特集 “School Compass”を創る〜未来志向の学校経営〜 theme4 “教師エージェンシー”を考える 未来志向の学びの創り手として

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2021.08.26

特集 “School Compass”を創る〜未来志向の学校経営〜 theme4
“教師エージェンシー”を考える
未来志向の学びの創り手として

学校法人桐蔭学園理事長 桐蔭横浜大学学長・教授
溝上慎一

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.1 2021年4月

エージェンシーとは何か?

 「エージェンシー(agency)」の捉え方にはさまざまな立場があるが、原義として共通するのは、第一に「行為主体(agent)」を問題とすること、その上で第二に、行為「主体」が「客体」(対象)との関係において優勢である状態、つまり対象に対して前のめりの状態を問題とすることである。カタカナで表記されても、その原義的な意は日本語で訳すところの「主体性」「主体的」に近いものである。新学習指導要領における主体的な学びの「主体的」は児童生徒の学習課題への前のめりを問題とし、よく知られるOECD・ラーニングコンパスにおける学習者エージェンシー1の「エージェンシー」は、問題解決が多く予測困難な来る社会を問題とする。両者とも、原義においては同じように理解されるものである。

 エージェンシー(agency)が行為主体(agent)との関係を問題とする点も重要な観点である。私は、このようなエージェンシーの特徴をわかりやすく示すために、対象(学習課題)への関わりを自己の観点から見て即自的から対自的へと3層から成る主体的な学習スペクトラムとして提起している2(新学習指導要領の「主体的な学び」と区別するために、「主体的な学習」としている)。図表1に示すように、課題のおもしろさに依存した場合でも、児童生徒の課題への前のめりの状態が認められる場合には、主体的な学習と呼ぶことができる。これは第I層である。他方で、課題がおもしろくてもおもしろくなくても、それに対して自身を方向づけたり自己調整したりする自己調整型(第II層)、人生の目標やアイデンティティ形成を伴った人生型(第III層)の主体的な学習もある。

 すべての学校種の教師にとって、児童生徒が興味・関心を持って取り組めるような学習課題を設けることは基本的作業であろう。それはまず最初に、児童生徒に第I層の主体的な学習を期待することと相等しい。しかし、おもしろい学習課題の中にもおもしろくない部分はあり、また中学校・高校と学習の難度が上がっていくにつれ、課題のおもしろさだけで生徒を主体的な学習に促すことには限界が出てくる。好きな教科の中にも、おもしろくない、しかし理解して覚えないといけない基礎的な用語や概念、化学式などが山ほどあるからである。こうして児童生徒に求められるのが、第II層の自己調整型あるいは第III層の人生型の主体的な学習である。義務教育段階の教育で人生型まで期待するのは難しいであろうが、高校段階ではこのあたりまで視野に入れた主体的な学びが求められている。

 

[注]
1 白井俊著『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来─エージェンシー、資質・能力とカリキュラム─』ミネルヴァ書房、2020年
2 溝上慎一著『学習とパーソナリティ─「あの子はおとなしいけど成績はいいんですよね!」をどう見るか─』東信堂、2018年

児童生徒のエージェンシーを育む

 エージェンシーが行為主体の課題に対する前のめりの姿であるとするならば、児童生徒のエージェンシーを育てるということは、すなわち児童生徒が主人公の、学習者中心の学びを実現していくことに他ならない。もちろん学習者中心の学びと言っても、児童生徒が何でも好き勝手に学んでよいということではない。学校教育における学びである以上、学習目標を立てるのは教師である。教育や授業は学習目標の達成を目指して営まれるものであり、授業の起点は常に教師である。しかし、学びのプロセスにおいては児童生徒が主人公となる主体的な学び、すなわちエージェンシーが求められている。

 新学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」における主体的な学びは、「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連づけながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる」学びであると説明される。この説明には、図表1の主体的な学習スペクトラムの3層がすべて含められている。主体的な学びが、行為主体の自己調整や目標・アイデンティティ形成などを含めて捉えられていることが明らかである。

 さて、学習目標に到達させればそれで良しとしていないところに、新学習指導要領の難しくも新しい主張がある。その主張は、学びのプロセスに対話的な学びや深い学びを加えて、児童生徒に自身の考えや理解、疑問などを外化させる活動を強く求めていることである。対話的な学びや深い学びを通して児童生徒が外化活動を行えば、教師の予想しない児童生徒の考えや発言が縦横無尽に飛び出る。自分の言葉で外化するということは、それぞれの児童生徒が個性的に持っている関連する知識や考え、信念、価値観等を表出するということである。一定程度の文章や長さをもった外化であれば、教師の意図に関係なく、外化の内容が個性的になることは必然である。こうして、一方では学習目標の達成を目指しながら、他方では、学習目標の枠を越えた児童生徒一人ひとりの個性的な学習成果も目指されることになる。

 学術的には、図表2で示すような構造で説明される。学習目標の達成は、全員が教授パラダイムの枠に到達することである。他方で、学習パラダイムとしての個性的な学習成果は、その枠を越えたところにある。学習パラダイムへの転換を説いたJ.タグ3は、教授パラダイムと学習パラダイムは決して二項対立の関係にあるものではなく、学習パラダイムは活動の場を拡げ、教授パラダイムを越えたところに私たちを移動させるのだと述べる。

 エージェンシーにおいて、教授パラダイム(学習目標)の枠を越える個性的な学習の最たる活動は探究的な学習であり、新学習指導要領では、総合的な学習・探究の時間としてその活動を強化している。資質・能力が新学習指導要領の前面に出て重要性が謳われるのも、とどのつまりは、それらが児童生徒のエージェンシーの基礎力として必要不可欠だと見なされているからである。

[注]
3 Tagg, J.(2003). The learning paradigm college. Bolton, Massachusetts: Anker.
4 溝上慎一著『社会に生きる個性─自己と他者・拡張的パーソナリティ・エージェンシー─』(東信堂、2020年)の図表31(p.154)より

「教師エージェンシー」を考える

 児童生徒の育てるべきエージェンシーに対応して、教師エージェンシーには少なくとも3つの点が求められると考えられる。

 第一に、教師自身が図表1の3層から成る主体的な学習の教員版を、教員生活の中で実践することである。児童生徒と同様に、教師生活の中のさまざまな職務に興味・関心を持って主体的に取り組むことがまず基本である(第I層)。中には興味・関心を持てない職務もあって当然であるから、その場合には自身を方向づけたり自己調整したりする第II層の主体性が求められる。そして、自身が(近い)将来どのような教師になりたいかという教師アイデンティティを確立する第III層の主体的取組が求められる。

 第二に、新しい経験に開かれていることである。「ビッグファイブ」(パーソナリティ5因子特性)と呼ばれる、人の性格を5つの因子に集約した論が心理学で研究されているが、その中で、アクティブ・ラーニングや外化、資質・能力に最も大きな影響を及ぼす因子は「経験への開かれ」であり、高校生・大学生・社会人いずれにおいても共通した実証的な結果が示されている5

 「経験への開かれ」とは、“好奇心が強い” “想像力に富んだ” “進歩的” “臨機応変な” などのパーソナリティ記述への評定から算出される因子であり、既知の世界に満足することなく、世の中の新しい課題や、正解が一つとは限らない開かれた問題などに積極的に関心を示し取り組む態度に対応すると考えられている。

 第三に、「ファシリテーション・スキル」を身につけることである。児童生徒が主人公となる主体的な学びを実現するために、教師は生徒に寄り添い、生徒目線で、生徒の思考や理解を促す促進者であらねばならない。

 図表3はファシリテーションの構造を示したものである。教師は学びの「プロセスをデザイン」し、参加型の活動、対話的学び・深い学びを通して外化される児童生徒の「意見を触発させかみ合わせる」。枠を越える個性的な学習成果は求めながらも、最低限、全員が達成すべき学習目標に向けた「場のコントロール」を行う必要がある。

[注]
5 ウェブサイト「高校生の学びと成長をパーソナリティ特性から見る(その4)」>「溝上慎一の教育論(http://smizok.net/education/)」
6 武田正則著『学習ファシリテーション論─アクティブラーニングにおけるファシリテーション導入の方策と課題─』学事出版、2014年

エージェンシーの対象の拡がりとまとめ

 私の理解では、エージェンシーはあくまで個人における対象に対する前のめりの姿を指すものである。しかし、その対象は決して個人だけで取り組む課題に留まらず、広く人々や共同体・社会で共有する課題まで拡げて考えられるべきものである。たとえばOECDの学習者エージェンシーでは、エージェンシーを発揮する課題の中に価値観の異なる人々・異文化を対象としたものを含め、co-agencyという用語が提起されている1。新学習指導要領においても、主体的な学びと対話的な学びは連動して営まれる場合が多く、そのことはエージェンシーの対象の中に他者との対話・協働が含まれていることとして理解される。探究的な学習はグループで取り組まれるものもあり、地域連携として取り組まれるものもある。

 教師エージェンシーについて直接述べられたものではないが、最新の施策文書に、「教師の資質能力の向上等について」(文部科学省総合教育政策局2020年11月17日)がある。そこでは、教師に求められる資質能力が以下のようにまとめられている。この中のとくに「探究力」「自主的に学び続ける力」「教科に関する専門的知識に留まらない生徒指導」「豊かな人間性や社会性」「コミュニケーション力」「同僚とチームで対応する力」「地域や社会の多様な組織等と連携・協働できる力」は、すべてエージェンシーに結びつけて理解することができるだろう。

(i)教職に対する責任感、探究力、教職生活全体を通じて自主的に学び続ける力:使命感や責任感、教育的愛情
(ii)専門職として高度な知識・技能:教科に関する専門的知識に留まらない生徒指導や特別な支援を要する児童生徒への理解等の多岐にわたる専門性
(iii)総合的な人間力:豊かな人間性や社会性、コミュニケーション力、同僚とチームで対応する力、地域や社会の多様な組織等と連携・協働できる力

 

 

Profile
溝上 慎一 みぞかみ・しんいち
 京都大学講師、准教授、教授(高等教育研究開発推進センター・教育学研究科)を経て現職。京都大学博士。日本青年心理学会理事、大学教育学会理事、Journal of Adolescence Editorial Board委員ほか。日本青年心理学会学会賞受賞。主著に『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』(東信堂、2014)、『アクティブラーニング・シリーズ全7巻』(東信堂、2016)の監修など。

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