特集 教師エージェンシーを育成するスクールリーダーの役割
学校マネジメント
2021.12.14
目次
特集 まず“教師エージェンシー” より始めよう 〜 「教える」 から 「学びを起こす」 へ〜
教師エージェンシーを育成するスクールリーダーの役割
福井大学大学院教授
木村 優
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.3 2021年8月)
概念的意味と構成要素からひも解き結ぶエージェンシーの実像
教師エージェンシーの育成を論じる上で、エージェンシーそのものの概念的意味と構成要素をひも解き、エージェンシーの実像を改めて結んでおく必要がある。
OECD(2018)では、エージェンシーは「その受け止めや解釈が世界中で異なっている」(p.32)と解釈の広がりを前置きした上で、「自分の人生および周りの世界に対して良い方向に影響を与える能力や意志を持つこと」(p.32)とされている。また、「生徒エージェンシー」というときには、「働きかけられるというよりも自らが働きかけること」「型に嵌め込まれるというよりも自ら型を作ること」「他人の判断や選択に左右されるというよりも責任をもった判断や選択を行うこと」とその概念的意味が説明されている。
これらエージェンシーに関するOECDの提唱は、これまでエージェンシーを扱った学術研究の知見に立脚している。例えば、「学習者のエージェンシー」の概念化に取り組んだSchoon(2017)は、エージェンシーを社会・世界のウェルビーイングを多用多層に実現していく上で個々の主体に必須の能力と定義している。より具体的に、Schoon & Lyons-Amos(2017)は、イギリスで13歳・14歳の若者1万5770人を対象にその学業成績を追跡した2004年の調査を利用し、その6年後に19歳・20歳となった若者9558人を抽出して、若者たちのエージェンシーの認識および発達過程を質問紙調査によって捉え分析した。結果、若者たちは様々な進路を通って進学や就職へと人生のコマを進め、その道行きで多様な人々や環境との出会いを通して状況に適応し、目標を見定め、自己効力感を高め、学校生活にも主体的に参画していたことが明らかとなった。すなわち、学習者のエージェンシーは人との出会いとそこでの相互作用を意味する社会的なエコシステムを通して育まれると示唆されている。同様に、エージェンシーの発達について心理学的な理論検討を行ったBandura(2006)も、エージェンシーを変化の激しい時代に主体が社会的なエコシステムとの相互作用を通して育む自己成長、適応性、自己刷新を伴う力と定義するに至っている。
これら学術研究の知見から、エージェンシーは、(1)いくつかのコンピテンシーの発達を伴う複合コンピテンシーであり、(2)そこで主体が個人・社会・世界のウェルビーイングの実現を見据えて行動し、(3)社会的なエコシステムとの相互作用を通して発揮され育まれていく、と考えられる。特に上記(1)について、OECD(2018)は先のSchoon(2017)、Schoon & Lyons-Amos(2017)、Bandura(2006)をはじめとしたエージェンシー先行研究の検証にもとづいて、エージェンシーの主要な構成要素を整理した。この整理によると、エージェンシーは、人間の態度および価値観としての成長マインドセット、アイデンティティ、目的意識、動機づけ、そして社会情動的スキルとしての希望、自己効力感、所属感を主要な構成要素にすると表現されている(OECD 2018、p.35)。
以上の議論から、エージェンシーの実像が結ばれていく。すなわち、エージェンシーとは、主体が個人から家庭や仲間、グループやコミュニティ、地域、社会、世界へと同心円に広がる社会的なエコシステムの中で、自らに結びつく社会的状況に参画関与し、それぞれの状況をより良く改善する(すなわち、ウェルビーイングを実現する)という目的を見据えて、成長マインドセットをもって自己を自ら刷新し続け、多様な人々や環境をより良い方向へと進め、力づけ、励ますことへの責任を負って行動する力、と捉えられよう。
エージェンシーをめぐる教職の社会的位置
学校もまた、社会的なエコシステムの中で子供たち・若者たち、そして地域・社会に学びの機会を提供する核となる機関である。そして教師は、子供たち・若者たちのウェルビーイングの実現に向けて、専門職としての責任をもって日々、実践にあたっている。およそ10年前に日本で提唱された「学び続ける教員像」(文部科学省2012)によく見られるように、教師は常に成長マインドセットをもって日々の実践を改善し、学び続け、キャリアを通して教職アイデンティティを確立し刷新し続けるものである。そして、教師は民主主義社会の確立という社会的使命の実現に明確な目的を持って進み、動機づけられ、自らと子供たち・若者たちへの希望を教育に投資しながら、自己の能力を不段に高めて教師としての効力を保持し続ける。それから、教師は社会的な学びのエコシステムの重要な一部として人々をつなげ、ネットワークを編み込み、人類の叡智を過去から現在、そして未来へと結びつけている。教職こそが社会・世界のウェルビーイングの実現にとって核となるエージェントであり、社会的な学びのエコシステムの中心に位置づき、その社会的な学びのエコシステムの中で教師エージェンシーが発揮され育っていくのである。
エージェンシーをめぐる教職の課題
しかし、教職の職業的性質が、教師エージェンシーの発揮と育成を阻む恐れがある。教師文化研究者のLortie(1975)は、教育の改善を阻む3つの性質が教職に内在することを明らかにした。第一は個人主義である。教師の仕事は常に一人で遂行することが多く、これは授業という核となる実践で顕著である。教師は教室で孤立しやすい。そこに専門職としての教師の自律的権限が付与されるがあまり、教師は自由放任の個人主義に陥りやすい。第二は現在主義である。教師にとって最も重要なことは目の前の子供たち・若者たちの成長である。そのため、短期間ですぐに結果の出る実践や研究に目を奪われがちとなり、仕事全般に変革を起こす原理や現況から距離を置いてしまう。第三は保守主義である。個人主義と現在主義が強まることで、教師は次第に変化を嫌い、前例踏襲を良しとする傾向が強まりやすい。自分の王国に干渉するものは疎み、現在の優先事項をかき乱すものは忌避するわけである。