授業力を鍛える新十二条

齊藤一弥

授業力を鍛える新十二条[最終回]丁寧な省察で授業力を磨く 第十二条:〈単元づくりを支える勘どころ〉―「授業の省察」

トピック教育課題

2020.01.27

授業力を鍛える新十二条

[最終回]丁寧な省察で授業力を磨く
第十二条:〈単元づくりを支える勘どころ〉「授業の省察」

島根県大学人間文化学部教授
高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官 齊藤一弥

『リーダーズ・ライブラリ』Vol.12 2019年4月

授業力を鍛えるためには授業を丁寧に省察し、その結果を改善にいかすことが不可欠であり、それを学校で継続的に仕組んでいくことが求められている。授業省察を繰り返すという営みによって、授業力に関する意識を徐々に変容させ、それが自らの授業を省察する力を高め、いい授業づくりを生み出していくという好循環が教師の授業力を鍛えることにつながる。

授業研究の現状と課題

 藤岡完治が、教師には自己の枠を突き破り、他者との現実の関係を取り結ぶこと、つまり自分にとっての問題を明確にし、その問題と対決することで新しい事実を創り出す中でその成長を期待したように、授業力を鍛えるためには自己の授業力分析とその改善が不可欠であり、それを学校研究の場で継続的に仕組んでいくことが求められている。形式的な授業公開とその事後研といった取組では授業力の向上は期待できないことは明らかで、教師自らが授業力とより厳しく向き合い、それを継続して、さらに組織的に取り組むカリキュラム・マネジメントの推進が大切である。

 しかしその一方で、教師は日々の実践を通して自らの授業力に正面から向き合うことが少ない。それは授業力のとらえが多様で曖昧なことも影響していると言えるであろう。授業力という一般的に耳にする言葉である反面、その守備範囲は広く、使われ方も様々である。また、それを行使する教師においても共通理解しているとは言えない。このことが客観的な視点や信頼性のある指標に基づいて実践を省察し、授業力を見つめて改善に向けた新たな実践をしていくという営みを難しくしている。さらに、教師は教育的営みを個人経営的かつ経験的に積み上げ、その成果を感覚的に見つめるのに慣れている。学校や学年、教科といったチームで営んだりその営みを分析的に見つめ続けたり、成果を継続して活かしたりすることが苦手である。ワークショップで全員参加型の授業研究が盛んになっている背景には、個人経営で個人任せといったこれまでの学校研究の風土を改善して、チーム力を向上させていくというねらいも含まれているが、教師が授業力に関心をもち、それを自覚的に高めていくという営みを確かなものにしていく必要がある。

授業を省察することの価値

 授業研究の質的向上を目指した授業リフレクション(省察)が実践されるようになって久しい。この背景には、教師教育の大切な視点として、省察、反省、振り返りという思考のことを指す「リフレクション」が注目されていることがある。ドナルド・ショーンが指摘するように、教師のような専門家と呼ばれる人は、自らの実践について立ち止まって振り返ること(行為についてのリフレクション)だけではなく、現在進行形の実践の中で直面する問題に対しても即興的に解決すること(行為に埋め込まれたリフレクション)をしている。現在も多くの授業研究では、授業を事後的に分析することが多いが、これは「行為についてのリフレクション」に該当する。しかし、実際の授業で教師は、授業の流れの中で生じる問題に瞬時に対応しているのであって、「行為に埋め込まれたリフレクション」を繰り返すことにより授業を進めている。

 このような考え方は、授業研究の在り方にも大きな影響を与え、教師が授業づくりに関する一般的な理論や知識を身に付けることばかりに関心を置くのではなく、個々の教師が自らの実践を振り返ることを大切にしていくべきと考えられるようになってきた。授業における様々な出来事の中で次々と繰り広げられていた「行為に埋め込まれたリフレクション」に焦点をあてることで、授業省察に丁寧に取り組む授業研究へシフトチェンジすることが期待されている。

学びの丁寧な省察で授業力を磨く

 高知市立潮江東小学校は長年にわたり国語の実践研究に継続的に取り組んできたが、資質・能力ベイスの授業づくりへの転換を契機に、授業づくりの質的向上を目指すために授業省察の在り方を問い直している。

 国語専科の小松康文先生は「生き物はつながりの中に」(光村図書6年掲載 中村桂子著)という7段落構成の教材文を用いて「つながりを考えて読もう(説明的な文章を読む)」の授業研究に取り組んだ。本時では、第7段落目の役割を確認した後で、作者の「説明の仕方で『いいな』と思ったことは?(図1の板書中央部)」という問いを提示した。それまで段落の構成や内容の把握を進めてきた子どもにとっては唐突な問い掛けであり、その瞬間に子どもの思考は止まってしまった。

 しかし、授業者は、文章全体を振り返って説明のよさを探し出すように指示を出し、子どももそれに従って友達間で相談を始めた。

 事後研究会では、この場面での教師と子どもとのやり取りが話題になり、そこでの事実を掘り下げて分析の焦点化を図った。まず、授業者がプロンプタと対話をしながら進める対話リフレクションによって、

 「子どもの思考が止まってしまった時点でその原因を把握していたか」

 「子どもの思考が止まっていたにもかかわらずペアでの交流を推し進めたのはなぜか」など、分析の論点を明確にし、そこに潜む意図や意志から授業を振り返った。つまり、授業を進めている教師は、予定されていた授業展開と目の前の子どもの状況とを比べながら、どのような意思決定を行い、それをいかに授業展開に反映させていこうとしていたのかを確認したわけである。

 さらに、この論点を踏まえながら授業者と複数の共同研究者による集団リフレクションによって、次のような分析が進められた。

 「単元のまとまりとしての言語活動のゴールを子どもが常に意識した読みができていなかった(単元づくりの「勘どころ」)」

 「子ども自身に読みの目的が弱く、授業の中で自分事としての問いを位置付けることができなかった(教材分析の「知恵」)」

 「読みを深めていく探究のプロセスを示すことができていなかった(授業コントロールの「技」)」

など、授業づくりの3つの視点から問題の所在とそれを解決するための営みを見通すことができた(図2参照)。

 潮江東小学校では、このような授業省察を組み合わせながら行うことにより、授業者および参観者は「行為についてのリフレクション」はもちろんのこと「行為に埋め込まれたリフレクション」にも関心をもつようになってきた。より詳細な授業分析によって、授業中における実施計画とのズレやそれに伴う教師の意思決定や軌道修正に必要となる手立てなど授業コントロールやリカバリーなどへ意識が向くようになり、授業を省察することの価値に気づくようになった。そして、ここでの関心は、教材研究や授業展開の質的分析を伴いながら授業全体を改善し、新たな授業を提案していこうとする態度につながってきている。

 ここに一人一人の教師の自己の授業力を磨くことへの動機が用意されることになり、このような授業研究の繰り返しによって授業力が鍛えられていく。

質の高い省察を追究する

 一方、授業省察にも課題がある。

 まず、事後研の論点を明確に設定することが難しいことが挙げられる。授業リフレクションでは、授業者または参観者の関心事がそのまま論点になることが多く、それが必ずしも適切な論点になる保障はない。そもそも授業研究とは研究テーマに対する「提案授業」であるにもかかわらず、実際の授業研究では論点が整理されずに議論がスタートして、各自の感想の言い合いで終わってしまうのでは事後研究の価値は高まらない。適切な論点による討議が求められるわけである。論点の設定の主体である授業者と参観者とが授業参観や授業分析の視点を事前に共有したり、事後研究の場で適切な論点整理を行う作業を位置付けたりすることが必要である。

 また、これまでの授業省察が一単位時間の振り返りで閉じてしまい、次時以降の授業にその成果を継続的に反映させる仕組みになっていないことも課題である。授業省察とは授業実践を次の授業改善につなげるための仕掛けであり、それを機能させるためには授業者や参観者が振り返り的省察で終えるのではなく、見通し的省察に関心をもつように事後研究の在り方を見つめ直すことが必要になる。授業省察の質的転換とその継続的な取組が求められている。

 教師の授業力を鍛える場として、授業省察は極めて有効であるにもかかわらず、教師が授業研究で授業省察に関心をもたないのは残念である。授業を参観しても「いいところを真似る」「使えそうなところを参考にする」といった消極的な活用方法に留まることなく、授業を自分事としてとらえ、自分の授業に置き換えて日々の授業改善を進めるために積極的に活用していくようにしたい。授業研究において授業省察を繰り返すという営みによって、授業力に関する意識を徐々に変容させ、それが自らの授業を省察する力を高め、いい授業づくりを生み出していくという好循環によって授業力を鍛えていくことが期待されている。

[参考文献]
・藤岡完治著『関わることへの意思―教育の根源』国土社、2000年
・安彦忠彦編『新版カリキュラム研究入門』勁草書房、1999年

 

 

Profile
高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官
齊藤一弥
さいとう・かずや
島根県立大学人間文化学部教授。東京都出身。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。横浜市教育委員会授業改善支援課首席指導主事、指導部指導主事室長として「横浜版学習指導要領」策定、横浜型小中一貫教育の企画・推進などに取組む。平成24年度より横浜市立小学校長を経て、平成29年度より高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官。30年10月より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員、小学校におけるカリキュラムマネジメントの在り方に関する検討会議協力者。主な著書に『「数学的に考える力」を育てる授業づくり』(東洋館出版社)、『算数 言語活動 実践アイディア集』(小学館)、『シリーズ学びの潮流4 しっかり教える授業・本気で任せる授業』(ぎょうせい)、『小学校教育課程実践講座・算数』(ぎょうせい)などがある。

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島根県立大学人間文化学部教授

横浜国立大学大学院修了。横浜市教育委員会首席指導主事、指導部指導主事室長、横浜市立小学校長を経て、29年度より高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官、30年10月より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員。近著に『新教育課程を活かす能力ベイスの授業づくり』。

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