雑な事象と向き合って実践をしているが、VUCA時代の到来でさらにその複雑性が増している。このように教職の職域は不確実性に支配されており、技術的合理性では対応できない事象がほとんどである。教師は実践の中で厄介なまでに複雑で多様な状況と対話し、問題の設定と解決を探究し、さらに実践後にその実践とそこでの自分の理解を探究することで自身のフレームの問い直しを行っている。このような省察を繰り返すことで教師は専門性を高めており、学校現場で生じる様々な課題に対応しているといえよう。ドナルド・ショーンによって省察的実践者の重要性が説かれて以来、教師における省察の重要性はここ数十年の間で様々に論じられてきたが、現代のような変化が著しい時代にこそ必要な行為であり、専門職としての学びの基軸となるのではないだろうか。

 ただし、省察における学びは教師一人で実現するものではなく、そこには学校をはじめとした教師に取り巻く組織や他者の存在が重要となってくることに留意しておかなければならない。変化の激しい時代と向き合うための省察においては教師自身のフレームの問い直しと再構成の繰り返し(ダブルループラーニング)がポイントとなる。自身の持つ教育に対するフレームを頑固なものにするのではなく、学校の同僚や異質な他者との対話を通して新たな気づきを得ることで再構成し、ひいてはそれが「しなやかさ」の醸成に繋がっていくのである。他者との異質性が高まるほど、気づきの幅は大きくなっていく。新たな課題に向き合っていく教師は学校という閉ざされた空間を乗り越えて、社会で活躍する様々な人たちとの対話を積極的に行っていくことが求められるであろうし、教師の成長を担う行政や大学はそのような機会を担保していくような研修システムを構築していかなければならない。

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