“普通にいい授業”を創る [第2回] 教科書と上手に付き合う

トピック教育課題

2022.09.12

“普通にいい授業”を創る
[第2回] 教科書と上手に付き合う

上智大学教授 
奈須正裕

『教育実践ライブラリ』Vol.2 2022年7

教科書とは何か

 わが国では学習指導要領によって各教科の目標や内容が規定されていますが、「指導計画の作成と内容の取扱い」等を遵守し、配当されたすべての内容を適切に実現できれば、どの内容をいつ何時間かけて、どのような教材や活動を用い、どのような方法や形態で指導するかの一切は学校の自由裁量です。さらに、各学校において特に必要がある場合には、学習指導要領に示されていない内容を加えて指導することもできます。

 現場にこれほどの裁量権があることを意外に思うかもしれませんが、多くは学習指導要領と教科書(正式名称は教科用図書)を混同しているのです。現場に課せられているのは教科書を教えることではなく、学習指導要領の実現です。教科書は学習指導要領に示された各教科の内容を指導するための「主たる教材」であって、教科内容そのものではありません。

 教科書は学習指導要領に準拠している旨の検定を経ており安全に思えますが、地域や学校、目の前の子どもの事実に照らして常に最善の教材である保証はなく、各学校でのさらなる吟味や検討が望まれます。

教科書比較

 いい授業を開発・実践する上で、教科書とどう付き合っていくかは、若手はもちろんのこと、ベテランにとっても非常に大切なことです。教科書については、無味乾燥と断じて軽視する人もいれば、金科玉条のごとく盲従する人もいますが、いずれも望ましくありません。では、私たちは教科書とどのように付き合っていくべきなのでしょうか。

 教科書を上意下達的に「こなす」、あるいは教科書に「使われる」のではなく、授業づくりの主体として「使いこなす」には、教科書の素性の理解が不可欠です。よく、教科書をアレンジして使うと言いますが、元々の特質を知らずに施したアレンジなど奏功するはずがありません。これは、料理のレシピで「しょうゆ」となっているところを、思いつきで「マヨネーズ」に変えるようなものです。もちろんゲテモノになり、とても食べられたものではないでしょう。別にレシピ通りでなくても構わないのですが、なぜ「しょうゆ」なのかを理解しないことには、アレンジなど不可能なのです。

 手元にある教科書の素性を明らかにする方法として古くから行われてきたものに、教科書比較があります。複数の教科書を集め、一つの単元なり題材について相互に丁寧な比較、検討を進めるという作業です。同じ内容を指導するために盛られた教材を複数の教科書間で見比べてみると、ずいぶんと多くの発見があります。

 たとえば、5年生算数科の面積学習では、多くの教科書が平行四辺形から入って、続いて三角形、さらに多角形へと進む展開になっています。一方、三角形から入って、その後で平行四辺形へと進む、つまり逆の流れの教科書もあります。

 平行四辺形も含めすべての多角形の面積は、基本図形である三角形に分割すれば必ず求められます。その意味では、三角形の求積を先行するのが自然でしょう。ところが、三角形の求積では高さの概念を獲得しなければなりません。それ以前の面積学習が扱ってきた正方形や長方形では、高さは一辺やタテといった辺に対応しましたが、三角形では辺ではないところに高さを見出す必要があるのです。さらには、鈍角三角形の場合、高さは図形の外に出てしまいます。高さの概念獲得は難しく、つまずきの原因ともなってきました。

 その点、平行四辺形から入れば、高さは必ず図形の内側に見出せますし、その求積は等積変形や倍積変形といった手続きを介し、正方形や長方形の学習経験を足場に進められるので、高さ概念の獲得を、既習事項である辺を足場に進めることができます。

 つまり、数理そのものの構造を優先すれば三角形先行の単元展開となり、子どもの学びやすさを優先すれば平行四辺形先行になるのです。それぞれの教科書執筆者は熟慮の後にいずれかを選び取っているのであり、そこには明確な論理と主張が潜んでいます。問題は、これをユーザーである教師が読み取れるかどうかでしょう。

 算数科に限らず、どの教科のどの教科書についても、教科書執筆者の教科観、学力観、単元観、学習観、子ども観などを、そこから推し量ることができます。また、多くの場合、そこに優劣をつけることは不可能です。それはあくまでも何を優先させるかという思想や方針の質的な違い、いわば個性に過ぎません。

 いずれにせよ、それらが見えてきたなら、手元にある採択教科書は、もはや無個性で無色透明な存在ではなくなっているでしょう。中間や中庸はあり得ますが、そもそも無色透明な教材など存在しません。それぞれの教材の個性なり色あいが見えていなかった、見る力がなかっただけの話です。

 一番怖いのは、そんなことに一切無頓着なまま、あたかも無色透明であるかのように、上意下達的に子どもたちに下ろしていくことでしょう。もちろん、そんなことでは効果的な授業の展開など望めるはずもありません。今一度、教科書と丁寧に向かい合うこと。「普通にいい」授業づくりにおける基本中の基本です。

 

 

Profile
奈須正裕 なす・まさひろ
 1961年徳島県生まれ。徳島大学教育学部卒、東京学芸大学大学院、東京大学大学院修了。神奈川大学助教授、国立教育研究所室長、立教大学教授などを経て現職。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会会長。主著書に『子どもと創る授業』『教科の本質から迫るコンピテンシー・ベイスの授業づくり』など。編著に『新しい学びの潮流』など。

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