“普通にいい授業”を創る [第1回] 授業の基本構造と教師の事前準備

トピック教育課題

2022.07.27

“普通にいい授業”を創る
[第1回] 授業の基本構造と教師の事前準備

上智大学教授 
奈須正裕


『教育実践ライブラリ』Vol.1 2022年5

知識や経験の子どもによる再構成

 授業とは「白紙」である子どもの心に、教師が意味や価値を一方的に書き込むことではありません。子どもたちがすでに持っている、いい線はいっているけれど不完全な知識や未整理な経験を、子どもたち自身の意思と能力で主体的・対話的に再構成し、統合的な概念的意味理解へと学びを深めていけるよう支えることです。

 たとえば、小学校三年生の小数の学習では、以前からよく「靴のサイズ」が用いられてきました。子どもたちに自分の靴のサイズを尋ねると、20、21、そして20.5などが出てきます。子どもたちは正規の教科学習として、つまりフォーマルに小数を学ぶ以前から、生活の中で膨大に見聞きしてなんとなく知っており、現に活用もしているのです。実際、ここで「テン5って何?」と尋ねると、知らない子もいますが、20センチ5ミリだと答えられる子どもも結構いて、「ああ、そういうことなんだ」と他の子たちも合点がいくでしょう。

 「僕はおとといから20.5」という子がいて、聞くと「靴を買いに行ったら、それまで履いていた20がキツキツで。おじさんが『もう一つ大きいのを』と出してくれたのが20.5で、それがちょうどよかったのね。おじさんは『試しに』と21も持ってきてくれたんだけど、21はブカブカで、だから僕はおとといから20.5の子になったの」と言うのです。

 このキツキツ、ちょうどいい、ブカブカという誰しもが共感できる身体感覚が、20、20.5、21という数字の並びと対応しており、ここから子どもたちは整数の間にさらに数が存在し、それがどうも小数というものらしいと気付くわけです。

 この気付きが得られたところで、20センチから25センチまでの靴を立て、左から右へとずらりと並べて見せてもいいでしょう。靴先の高さが一直線で右肩上がりに高くなっていく景色から、子どもたちは数の法則性を実感するに違いありません。

 靴の話題が一段落したところで、次に体重について尋ねます。すると、当然30.2とか29.7が出ますから、「あれ、テン5じゃないのもあるの?」と聞くと、子どもたちは自分たちの体重の数値を根拠に「テン1からテン9まである」と言います。

 ところが、一人の子どもが不安げな表情で「私は30.0なんだけど」と訴えたのです。途端に、テン0はテン1からテン9と同じなのか違うのかが、クラス全員の関心事、解決すべき問題となります。仲間とはありがたいもので、何とかテン0もテン1やテン9と同じだという論理を生み出そうと、懸命に頭を働かせてくれるのです。

 折よく陸上の世界大会が開催されていて、100メートル走で日本人初の9秒台が出るかどうかに注目が集まっていた時の授業でした。ついには「100メートル走でも、コンマ何々秒の差で金メダルと銀メダルの違いになってくるでしょ。その時、記録が10秒00だったとしても、もっと細かなところまで計ろうとしたというのが大切で、結果的に10秒00になったからと言って、10秒と同じじゃない。だって、10秒というのは、9秒の次は10秒、その次は11秒って計り方をしたということだから。体重でもそうで、30.0キロと30キロは重さとしては変わらないんだけど、それは結果としてそうなっただけで、やっぱり30.0と30では意味が違う。だから、テン0はテン1やテン9と同じだと言えると思う」といった、小数概念の本質的理解へと連なる意見が飛び出します。

 子どもたちは拍手喝采、不安そうに訴えた子にも満面の笑みがこぼれました。

主体的・対話的に学びを深めるための準備

 このように、すでにある程度知っていることとの関連が見えれば、子どもは「あっ、そのことね」「知ってる、知ってる」となり、緊張や不安を抱くことなくリラックスして、だからこそ主体的に学びに向かうことができます。また、「私はこう思うよ」「こんなこともあったんだ」「だったらさあ」と、各自のエピソードや考え、疑問や予想を出し合い、そのすべてが辻褄のあう状態を求めて、対話的・協働的に学びを深めていくでしょう。

 さらに、よく知っていると思い込んでいるからこそ、お互いの知識をすり合わせ整理していく中で、「何か変だぞ」「わからなくなってきたけど、何とかはっきりさせたい」「もしかすると、こういうことかな」「やっぱりそうだった」と粘り強く学びを深め、ついには正確な概念的意味理解へと到達することができるのです。

 そして、この動きを着実なものとするのが、教師の意図性や指導性の発揮です。まず、学習内容との関わりで、子どもたちがどのような知識や経験を持ち合わせているのかを的確に、また幅広に把握しておきます。一方、学習指導要領解説などを参考に、目指すべき本質的で統合的な概念的意味理解とはどのようなものかも、明らかにしておきましょう。

 その上で、どのような事実や問いとの出合いが、自分たちの理解が不完全で未整理であるとの気付きを子どもたちに生み出し、主体的・対話的な学びを推進する契機となるか、また概念的理解の修正・洗練・統合はどのようなプロセスを辿って効果的に実現されそうかなどについて、丁寧なシミュレーションを多角的に行っておきます。子ども中心での深い学びの創造は、このような教師の周到な準備の下で、はじめて可能となるのです。

 

 

Profile
奈須正裕 なす・まさひろ
 1961年徳島県生まれ。徳島大学教育学部卒、東京学芸大学大学院、東京大学大学院修了。神奈川大学助教授、国立教育研究所室長、立教大学教授などを経て現職。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会会長。主著書に『子どもと創る授業』『教科の本質から迫るコンピテンシー・ベイスの授業づくり』など。編著に『新しい学びの潮流』など。

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