“普通にいい授業”を創る [第3回] いい授業の二つの要件

トピック教育課題

2022.12.22

“普通にいい授業”を創る
[第3回] いい授業の二つの要件

上智大学教授 
奈須正裕

『教育実践ライブラリ』Vol.3 2022年9

授業の基本構造

 本連載のタイトルは「“普通にいい授業”を創る」ですが、いい授業とはどのようなものでしょう。この問いに答えるべく、あらためて授業の基本構造を確認しておきましょう。

 授業とは、子どもが何らかの活動をすることです。資料を読み込む、予測を実験で確かめる、お互いの考えを聞き合う、旋律に身体をゆだねるなど、子どもたちは授業で多様な活動に取り組みます。教師から見れば、どのような活動を組織するか、これが授業づくりにおける大問題なのですが、では、どのような活動がいい授業を生み出すのでしょうか。

 同じ活動をするなら、子どもが是非ともやりたいと願って取り組む方がいいでしょう。やりたくもないのに嫌々やる活動ほど、不幸なものはありません。その意味で、いい授業の第一の要件は、子どもにとって意味のある活動であるということに尽きます。

 とはいえ、子どもが願う活動を行いさえすればよいというわけではありません。ただ楽しい活動をしているだけで、みるべき育ちがないようでは、授業とは言えないのです。

 授業とは、子どもの現状を起点とし、何らかの意味でさらによりよく育つことに資する教育的価値の実現を目指す営みです。この教育的価値を、授業づくりでは内容と呼び慣わしてきました。学習指導要領の各章に示された内容はその典型であり、最優先で実現が目指されるべきものです。このように、いい授業の第二の要件は、教師からみても価値のある内容が子どもの内に実現される、ということです。

あれかこれかの思考こそ落とし穴

 ここで「二つのうち、いずれがより重要か」あるいは「いずれを優先させるべきか」を知りたいと考える人は少なくないでしょう。しかし、この問いは危険です。したがって、もし誰かに問われたとしても、答えようとしてはいけません。なぜなら、この問いに答えようと思案すればするほど、あなたの思考は二つの要件をあれかこれかという発想で天秤にかけ、いずれかの充実が自動的にもう片方の断念を余儀なくする、それも反比例の関係でそうなるとの観念に支配されてしまうからです。

 たとえば、かつて「学力低下」を心配する人の多くが「内容の定着こそ重要である。そのためには、子どものやりたいことなんかさせている場合ではない」と断じました。授業である以上、内容の定着が重要なのは論を待ちません。しかし、なぜ「そのためには」子どもにやりたいことを断念させなければならないのでしょうか。

 あるいは、生活科の授業などで「子どもがあんなに目を輝かせて活動しているのだから、もうそれだけで十分。その先でどんな内容が身に付くかなんてことは、あの目の輝きに比べれば些細なことでしょう」といった声を聞くことがあります。自分にとって意味のある活動をしている時、子どもは目を輝かせますし、それ自体は尊いのですが、それをもって内容の定着を些細なことにおとしめる論拠など、どこにも見当たりません。

 これらはすべて、授業づくりの二つの要件を、あれかこれかで考える思考に起因しています。そして、この問いの立て方こそが間違っているのです。

 授業とは活動と内容の二つの要素からなり、活動は子ども側の都合、内容は教師の都合と関わりがあります。したがって、両者の間に折り合いをつけるのは簡単ではありません。しかし、少なくとも理念的には独立な事象ですし、十分に両立します。

 それどころか、授業づくりとは活動と内容の折り合いをつける、それもできる限り高度な水準でつけることを課題とした営みでしかないとも言えるのです。たしかに困難でしょう。しかし、困難であるからこそ、さまざまな角度から研究するのですし、教師人生をかけて取り組む価値があるのではないでしょうか。

 実際「あの授業は本当にすごかった」と、あなたが感銘を受けた授業を思い出してください。それは必ずや、わくわくするほどに子どもにとって意味のある活動を含んでいたでしょうし、それを通して教科の本質に迫るような勢いで、教師から見ても価値のある内容を、しかもおどろくほど高度な水準で実現していたのではありませんか。

 いい授業とは、子どもにとって意味のある活動を通して、教師から見ても価値のある内容を実現する授業です。そして、活動が子どもにとってより楽しく、切実であればあるほど、また実現される内容の深み、広がり、強さ、高さが増せば増すほど、いい授業だと考えたいのです。何とも単純な話ですが、こんな単純なことすら自覚できていない、教師間で共有できていないから、結構な骨折りにもかかわらず、いっこうに上手にならないのです。

 むしろ、この単純な原理さえしっかりと頭に置き、日常的に授業づくりの営みを吟味していけば、授業はみるみるよくなり、校内研究は着実に深化します。指導案検討であろうが、授業分析であろうが、授業中の軌道修正であろうが「今この子にこの活動を行う必然性はあるか」という問いと「ここで実現が見込まれる内容は今のこの子にふさわしいものか」という問い、この二つだけを発し続け、それへの応答に即して歩みを進めていきさえすれば、自ずといい授業への道は開けてくるでしょう。

 

 

Profile
奈須正裕 なす・まさひろ
 1961年徳島県生まれ。徳島大学教育学部卒、東京学芸大学大学院、東京大学大学院修了。神奈川大学助教授、国立教育研究所室長、立教大学教授などを経て現職。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会会長。主著書に『子どもと創る授業』『教科の本質から迫るコンピテンシー・ベイスの授業づくり』など。編著に『新しい学びの潮流』など。

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