新学習指導要領で小学校理科に期待すること|『福岡発! 資質・能力が育つ理科学習指導の展開と評価~若さあふれる理科教師のチャレンジ授業~』より

授業づくりと評価

2020.07.15

『福岡発! 資質・能力が育つ理科学習指導の展開と評価~若さあふれる理科教師のチャレンジ授業~』は2020年5月、小社より刊行されました。ここでは、本書冒頭の「これからの理科教育への提言」から文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官 鳴川哲也による「新学習指導要領で小学校理科に期待すること」をご紹介します。(編集部)

 

新学習指導要領で小学校理科に期待すること
文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官 鳴川哲也

 今の子供たちが,成人して社会で活躍するころは,いったいどのような社会になっているのでしょうか。人工知能(AI)の飛躍的な進化などに伴い,社会の姿も大きく変化するのではないかと予測されています。このことは,同時に,人工知能に思考の目的を与えたり,目的のよさ,正しさなどを判断したりできるのは人間であるという,人間の大きな強みの再認識にもつながっています。

 子供たち一人一人が,予測できない変化に受け身で対処するのではなく,主体的に向き合って関わり,その過程を通して,自らの可能性を発揮し,よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにするために,学校は,子供たちに何を用意しなければならないのでしょうか。

 学校教育には,子供たちが様々な変化に積極的に向き合い,他者と協働して課題を解決していくことや,様々な情報を見極め知識の概念的な理解を実現し,情報を再構成するなどして,新たな価値につなげていくことができるようにすることが求められているのではないでしょうか。

 このような視野に立ちつつ,小学校理科の在り方を考えたとき,「生きる力」を具体化し,三つの柱で整理された資質・能力の意味を,改めて問い直したいと思うのです。

1 知識及び技能が習得されるようにすること

 知識や技能なしに,思考,判断,表現等を深めることや,自然や社会などとの関わり方を見いだしていくことは難しいことです。また,自然や社会などと関わり,興味・関心を高めたり,思考,判断,表現等を伴う活動を行ったりすることなしに,新たな知識や技能を習得していくことも難しいことです。「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力等」「学びに向かう力,人間性等」は,相互に関連し合いながら育成されていくものです。このことを意識しながら「知識及び技能」が習得されるようにすることが重要だと考えます。

 小学校理科では,子供自らが自然の事物・現象に働きかけ,見いだした問題を解決していくことにより,自然の事物・現象の性質や規則性などについての理解を深めていきます。

 問題解決の活動を通して,知識が更新されることによって,自然の事物・現象について,より深く理解することができるということになります。

 ここで,私は「新たな価値」という言葉に着目したいのです。この言葉は,「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 総則編」(平成29年7月 文部科学省)(以下,解説総則編)の「第1章 総説 1 改訂の経緯及び基本方針 ⑴改訂の経緯」の第1段落目に登場します。「一人一人が持続可能な社会の担い手として,その多様性を原動力とし,質的な豊かさを伴った個人と社会の成長につながる新たな価値を生み出していくことが期待される」と示されています。

 この「新たな価値」という言葉は,「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(平成28年12月21日 中央教育審議会)(以下,中教審答申)にもたくさん登場します。

 中教審答申では,「新たな価値」を「ここで言う新たな価値とは,グローバルな規模でのイノベーションのような大規模なものに限られるものではなく,地域課題や身近な生活上の課題を自分なりに解決し,自他の人生や生活を豊かなものとしていくという様々な工夫なども含むものである」と説明しています。

 理科に話を戻します。理科では,前述したように,問題解決の活動を通して,新たな知識を得ることになりますが,このようにして得た知識が,子供たちにとっての「新たな価値」といえるのでしょうか。

 自然の事物・現象について理解を深めることはできたとしても,それが「新たな価値」といえるようになるためには,その知識を得ることで,自他の人生や生活が豊かなものになるということが重要だと思うのです。

 そのためには,獲得した知識を,自然の事物・現象や日常生活に当てはめて,その知識を得たことが,自他の人生や生活にとってどのような意味をもつのかについて考えることが大切になると考えます。学んで得た知識を基に,もう一度自然の事物・現象や日常生活を見直す活動が重要になると思うのです。

2 思考力,判断力,表現力等を育成すること

 「思考力,判断力,表現力等」といわれても,どのような力なのかが分かりにくいかもしれません。学校教育法第30条第2項において,「思考力,判断力,表現力等」とは,「知識及び技能」を活用して課題を解決するために必要な力と規定されています。

 今回の改訂において,小学校理科は「思考力,判断力,表現力等」として,「問題解決の力を養うこと」としました。上記の「知識及び技能」を活用して課題を解決するために必要な力をより具体的に示したことになります。

 この「問題解決の力」ですが,今回の改訂で示された「学習の基盤となる資質・能力」と深く関連しています。「学習の基盤となる資質・能力」として,「ア 言語能力」「イ 情報活用能力」「ウ 問題発見・解決能力」が示されたからです。小学校理科で育成を目指す「問題解決の力」の重要性がますます高まったといえるでしょう。

 小学校理科では,これまでも問題解決の活動を重視してきました。しかし,「問題解決の形骸化」といわれることもありました。問題解決は子供が行うのに,授業者である教師が問題解決のプロセスだけをなぞって,子供主体の問題解決になっていないという反省からくるものです。

 しかし,これからの授業では,問題解決は形骸化しないと信じています。なぜなら,問題解決の活動を通して,「問題解決の力」を育成されるような授業になるはずだからです。子供が,解決したい問題を見いだし,予想や仮説を基に,観察,実験などを行い,その結果を基に考察し,より妥当な考えをつくりだす過程で,子供一人一人に「問題解決の力」が育成されていきます。そして,そのような力こそが,自らの可能性を発揮し,よりよい社会と幸福な人生の創り手となるために必要な力の一つだと思うのです。

3 学びに向かう力,人間性等を涵養すること

 解説総則編には,「学びに向かう力,人間性等」は,「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力等」をどのような方向性で働かせていくかを決定付ける重要な要素であると示されています。この「学びに向かう力,人間性等」も,子供主体の問題解決が実現されることによって,涵養されていくものと考えます。

 子供たちを取り巻く自然環境も変化し,直接体験する対象や機会も変化しています。だからこそ,理科の授業で,子供が自然の事物・現象に直接関わることを重視したいのです。自分が働きかけたことで生まれた問題を解決していく中で,友達と一緒になって問題を解決することの喜び,多様な考えに触れることのよさ,自然の素晴らしさなどを感じてほしいのです。

 3年生の昆虫に関する学習で,モンシロチョウを卵から成虫まで飼育することがあるかもしれません。教師は,その活動を通して,卵→幼虫→蛹→成虫と変態するといった育ち方の順序を理解できるようにしたいと思っています。しかし,その子供の人生において,モンシロチョウを卵から飼育して成虫まで育てるといった経験は,そのときだけになるかもしれません。

 教師は,その子供にとっての,その活動の意味をもっと考える必要があると思います。もし,幼虫が脱皮する瞬間に立ち会うことができたら,もし,モンシロチョウが羽化する瞬間に立ち会うことができたら,生命が躍動することの素晴らしさを実感することができるのではないでしょうか。

 子供たち一人一人の人生における,理科の学習の中での直接体験の重要性を改めて考えることが重要だと思うのです。

 未来を拓く子供たちのために,理科教育の在り方について考えていく機会を大切にしていきましょう。

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