講座・校長学 新しい時代のリーダーシップ[第3回] [校長の人材育成学] ビジョンを実現する人材育成
学校マネジメント
2021.12.08
講座・校長学 新しい時代のリーダーシップ[第3回]
[校長の人材育成学] ビジョンを実現する人材育成
一般財団法人教育調査研究所研究部長
寺崎千秋
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.3 2021年8月)
人材育成の先頭に立つ
学校づくりビジョンを示しただけでは何も始まりません。スタートに立っただけです。スタートから離陸し、教職員が一つになってビジョンを理解し学校経営方針に沿って協働し機動してはじめて実現の道が開けます。しかし、教職員も人間ですから多様な人間性、資質・能力を有する人々が集まる集団です。力のある人がいれば未熟な人もいます。有能な人材を集めたくても人事権がないのでできません。つまり今いる人材をこの手で育てるしかないのです。
人材に関わる法則があります。一つは「パレートの法則」です。世の中の富は一部の人に集中しているという経済法則で「80対20」の法則とも呼ばれます。これを受けビジネスの世界の経験則として「重要なものは2割、2割を押さえれば全体が動く」と言われます。もう一つは「2対6対2の法則」(「働きアリの法則」とも呼ばれる)です。組織において生産性の高い優秀な人が2割、普通の人が6割、生産性の低い人が2割という比率に分かれるということです。読者の学校ではどうでしようか。
その比率はともかく、大きく分ければ学校においてもおおよそ有能な教員と普通の標準的な教員、未熟な教員に分けられるでしょう。これらの教員を学校経営が目指すビジョンの実現、学校づくりにもてる力を発揮し、さらに力を高めていけるよう人材育成にリーダーシップを発揮するのが校長の責務です。ビジョン実現のためには自ら人材育成の先頭に立つことなくしてビジョンは実現できないでしょう。
人材育成の基本に学ぶ
若手教師がどんどん増え、一方で教員のなり手がない、管理職を希望する教師が少ない状況を踏まえながら、人材育成の基本をしっかりと自分のものにしておくことが大切です。人材育成の基本的な例の一つとして山本五十六の名言を紹介します。
「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば人は動かじ」
「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず」
「やっている姿を感謝し 見守って 信頼せねば 人は実らず」
ビジョンを示した後に、教員が動くようにするには、育つようにするには、実るようにするにはどうすればよいか。ほめる、任せる、見守る等々それぞれに取り組み方を示しています。人材育成の基本ではないかと思います。これと真逆なのが、ビジョンを示した後に「与えて させて せかす」指導です。自分が望む方向に「あれをやれ、これをやれ」と職務を指示命令し、「まだできないか」とせかす一方的な指導です。これでは教員はついてきません。受け身の取組では育ちません。山本の言うように大事なことはまず「やってみせ」と、モデルを示すこと「率先垂範」です。スタート・離陸に当たってまず自分が動いてやってみせること。学校通信や保護者会での話に始まり、朝会講話、授業等々で示す。教育課程や学校運営の様々な場面での出来事に、ビジョンと方針に基づいてリーダーシップをとることです。これにより校長は本気だ、やる気だと実感します。実感した教員は本気になって力を出すでしょう。
個別最適な人材育成を目指す
教職員の資質・能力等を育成するためには、一人一人の実態や実情を把握することが欠かせません。今日では自己申告や面接が行われ把握しやすくなっていますが、個々の思いや希望、将来像、健康状態、家庭等の環境も変化していきます。日頃から注意して観察することが大切です。「個別最適」な育成は教職員についても同じで「隗より始めよ」です。
実態把握の簡便な方法の一例として教職員の力を2次元の十字チャートに位置付けてみます。これにより個々の力量の状況とともに全体の中での個々の教職員の位置関係が明らかになります。今後の育成の重点や方向性を明らかにすることができます。
横軸Xには「人間的能力(対人的な適応能力、人間関係能力等)」の高低を示し、縦軸Yには「職務能力(授業力、職務遂行能力等)」の高低を示します。先述の法則に当てはめると以下のようになります。
①XY共に高い教職員:約2割。
②Xは高いがYが低い教職員、又は③Yは高いがXが低い教職員:2、3合わせて約6割。
④X・Y共に低い教職員:約2割。
これらのそれぞれの一人一人をX・Yの高い方に導くように育成計画を立て指導を行います。
①の教職員は、リーダ的立場に立つ又は立てる人々です。将来管理職になってほしい人材です。あるいは管理職ではなく授業実践の専門家として究めたいという人もいるでしょう。①の人材は自らのキャリアプランや自己申告に沿って自分で研修を進められる人たちです。それぞれの考え方を尊重しながら、校長として望むこと、先輩として期待することを伝え、任せていくようにしましょう。
②、③の教職員は、自己申告・面接の際などにX・Yの高いところをどう生かしていくか、さらに高めるかを話し合い、その実現に向け職務や研修の在り方をアドバイスします。低い部分については当人がどう捉えているかを確認し、こうあることが望ましいのではないか、そのためにできることは何かなどをアドバイスしておきます。自覚していれば深く求めず、自覚していなければ、そうした視点で自分の姿をメタ認知してみるようアドバイスし見守ります。
④の教職員は、できれば異動させたいと願うところですが、異動させたとしても又同じような教職員が異動してくるのがこの世界です。まずは所属教職員としての希望、発揮したい能力や技能、得意等を聞き取ってそれが発揮できる適所をあてがい必要に応じてアドバイスします。人間的能力に課題がある場合は、校長が話し相手になり、関係の維持や持ち方などをアドバイスしていくことを続けることです。他の教職員は見ています。校長を見て自分たちの関わり方を変えていくことが期待できます。時間がかかると思いますがこれが近道ではないでしょうか。
校長の人材育成は教育の未来づくりでもあります。老子の言葉に「最高の指導者は人々にその存在を気付かせない。その次の指導者は人々に称賛され、それに次ぐ指導者は人々に恐れられ、最悪の指導者は人々に憎まれる。最高の指導者が事業を達成したとき、人々は『われわれがやった』という」があるそうです。ビジョン実現の暁に、教職員からこんな声が聞かれたら人材育成は大成功と言えるでしょう。
Profile
寺崎 千秋 てらさき・ちあき
全国連合小学校長会会長、東京学芸大学教職大学院特任教授等を歴任。現在、一般財団法人教育調査研究所評議員・研究部長、教育新聞論説委員、公立小学校2校の学校運営協議会委員、小中学校の校内研究・研修の講師、教育委員会主催の教員研修講師等を務めている。