キーワードで読み解くVUCA時代のリーダーとは [第3回] 鼎談「世界の中の日本、地政学から考える」

トピック教育課題

2022.01.11

想定外への備え

嶋田:国ごとの動きを見るときに、人口動態のように過去のトレンドから予想しやすいものもあるが、紛争は事前の想定が難しい。もう20年前になるが、9.11(米国同時多発テロ事件)を予測していた日本人はいなかっただろう。有事はリアクティブに動かざるを得ない。地政学的に起こる有事に対して、ビジネスパーソンはどのような姿勢で臨んでいけばいいか。

高橋:これは難しい。今回のミャンマーの軍事政変についても予測していた人はほとんどいなかっただろう。ミャンマーは、新興国で急速に発展しているからということで積極展開をしていた企業が大半だった。米国政府は、戦争になった場合にはどう対応するか、良好な関係においてはどう向き合うか、全ての国に対して戦略を立てていると聞いたことがある。友好国に対しても有事の際にはどうするかということが予め決められているのだ。日本ではあまり聞かないが、現状の関係性によらず、有事対策を練っておくことが一つの解決策になるのではないか。

嶋田:特にサプライチェーンについては、何かあったらどうするか、あらかじめ複数のシナリオを考えておく必要がある。

高橋:想定の範囲を少し広げておく。例えば、フィリピンと日本とが国交を断絶したらどうするか。現状だと想像しにくいが、米国政府はそういうことも含めて準備をしている。似たような準備が、今後は必要になってくるのではないか。

嶋田:米国にはシンクタンク(諸分野に関する政策立案・政策提言を主に行う研究機関)がたくさんあり、企業の経営陣に対して講義をしたり、シナリオ議論の相手になったりすると聞いたことがある。起こってから考えるだけではなく、事前の備えをもう少し、思考トレーニング的にやっておくだけでも違うだろう。

河尻:確実なもの、それをベースに不確実なもの、この両者を考える機会を用意することが必要だ。確実に起こるであろう人口動態等についても、中長期の予測を整えることができていない企業も多い。起こり得ないと思われる不確実な事象については尚更だが、まずは洗い出してみて、その中でも特に重要度が高いものを注目してウオッチしていくという考え方を日々の仕事の中に織り込んでいくべきだ。

嶋田:中国の人口動態は20年後まで予測がついているし、米国でも現在マジョリティ(多数派)である白人がマイノリティ(少数派)になるという予測も出ている。これからどんな世界になるのかを前広に考えておきながら、準備をするという発想が必要になる。

 想定外に備えるためにも、経営資源としての情報の価値が高まっている。日本企業は生きた情報をなかなか入手できないと聞くが、よい方法はあるか。

河尻:日本企業の場合、歴史的には、商社が海外の生きのいい情報を集めて、多くの日系企業に展開する役割を果たしてきた。いつの時代も情報収集のパートナーをいかにつくっていくかが大事。国内外でボーングローバルといわれるような、当初からグローバルに事業を展開するベンチャー企業が出てきているので、その繋がりをうまくつくっていけるといい。

高橋:情報はただでは取れない。マスコミが流している情報は、バイアスがかかっていたり、正確性に欠けていたりするものもある。鮮度や信頼性の高い情報にはある程度の投資が必要だ。投資の仕方としては、各国でこれはという人を現地法人で採用したり、これはという人にお金を出して勉強させてあげたり。各国で有望な人材を支援して関係をつくるといい情報が入ってくる。地道な貢献が強いネットワークとして返ってくる。時間がかかる方法だが地道にやっている企業は、情報源をたくさん持っている。

嶋田:内外問わず、人に対する投資は、長い目で見れば一番リターンが大きいといえそうだ。

リーダーへの期待

嶋田:最後に、地政学に関して、これからの時代を担っていくリーダーが身に付けるべきことは何か。

河尻:今後のリーダーには、異なる環境における経験、リアクティブに反応せざるを得ないような環境に身を置く経験をしてもらいたい。これまでの自分の前提が通用しない環境で仕事や生活をすることで、そもそもリアクティブにしか動けない状況があるということを知り、そこでどう振る舞うかを経験することが、一人ひとりの想定外を広げてくれる。

高橋:私からは2つお伝えしたい。1つは近現代史。近代史、現代史に関する知識を学ぶべき。日本の学校教育では手薄になっているため、今、世界で起きている事柄の背景や文脈に対する理解が浅いレベルに止まってしまっている。キャッチアップしないと、世界のリーダーにはついていけない。もう1つは、目的に応じて、自分の嫌いな人とも協働する姿勢。ハリウッド映画で「俺はお前のこと大嫌いだけど、今回だけは一緒に組むぜ」というシーンに見られるように、目的に応じて、好き嫌い関係なく、必要な能力を集めてチームを組成する力を身につける必要がある。

嶋田:日本はまだ1億2000万人の市場があるので、その中だけでビジネスが完結できてしまうと思いがちだが、これだけ世界が繋がっている中で、日本だけが影響を受けずにいられるわけはない。これからの時代、リーダーたらんという人は、自分から手をあげて、海外でも海外でなくても、異文化との仕事に積極的に絡んでいこう。自分の幅を広げ、リーダーとしての資質を磨いてもらいたい。

〔構成/株式会社グロービス ディレクター 許勢仁美(こせ・めぐみ)〕

 

Profile
嶋田 毅 しまだ・つよし 
 株式会社グロービス出版局長/グロービス経営大学院教員。東京大学理学部卒業、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。著書に『KPI大全』『MBA100の基本』他多数。ナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」や定額制動画学習サービス「グロービス学び放題」へのコンテンツ提供・監修も行っている。

高橋 亨 たかはし・とおる 
 株式会社グロービスマネジング・ディレクター/グロービス経営大学院教員。丸紅にて、イラン、ベルギーの計8年間の駐在を含む海外事業に携わった後、グロービスで、シンガポールでの海外拠点人材育成を含む、法人向け人材育成事業に携わる。上智大学卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。グロービス経営大学院専任教員。著書『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』(英治出版)。

河尻 陽一郎 かわじり・よういちろう
 株式会社グロービスディレクター/グロービス経営大学院教員。東京大学法学部卒業、米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学非営利組織修士課程修了。コンサルティング会社にて戦略立案及び実行支援を行う。その後グロービスにて、グローバル研修の企画運営、中国・シンガポール法人の立ち上げに従事。経営大学院のグローバル領域科目や、企業の幹部育成研修の講師も務める。

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