講座 子どもを伸ばすこれからの学習評価 Part II [最終回] 日本経済の低迷の原因──評価から考える

授業づくりと評価

2022.05.25

講座 子どもを伸ばすこれからの学習評価 Part II
[最終回] 日本経済の低迷の原因──評価から考える

一般社団法人教育評価総合研究所 
代表理事 鈴木秀幸

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.6 2022年3月

日本経済の低迷

 ここまで形成的評価を中心に考えてきたが、『新教育ライブラリPremier II』の連載の最後として、評価に関して今一番憂慮していることを書かせていただきたい。

 “ジャパン・アズ・ナンバーワン”(1979年、エズラ・ヴォーゲル著)などとも呼ばれ、1980年代には経済大国と言われていた我が国の経済は、GDPで中国に抜かれて久しい。加えて、一人当たりのGDPを購買力平価でみると、2018年に韓国に抜かれてしまったという。かつて半導体王国と言われたにもかかわらず、自前の半導体産業は壊滅的な状況(?)で、台湾の半導体企業を誘致せざるを得ないほど、半導体不足にあえいでいる。

 このような日本経済の低迷の原因はいろいろと考えられるが、評価の研究者としての私から見れば、評価のあり方も低迷の一因となったと感じている。

多肢選択式問題の普及

 ちょうど私が高校の教員になった1979年に国公立大学を対象とした共通一次試験が始まった。言うまでもないことであるが、これが1990年からはセンター試験として私立大学も参加するようになり、昨年から大学入学共通テストとなった。名称が変わり、参加大学の変化があったとはいえ、多肢選択式の問題であり、マークシートで解答する方式は変わっていない。この多肢選択式の問題形式が、我が国の人材育成に深刻な影響を与えていると考えるのである。

 この問題は、これまでの連載ですでに説明したように、ウオッシュバック効果(washback effect)から考えることができる。ウオッシュバック効果とは、評価のあり方が学習指導のあり方や、生徒の学習観に影響することを言う。

 多肢選択式の利点は、短時間で多くの学習事項を評価できること、採点も容易であり(マークシートを読み取るだけ)、公平な採点ができる(厳密に言えば、評価者間信頼性が高いと言うべきであるが)こと、などが言われてきた。実施直前になって、大学入学共通テストでの記述式の導入が急遽中止になったのは、公平な採点ができないという批判による。

 多肢選択式の利点は認めるにしても、深刻な副作用も考えるべきである。1979年からすでに40年以上もこの問題形式を用いてきただけでなく、今のところ当分続くと思われるため、我が国の経済の低迷(ここでは経済に限っているが、経済面にとどまらないであろう)はより長期化、深刻化していくと考える。

 私の高校教員としての経験から言えば、私立大学も参加するセンター試験となってからは、その影響力が国公立から私立大学の入試にまで拡大した結果として、高校での学習指導がセンター試験の問題形式に合わせたものとならざるを得なくなった。それというのも、生徒が記述式の問題を嫌がるようになり、せいぜい用語や単語を答えるような問題にしてほしいと言うようになったのである。また授業の中で、各種の問題を(私の専門は政治経済)、多角的に検討する授業をすると、そのようなことはセンター試験では出ないから、もっとセンター試験に役立つような授業にしてほしいと言う生徒まで現れるようになったのである。

 共通一次試験が始まった頃には、記述式の問題を出したり、問題を多角的に論じるレポートや、調査するような課題を課したりして、成績をつける教師もいたが、最近ではそのような教師はいなくなってしまった。今では、定期テストを多肢選択式の問題だけで実施する教師もいる。要するに、多肢選択式の問題形式に対応する授業が、広く行き渡ってしまったのである。まさに、ウオッシュバック効果が実際に生じているのである。

多肢選択式の問題点

 言うまでもないことであるが、多肢選択式では、いくつかの選択肢(通常は4つ)の中から、正解と考えられるものを選べばよい。正解は4つの中のどれかに与えられている。もしこれが記述式であれば、正解自体を自分で考え出す必要がある。正解を選べばよい場合と、正解を自分で考え出すことを求められる場合とでは、思考の深さや広がりが全く異なるのである。例えて言えば、多肢選択式はスーパーで並べられている商品から、消費者として選ぶことに相当する。しかし、選ぶことができる前提として、そこにある商品を誰かが作ることを必要とする。どの国でも斬新なものを開発することに苦心しているのに、日本では作る能力を育てていないこととなる。

 また、多肢選択式では、唯一の正解を選び出す問題に対応した学習となり、現実に起こる、どれが正解であるとはっきり決められない状況に対処する能力や技能を育成できないのである。今起こっている現実の問題は、新型コロナの対策をはじめとして、ほとんどどれが正解と決められない問題ばかりではなかろうか。その中で、ベターな選択を考えなければならないのである。そのためにはいろいろな要素や、その重要度を斟酌する複合的な思考を必要とする。近年の教育評価の常識では、多肢選択式を用いるだけでは、幅広い思考や、熟慮を評価することはできず、記述式や、パフォーマンス評価、ポートフォリオ評価などの新しい評価を用いる必要があるとしている。

 私ごとであるが、1994年にケンブリッジ大学附属の試験実施機関で、記述式や、パフォーマンス評価を入試等に導入する技術について研修を受けたことがある。その研修に中国の試験実施機関の担当者も来ていた。彼らは、イギリスの評価技術を学んで、中国の入試改革を行うつもりであると述べていた。もし中国がイギリスの開発した技術を用いた入試改革を行えば、30年後には我が国と中国の技術革新を行う能力は逆転するであろうと考えた。中国の普通高等学校招生全国統一考試(略称、高考)は、我が国の大学入学共通テストに相当するが、ほとんどが記述式問題であり、採点は高校の教員が行う。記述式の公平な採点ができないという理由で、その導入を中止した我が国とは大違いである。

 

 

Profile
鈴木 秀幸 すずき・ひでゆき
 一般社団法人教育評価総合研究所代表理事。2000年教育課程審議会「指導要録検討のためのワーキンググループ」専門調査員、2009年中教審教育課程部会「児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ」専門委員、2018年中教審教育課程部会「児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ」専門委員等を歴任。主な著作に『スタンダード準拠評価』(図書文化社)、『新指導要録と「資質・能力」を育む評価』(共著、ぎょうせい)『新しい評価を求めて』(翻訳、論創社)など。

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