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職員室の人間関係づくり

有村久春

職員室の人間関係づくり[第5回]組織のタテとヨコ

NEWトピック教育課題

2021.03.22

職員室の人間関係づくり[第5回]
組織のタテとヨコ

東京聖栄大学教授 
有村久春

『新教育ライブラリ Premier』Vol.5 2021年2月

そのマトリクス

 今回は、組織の「タテとヨコ」について考えます。各々の学校は子供たちの学びを扶けるために、それ相応の組織をつくり、必要かつ求める職務を遂行していきます。いわゆる校務分掌の推進です。その中核は子供の学びを保障する教育課程の展開です。

 そこには、各学校が自らの教育目標を達成する意図があります。この営みの様相は、図1のようにシェーマ化することができるでしょう。経営上の校務推進(タテ)と教職員の職務満足(ヨコ)のマトリクスです。学校の教育活動を円滑に実施していくハードとソフトの両面と称してもよいと思います。

 言うに及ばず、例えば体育祭や日々の教科学習などの子供の学びが第Ⅰ象限にあるフィールドで実施できれば、子供たちの確かな学び合いが見られます。先生たちもやりがいを実感し、子供個々の学力の高さや教育活動の安定感を味わいます。それゆえ職員室にも居心地のよい空気が流れています。もちろん先生たちにも多くの笑顔が見られるでしょう。

 Ⅲのフィールドの場合はどうでしょう。「あの子どうしてあんなにやる気がないのか?」「なんか疲れますね」などの会話が職員室にも見られるでしょう。もちろん教育効果も期待できません。子供たちにも先生たちにも暗雲が立ち込めています。

 その度合いが大きくなると、個々の授業をはじめすべての教育活動が精彩を欠くことになります。子供たちの顔にも笑みと活力が消えうせ、トラブルやいじめも起こるでしょう。保護者からの苦情なども噴出するようにもなります。そして、その対応に追われ負のスパイラルに陥ることになります。

 ⅡとⅣのフィールドでは、一見平穏な状況が見られます。とくにⅣではゆるやかな時間と気楽な感覚が見られるでしょう(ある意味で理想的な職員室空間でしょうか?)。また、Ⅱでは教育活動の成果を挙げようとするあまり一部の先生に仕事が偏りがちになります。外部の眼から見ると成果のある充実した教育活動や子供の姿が見えるでしょう。いやいやその背後には、職員間に不公平感や聞き難いうわさ話などが散見されることもあるでしょうか。

 ともかくⅡとⅣの事態は、専門職としての先生にとってあまり住み心地がよくないように思います。本連載の第2回(Vol.2)で紹介した漱石の『草枕』の冒頭にあるように、どこかに引っ越したくなる気分(異動希望)になるのではないでしょうか。

 自分の居場所である学校(職員室)がⅠの状況をキープしていくことは容易なことではありません。適度な緊張感による子供たちの学び合いの事実と実感そして変容が見られないと、「タテとヨコ」のバランスにもゆがみが生じることになります。

 なお、組織のタテ・ヨコの問題について、そこに日本的社会構造の課題が見出せるとした中根千枝の著作が示唆的で参考になります※1。彼女はとくに資格と場、ウチの者とヨソ者、タテとヨコにある感情などに視点を当てて人間関係を論じています。

あるケース

 M先生の悩みに、S主幹が相談に応じています。

M先生:(教職9年目。本校2年目。算数TT担当)
「実は……5学年の3人の先生と意見が合いません。TT担当の私に相談もなしに、G先生(学年主任)が授業計画案を作ります。私はそれを見てやるだけです。なにかのけ者にされている自分が情けないのです。子供たちにも申し訳ないです。私の担当は基礎コースで、K先生(教職2年目)と一緒です。とくにG先生とK先生の両方に気を遣い、疲れます。私の人間関係づくりがへたなせいでしょうか。なによりも5年生の子供たちがその雰囲気を感じているようで、授業に集中してくれません。私の力不足なんでしょうか……? 他の4年と6年の学年は特に心配ないのですが……」

S主幹:「うん……お話の内容のこと、よくわかります。M先生の専門とする算数の指導のことですから……その悩みや不安はとても辛いものです。そのことが子供たちの学習意欲にも直接的・間接的に影響しますね。……のけ者にされているようにも感じる……。私たちの仕事は子供にわかる授業を展開し、自らも納得して生きていく存在ですから……学年の先生とのかかわりがうまくいかないと余計に疲れます……。
 お気持ちを率直に聴かせていただき、うれしく思います。このままでは子供たちのためにもよくないと思うので、副校長にも相談してみたいのですが?」

M先生:「ええ……、いや、それは……」(副校長には相談しにくい状況が今の教員間にある)

S主幹:「なるほど、わかります。私だけの理解ということで……。もしよかったら、また後日、他の学年のことも併せて、話し合いましょう」

M先生:「すみません。S先生に聴いていただいたので、少し気が楽になりました……ありがとうございます。これから、私もK先生とも相談しながら、授業方法を少しずつ考えてみようと思います」

*この1週間後ぐらいに、職員室でM先生とG先生・K先生の3人が算数プリントを手に談笑している姿をS主幹が眼にする。

 このケースを図1に照らすと、どのように理解できるでしょうか。S主幹は立場的にもIの事態を願うところですが、M先生の実情はIIIの事象にあるのでは? と思われます(特に気持ちの面で)。その背景に、「G先生がIIの事象に、K先生がIVの事象にある」との理解がM先生にあるものと考えられます。

 このM先生の葛藤に、S先生のカウンセリング感覚のある応答がうまくフィットしているケースでしょう。S主幹の温かい対応もあって、M先生もTT担当として自信を取り戻しつつあるところです。

 S主幹はM先生との相談内容を直接的にH校長に伝えることはしていないが、「TT指導の指導内容については毎週の学年会で十分に検討し合うこと」を運営委員会の席で進言することにしたのです。これに呼応するように、H校長からも「とても重要なことです。S教務主幹の提案を各主任も具体化してほしい。わかる授業を進めるうえで、基本的なことですね」との助言が見られたのです。

 このケースに若干のコメントをすれば、コロナ事態を差し引いても、今日の学校はとても多忙な状況にあります。教員が互いの議論をもとにした授業展開や生徒指導が叶わないこともあるでしょう。しかし、誰かが相談もなしに授業構想をつくり、それを下請け的に行うだけではやる気になれません。

 M先生もそうでしょう。それなりの経験を積まれた先生ですから、余計にそのことを感じていると思います。そこに日々の職員室の空気感や人間関係の難しさも手伝っていると思われます。5学年の3人の先生に、TTとしてのM先生自身の考えを思い切って言えないモヤモヤ感が伝わってきます。

 とりわけTTの指導では、教科の専門性とともに指導者間の関係性がその成否を決めるところがあります。現状では、3対1という図式があるのでしょうか。人間関係のもち方や具体対応のバランスをどのように子供の学びに生かしていくのかがポイントでしょう。そこに、学年会等の組織の中で自らを見失うことなく生きる知恵があるように思います。

 このケースでは、副校長の存在が職員室の信頼を得ていない面があり、S主幹の動きをタテにもヨコにも不明解なものにしているでしょう。その渦中にM先生の相談も位置しているものと考えます。

H校長のアドバイス

 このあと、H校長はいつもの校内巡視の感想などを語りながら、M先生に個別的なアドバイスをしているところです(以下、その三つの内容)。

 校長の目論見では、M先生のケースを通してM先生はもちろんのこと5学年の学びの態勢がIのフィールドにあることを期待しています。もちろん、S主幹とのかかわりを継続していくことで、M先生自身がいまの悩みあるタテ・ヨコの関係をM先生なりに乗り切っていくものと思いますが……。

(1)オープンな自分をつくる
 人間関係に悩みを感じるとき、自分をうまく開放できなくなることが少なくありません。とりわけM先生が感じているように、同僚などが相談なしに勝手に仕事を進めている場合などが考えられます。

 ここには、自分が知っていることと、相手が知っていることが互いに共有されていない状況があるように思います。アメリカの心理学者ジョセフ・ルフトとハリー・インガムは、「ジョハリの窓」(二人の名から命名)の考えを提唱しています(図2)。

 すなわち、Aの窓(自分も相手もOKの領域)を拡大することです。自分も相手も互いに情報を共有することが多くなります。逆に、BやCの窓が大きくなると、ストレスを感じたり疑惑を抱いたりします。同時に、Dの窓を拡大する結果になります。互いに理解できにくい面が自覚できるようになり、悩みや心配事がより深刻になることがあります。

(2)子供との学びに話題を求める
 Aの窓の拡大に、子供との学習の事実を活用することです。「M先生の作図の教材に、Aくんが熱中していた」「私の問い掛けに、Rさんが笑顔で応えてくれた」などの学び合いを学年の先生たちで話すようにします。落ち込んでいるとき、話し出すことにも抵抗があるかもしれませんが……。少しずつ、自分の教育実践を語るようにすることも大切です。

 そしてまた、「あの面積を求める場面では、この問題例を発展的にグループの学び合いの中で解かせてみては?」などと具体的な提案をするようにします。授業案の作成などにも積極的に参画し、仕事を通じたかかわりを同僚に求めるようにします。

(3)自分を客観的にみる
 「のけ者感」がある場合、同僚側にもその受け止め方に一つのステップ(思考回路)が考えられます。例えば、疑問→心配→援助→攻撃などのパターンです。「TTの指導に積極的でないのかな?」「なんとなく沈んでいる。授業がうまくいかないのか」「教材を作ってあげよう。授業案を一緒に考えてあげよう」「なぜ周りの心配をわからないの。もっとしっかりしたら?」などです。M先生にはやや厳しい見解ですが、相手の攻撃性を高めないような自己コントロールの在り方も求められるでしょう。

 どこかで他との関係を自己修復する機会を見つけるようにします。組織のタテ・ヨコを生きるにあって、M先生にも徐々に身に付けてほしい客観的な自他理解の処世術を助言したいところです。

校長の自己研鑽

 「タテとヨコ」のバランス維持・向上に、全教職員の努力が必要であることは論を俟たないところです。同時に、校長自身の研究力も不可欠です。

 校長職にもあるPBL(Ptoblem Based Learning)の発想を重視します。すなわち、問題の把握⇨問題の追究⇨プレゼン(発信)のステップです。子供の学びに問いを発します。そして、日々の授業等の具体的省察をもとに処方策を発信することです。

 先日ある校長研修会に参加して、「校長の仕事は?」について一提案をしたところです(図3)。

 校長の仕事は〈判断にあり〉とするものです。ここにPBLの営みを活用してはどうでしょう。子供の生き方と成長に学ぶことをベースにして、〈子供をまるごと知る〉ことが校長の役割・職務であると考えます。子供個々にある人間全体をそのまま〈みる〉ことです。そのうえでの〈判断〉です。

 このことの成就には、職員室を構成する専門職たる先生のそれぞれの役割遂行の実態そのものの〈問い〉の追究に具体策があると考えます。

 いま国(中教審)の動きでは、子供の「個別最適な学び」と「協働的な学び」の重要性を指摘しています※2。これまでの古今東西の教育言説からみて、ある意味で至極当然の議論であろうと思います。国として令和の時代に改めて問いたい背景が見え隠れするところです。一つの政策論でしょうか。

 ここでは、子供の学習機会と学力保障などを問いつつ七つの課題を提示しています。①教師が担う業務の拡大による負担増大、②子供たちの多様化(特別支援を要する子、貧困やいじめの事態、不登校の子など)、③子供の学習意欲の低下、④教師の長時間勤務と教師不足の深刻化(教員採用倍率の低下)、⑤デジタル化やICT教育への対応の遅れ、⑥人口減少による学校教育の維持と質の保証、⑦コロナ事態への対策と教育活動の両立です。

 この七つを自校の教育実践に照らすとき、子供の学びの実際をエビデンスに、しかるべき〈問い〉を発してみてはどうでしょう(国の動向を自校の教育に適合させることではない)。そこに、自ずと〈校長の判断〉が具体化してくるのではないでしょか。

[注]
※1 中根千枝著『タテ社会の人間関係』講談社現代新書、1967年、同「タテ社会と現代日本』講談社現代新書、2019年
※2 中央教育審議会特別部会「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して(答申素案)」2020年11月13日

 

Profile
有村久春(ありむら・ひさはる)
東京都公立学校教員、東京都教育委員会勤務を経て、平成10年昭和女子大学教授。その後岐阜大学教授、帝京科学大学教授を経て平成26年より現職。専門は教育学、カウンセリング研究、生徒指導論。日本特別活動学会常任理事。著書に『改訂三版キーワードで学ぶ特別活動生徒指導・教育相談』『カウンセリング感覚のある学級経営ハンドブック』など。

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有村久春

東京聖栄大学教授

東京都公立学校教員、東京都教育委員会勤務を経て、平成10年昭和女子大学教授。その後岐阜大学教授、帝京科学大学教授を経て平成26年より現職。専門は教育学、カウンセリング研究、生徒指導論。日本特別活動学会常任理事。著書に『改訂三版キーワードで学ぶ特別活動生徒指導・教育相談』『カウンセリング感覚のある学級経営ハンドブック』など。

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