ホンキの『カリマネ』実現戦略
ホンキの『カリマネ』実現戦略[第2回]感染症対策と「学びの保障」の両立をどう実現するか
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2020.11.20
ホンキの『カリマネ』実現戦略[第2回]
感染症対策と「学びの保障」の両立をどう実現するか
村川雅弘
甲南女子大学教授
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.2 2020年8月)
文科・教委・学校、三位一体の連携・協力
世界全体を見れば新型コロナウイルス感染拡大の勢いは止まらず予断を許さない状況が続いている。我が国も一時は終息の方向に向かったものの、一部地域において第2波が起き始めている。政府は5月25日に緊急事態宣言を全面解除した。社会は感染拡大を回避しつつ経済活動の回復を模索し始めている。それに呼応するように、学校も感染回避と学習保障の狭間で揺れながらの学校再開を迎えた。
筆者の手元に500ページを超える分厚いファイルがある。新型コロナウイルス感染症対策や臨時休業中の学習保障、学校再開ガイドライン、教育活動の実施等に関するQ&A、衛生管理マニュアル「学校の新しい生活様式」、「学びの保障」総合対策パッケージ等々を綴じたものである。文部科学省から発出されてきた一連の通知である。スピード感をもって、また省内の部局や課を越えて、様々な専門家の力も借りながら、手探り状態で国としての方向性や具体的な情報を提供してきた。これらの通知が都道府県の教育委員会、市町村の教育委員会、学校現場の進むべき方向や取るべき対策・対応を判断する指針となっている。
さらに文部科学省は「新型コロナウイルス感染症対策に伴うカリキュラム・マネジメントアドバイザー」9名を委嘱し、資料1に示す任務を与えている。筆者もその一人である。文部科学省が何か明確な答えをもっているわけではない。刻々と変化する状況の中で最適解を探り、当面の「課題を見出し・設定」し、その解決に必要な「情報を収集」し、「整理・分析」を行った上で「発信」している。まさに総合的な学習(探究)の時間の「探究的なプロセス」を私たち自身が体験している。
資料1
(1)各都道府県教育委員会等からの新型コロナウイルス感染症対策に伴う児童生徒の学習保障に向けた教育課程運営上の相談に対する指導・助言
(2)国が実施する「これからの時代に求められる資質・能力を育むためのカリキュラム・マネジメントの在り方に関する調査研究」の委託を受けた教育委員会における新型コロナウイルス感染症対策の側面からのカリキュラム・マネジメントに関わる事例の収集・整理
(3)全国各地域における優れた取組事例(新型コロナウイルス感染症対策の側面からのカリキュラム・マネジメントに関わる事例)の収集と整理
時空を超えたワークショップ
本稿執筆にあたり、再び個人的に関わりのある小・中学校に対して、学校再開に関わる課題の提供と学校再開に向けた準備と再開後の取組についての情報や資料を依頼した。この場を借りてお礼を申し上げる。前回同様に、本稿は私が知りえた範囲内での課題や対処・対応・対策であることを事前にお断りしておきたい。広くは文部科学省のHP等から情報収集していただきたい。また、校名が記載されている学校に関しても資料提供等の連絡は差し控えていただきたい。
そして、調査協力校の校長、教頭、教務主任層を中心に「新型コロナウイルス対応のカリキュラム・マネジメントのZoom研究会」(略して「Z研」とも呼ぶ)を立ち上げ、月に2回のペースで情報交換や事例紹介、協議を行い、各々の学校の取組を相互に支援し合うとともに、好事例の開発を進めている。
1回目で以下の趣旨説明を行った(資料2)。
「私の研究の基軸は教育工学である。類型化・モデル化を通して、教育という複雑な事象を整理・一般化し、伝達可能性・積み上げ可能性を高めるものである。また、少ない努力で大きな成果を生み出す『効率化』を図るためにワークショップ型研修を開発し全国に広めてきた。本研究会は“時空を超えたワークショップ”である。Zoomを通して遠く離れているメンバーが集い、メールを介してアイディアや事例を共有する。学校や地域に合ったものにアレンジし、その成果や改良されたものが再び共有される。時間と空間を超えてメンバーの知がつながる、新たな意味での『「知恵」の「輪」』である。新型コロナウイルス対応に関わる課題は常に変化しているからこそ、スピード感が大切である。メンバーで日常的に情報やアイディアを共有しながら、スピード感を持って進めたい」
感染症対策 教師と子ども、保護者の共有化
最も重要なことは「新型コロナウイルス感染症」から子どもと教職員を守ることである。この大前提の下で他のことが進められる。感染症対策に関しては、早い時期に首相官邸・厚生労働省が HPでイラスト入りで示している。筆者は「異能者集団のチームワーキング」というフレーズを好んで使うが、コロナ禍における省庁を超えた連携はまさにそれにあたる。感染症の専門家を有する厚生労働省が発信した方針や具体を踏まえて文部科学省が通知を出す。感染症対策一つでも社会と学校で齟齬があってはならcない。「餅は餅屋」に任せ、その上で連携・協力する。文部科学省は生活や授業、行事等の場面ごとに具体的な感染対策を示している。各部局や課が専門性を生かして提示し、部局や課を超えてコロナ対策に取り組んでいる。そして、文部科学省の通知を踏まえて各教育委員会は資料等(市川市「学校再開ガイドライン」や福岡市「学校再開マニュアル」など)を作成し、学校に配付している。このような広範囲に及ぶ難局においては、共通に求められる正しい情報をトップダウン的に下ろし、その上で、各地域や各校の実態に応じた取組が求められる。
文部科学省や各教育委員会の通知を踏まえて、子ども向けのガイドラインに関する掲示物を作成している学校は多い。本誌特集の事例に委ねたい。
特集に掲載されている東京都新宿区立落合第三小学校(清水仁校長)の「健康観察フローチャート」(資料3)は、感染対策を教職員、保護者等で共通理解を図り、徹底する上で有効である。
学校再開後の感染対策としては、同じく本誌に掲載されている愛知県知多市立旭東小学校(新美信也校長)の取組が参考になる。学校再開の日に「旭東小学校新型コロナウイルス対応感染予防スタンダード」と「旭東小学校 新型コロナウイルス対応学習スタンダード」を保護者に示している。一般的に、学校再開に向け、保護者の感染症への不安は大きいと考えられる。生活や学習において学校としてどのような感染症対策を行うかを、再開時に具体的に示すことで不安は軽減される。学校再開後1か月を経て、保護者からの感染症に関する問い合わせやクレームは皆無と報告を受けている。両スタンダードは非常勤講師を含めた研修会(5月20日実施)で作成されている。文部科学省発出の文書をもとに「todoリスト」を作成した上で、分掌主任を中心に作成している。研修に加わった非常勤講師も共通理解の下で安心して教育活動に進めることができ、状況の変化に伴って関連項目の分掌担当により改訂が行われている。詳細は本誌のpp.46-51を参照いただきたい。
感染症対策を子どもと共に考える
東京都八丈町立富士中学校(野田博之校長)は、Z研での旭東小の取組を聞き、いち早く取り入れている。「校内外の環境構成に関して、3密回避のためのソーシャルディスタンス対応を明文化し教職員で共有することで、統一した指導が行え、保護者・地域への説明責任を果たすことができる。学校は考え方や方針を明確に示すことにより周りから協力が得られやすい」と述べている。今後は、運動会の種目も含め、様々な場面で生徒に新しい生活様式を踏まえた行動や取組を考案させていきたいとしている。
10年以上前になるが、A小6年のワークショップ「修学旅行の安全・マナーについて考えよう!」を計画・実施したことがある。学級担任の「5年のときの宿泊体験が散々だった。修学旅行を考えると胃が痛い」という悩みを聞いたからである。子どもたちは「バスの中」「食事(宿)」「入浴」等の場面ごとに担当を分けて、安全対策やルール、マナーを考えた。場面に関わりなく共通なものとして「あいさつ」「グループ行動」「走らない」「人の話を聞く」などが挙がった。共通のものは「旅のしおり」の表紙裏に、場面ごとのものは日程の該当箇所に記載した。
初めてのワークショップは盛り上がり、とても素晴らしい「旅のしおり」が完成したが、子どもたちは自分たちで決めたルールやマナーに縛られて窮屈な旅になっていないかと心配していた。修学旅行先の学級担任からメールがきた。「ふだんやんちゃな子もマナー守って楽しんでいます」と。続いてメールが届いた。「『こんなにみんなが笑顔の写真はなかなかとれない』と同行カメラマンさんが言ってくれました」と。カメラマンの話では「グループの写真を撮ろうとすると、一人くらいつまらなそうな表情の子がいて、シャッターが押せない。この学校の子どもはいつもみんな楽しそうだ」とのことだ。
別なオンライン研究会でB小学校のC教諭から「外国への修学旅行が中止になりそうなので、総合的な学習の時間に5年生の子どもとその解決に取り組んでいる」と伺った。今年度の総合的な学習(探究)の時間の探究課題として新型コロナウイルス関連のことを取り上げるのは大賛成である。その理由は、①豊富な情報が日々流されている、②現時点での自分事として捉えやすい、③医療や経済、観光など多様な課題と関連している、④自己の生き方や進路選択に関わる、である。小中高の発達段階に応じて多様な取組が可能である。実際、複数の高等学校において「コロナと私」といったタイトルの小論文を休業期間中の探究的な学習課題として取り組ませている。
さて、C教諭には、先の修学旅行のワークショップを紹介した上で、「国内移動、飛行機の中、各観光先、ホームステイ先などの担当に分かれて、6年生から昨年度の資料や情報を得た上で、より具体的な安全対策を提案してはどうか」とコメントした。我が国内や修学旅行先の感染者数の推移といったビッグデータだけでなく、地に足を付けたローカルデータも判断材料としたい。
子ども自身に感染症対策を考えさせる場合のポイントは2つある。
1つは、正確な知識や情報である。「感染症対策ごっこ」では「本物の学び」にならない。大人はもちろん専門家も納得するものを目指したい。子どもたちは自分たちの思いを実現するために、必死になって情報を集め、理解し、活用しようとするだろう。結果として、感染症に関して正しく深く学ぶことになる。これは総合的な学習(探究)の時間において共通に言えることである。文部科学省は保健教育指導資料として「新型コロナウイルス感染症の予防~子供たちが正しく理解し、実践できることを目指して~」や関連資料(展開例や学習カード、プレゼン用データ等)をHPに挙げている。有効活用したい。
もう1つは、子どもたちの提案に対して、最終的に専門家のチェックを仰ぐことである。「本物の学び」には「本物の評価」が不可欠である。特に、新型コロナウイルス感染症関連の学習は子どもの命に関わることなので極めて重要である。
子どもたちの提案が受理されるかどうかは分からない。世の中はそんなに甘くない。子どもたちには「一生懸命考えても通らないこともある」と断った上で取り組ませたい。今次改訂で目指している資質・能力は具体的かつ切実な問題解決を通して育まれていくものである。
Profile
甲南女子大学教授
村川雅弘(むらかわ・まさひろ)
鳴門教育大学大学院教授を経て、2017年4月より甲南女子大学教授。中央教育審議会中学校部会及び生活総合部会委員。著書は、『「カリマネ」で学校はここまで変わる!』(ぎょうせい)、『ワークショップ型教員研修はじめの一歩』(教育開発研究所)など。