特集 変革を起こす「教師エージェンシー」とは 「現状維持型教師」から「触媒型教師」へ

学校マネジメント

2021.12.07

特集 まず“教師エージェンシー” より始めよう 〜 「教える」 から 「学びを起こす」 へ〜
変革を起こす「教師エージェンシー」とは
「現状維持型教師」から「触媒型教師」へ

福島大学学長 
三浦浩喜

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.3 2021年8月

「エージェンシー」の源流 「OECD東北スクール」


図1 OECD東北スクール「東北復幸祭〈環WA〉in PARIS」の様子

 「エージェンシーAgency」という概念は、OECD(経済開発協力機構)において2015年から始まるEducation2030プロジェクトで強調された概念であるが、その源流の一つは意外にも東日本大震災にある。

 2011年3月の東日本大震災とそれに伴う原発事故で、東北地方は未曾有の混乱の中に投げ落とされ、特に筆者が住む福島県の被災地では54の学校が避難を余儀なくされ、そのうち23が実質消滅するなど、困難を極めた。この危機的状況から「OECD東北スクール」プロジェクトが生まれ、これが「エージェンシー」の源流となる。

 「OECD東北スクール」は、OECDと文部科学省が協力し福島大学が主催し、震災の翌年に開始した国際教育復興プロジェクトである。被災地3県の約100人の中高生を、地域復興の担い手として育てるために、2年半にわたって様々な学習・経験を積ませるプロジェクト学習で、最終ゴールは「パリから東北の復興をアピールする」という、われわれ大人にとってもどこから手をつけていいのかわからない異次元のプロジェクトだった。

「OECD東北スクール」の教師たち

 さて、OECD東北スクールのプレーヤーは生徒の他に、学校教員、教育行政、企業、NPO、国際機関、政府関係者、大学研究者らが参加し、それらが入り乱れて展開する「異種格闘技」とも言えるものだった。

 生徒たちも当初は全くまとまらなかったが、チームワークを発揮して少しずつ前に歩み出す。そして、生徒たちの変化とともに、生徒と一緒に悩み、考え、行動する教師たちの一団も現れ始めた。

 勤務する中学校の生徒会役員たちと東北スクールに参加していた中学校教師のA先生は、放射能汚染と風評被害によって大打撃を受けた地元の果物を何とか復活させたいと考え、生徒たちと話し合って、赤ん坊から老人まで食べられるゼリーをつくることを思いついた。ゼリーの開発といっても教員がその答えをもっているわけではなく、農業協同組合の専門家にヘルプを求め、一緒に考え始める。父母や学校はこうした先の見えない活動に当初は懐疑的で、A先生は父母や校長らに時間をかけて説明して理解を求めた。このゼリー開発のプロセスではあらゆる段階で生じる問題を解決しなければならなかったが、生徒と教師はそれをやり遂げ、生徒がデザインしたパッケージで販売され、意気消沈していた地域の大人たちを大きく勇気づけることとなる。

 プロジェクトに参加した教師を二つの異なるタイプに大別することができる。一つはこのA先生のような「触媒型教師(catalyst teachers)」である。このタイプは、生徒の声とアイディアを大切にし、生徒がプロジェクトを設計するのを助ける。教師がいつも答えを持っているとは考えておらず、生徒から学ぶことを肯定的に捉え、不確実性を恐れない。そして地域のリーダー、NPO、企業など、学校外の他の人々とつながることに違和感を覚えない、語学力の有無にかかわらず海外とのコラボレーションに好奇心を持って取り組む。

 もう一つのタイプが「現状維持型教師(status quo teachers)」である。彼らは生徒のために自分でプロジェクトを設計し、生徒にやり方を教える。生徒の質問に対し答えを知らないと不安になるので、自分の知らないことから避けるようになる。自分が立てた計画を絶対視し、それを遂行することが教育実践だと考え、先行きの不確実性を好まない。そして、学校外の他の人々、特に民間企業と協働で仕事をしたがらず、学校内の平均的な安定性を好む。

 図2の二つのレーダーチャートは、いずれも東北スクールに参加していた二つのチームに所属する生徒の力の伸びを示したもので、一見してAチームの方がBチームより成長の様子が顕著に現れている。Aチームの教師は生徒たちを関東圏やパリの事前視察など様々な活動に積極的に参加させたのに対し、Bチームの教師は生徒の安全などを理由に生徒を地域外に派遣することは最小限に留めた。学校の多くは、混乱を避け安定した学習を保障するために、時間や空間、人を区切り、カリキュラムをつくる。これに反して当の生徒は、他者同士が入り交じり、時間や空間が混濁した中で、その混乱を解決するために、今日必要とされる力(コンピテンシー)を身に付ける、ということになるだろう。生徒の能力は、異質との接触によってもたらされ、学校や教員はその触媒にならなければならないのである。


図2 OECD東北スクールにおける二つの地域の生徒の成長

エージェンシー 「世界への参加」

 「OECD東北スクール」の成功を受けて、OECDは2015年にEducation2030プロジェクトを立ち上げ、OECDキーコンピテンシーの再定義に乗り出した。同キーコンピテンシーが設定されて20年、SDGsのような世界共通の問題への取組が必要となり、若者たちが、先行きの読めない現代を主体的に生きていくために必要な能力とは何か、それを実現する学校や教育の在り方、それを支える社会インフラをどうするのか、と、いずれも「OECD東北スクール」の課題意識と軌を一にする内容であった。

 プロジェクトでは、当初から「エージェンシー」という概念に重心を置いていた。エージェンシーは、一般的に「主体性」や「当事者意識」と理解されることが多いが、OECDは、これを「変革を起こすために目標を設定し、ふり返りながら責任ある行動をとる能力」という重合的な概念として定義している。わが国で、「主体性」という言葉を使うとき、それは「自分で考えて、判断し、責任を持って行動できる能力や態度」を指すようだが、多くの場合それは個人の能力を指し、「主体性がある/ない」で判断されることが多い。しかしエージェンシーは周囲との関係を前提としており、社会を理解し、自分がやるべきことに気づき、世界に影響を与えることまでをも含む「人間の存在論」だと考える。筆者はこのAgencyを「世界への参加」と勝手に意訳している。

 「生徒エージェンシー」に伴走するのが仲間、教師、家族、コミュニティなどの「共同エージェンシー(Co-Agency)」である。これらはそれぞれにエージェンシーを持っており、生徒エージェンシーに影響を与えると同時に、生徒エージェンシーに影響を与えられる、相互に触発され成長する関係を「共同エージェンシー」と定義づけることができる。

教師エージェンシーとは

 生徒の成長にとって最も重要なのは「教師エージェンシー」だろう。教師は、生徒の成長に直接関与し、目的に沿って伸長させたりすることが可能な立場にいるからである。しかし伝統的な教師の仕事は、規定の知識を伝達したり、社会に適応するための訓練を行ったりすることが使命と考えられる傾向が強く、「生徒エージェンシー」を受け止めないばかりか、教師自身のエージェンシーを意識にのぼらせることもきわめて希薄である。

 それでは、「教師エージェンシー」はどのように形成されるのだろうか。また、その形成を妨げているとすれば、その原因は何だろうか。

 日本の学校は「個別完結型」で即戦力となる「完成形」としての教師像が横行し、現実の未完成の教師たちは職員室で疲弊している、すなわちエージェンシーがシュリンクしたままにあるのではないか。前述したようにエージェンシーはレゴブロックのように重ねたり切り取ったりできるものではなく、蔓が絡み合いながら全体を構成するような生態系(エコシステム)でできている。よって、「教師エージェンシー」は、校長ら上司、教育政策や学校内の職場環境からも大きく影響を受けやすい。

 繰り返し述べるが、エージェンシーは個人の能力ではない。そして、この文脈では「完成した教師」もあり得ない。教師一人ひとりはできることとできないことがあり、できないことは他人に、場合によっては生徒にヘルプを求めて補完する、また他の教師を支援することで「共同エージェンシー」を相互に高め合うと考えるべきである。

 Education2030プロジェクトの生徒フォーカスグループの生徒たちが、「共同エージェンシーの太陽モデル」をつくったので、紹介しておきたい。これは教師と生徒のエージェンシーの共鳴を段階的に整理し、輝きの大きさで表現したものである。多くの教師は「自分は生徒たちの主体性を尊重している」と考えているが、それは真実なのかどうか吟味したいからである。念のため、表の「0」がダメな教育方法で、「8」が良い教育方法だと断定しているのではない、という点は断っておく。教育内容によって様々なスタンスがとられるべきだからである。いずれにせよ、日本の状況を見たときに、輝きのレベルが「0〜5」に留まっているのが現状と言えないだろうか。

表1 共同エージェンシーの太陽モデル

同じ課題に取り組む仲間として

 生徒と教師の関係で言えば、通常の授業では、教師が設定した問題を生徒が考える、言わば課題を真ん中に、答えを知っている教師と答えを知らない生徒が向き合う形になるが、環境問題や人権問題などの現実的な課題、「解のない問い」に対しては、いずれも答えを知らない教師と生徒がタッグを組んで答えを見つけなければならない。ここでは課題に対して教師と生徒は同じ位置にあり、フラットに役割を分担しながら、試行錯誤し、信頼関係を築き、課題解決の方法を創り出すのである。

 日本の教育は他国と比較しても、教科への依存度が高いと言われており、教科教育のレベルは非常に高いが、全ての教科を学ばせたところで、予定調和的に生徒の中で完成された人格が形成される、とは思えない。「教師エージェンシー」というのは、まさに、今日の課題を生徒たちの学びにつなげ、学びを人格につなげることを媒介し、生徒ばかりか自身にも「化学反応」をもたらす触媒だと考えている。

 

 

Profile
三浦 浩喜 みうら・ひろき 
 1961年生まれ。中学校の教員を経て、1996年より福島大学教員、現在は同大学学長、専門は美術教育学、カリキュラム学、生活指導論。2011年の東日本大震災時に子ども支援ボランティアの統括、2012年にOECD東北スクール統括責任者として東北とフランスの間を奔走。2015年より、日本イノベーション教育ネットワーク(協力OECD)共同代表、2017年中央教育審議会教育課程企画特別部会委員、等を通してプロジェクト学習の普及に尽力している。

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