生徒指導の新潮流 [第1回] 『生徒指導提要』はどのように変わるのか
トピック教育課題
2022.07.25
生徒指導の新潮流 [第1回]
『生徒指導提要』はどのように変わるのか
東京学芸大学准教授
伊藤秀樹
生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として文部科学省が発行している『生徒指導提要』が、12年ぶりに改訂される。今年3月に公表された新生徒指導提要の改訂試案は、現行の生徒指導提要からだいぶトーンが変わり、内容もかなり具体的で実用的になった。大学の教職課程で生徒指導について教えている私の立場からは、今夏に公開される新しい生徒指導提要は、教員志望者や若手教員であっても日々の実践への活かし方をイメージしやすいものになるのではないかと期待している。
連載の初回となる今回は、新生徒指導提要が現行のものからどのように変わるのかについて、改訂試案をもとにその大きなポイントを二つ紹介したい。
「支援」としての生徒指導へ
一つ目のポイントは、生徒指導の定義が変わるということである。
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[改訂試案]生徒指導とは、学校教育の目的である、「社会の中で自分らしく生きることができる存在へと児童生徒が、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える意図でなされる教職員の働きかけ」の総称です。(p.14)
改訂試案では、生徒指導の定義が二つの意味で大きく変わった。第一に、定義がわかりやすくなった。現行の生徒指導提要では、定義に「社会的資質」や「行動力」といった抽象的な単語が複数含まれており、どのような行為が生徒指導にあたるのかがイメージしにくかった。しかし改訂試案の定義では、「」内は意味を捉えやすい単語のみで構成されているため、生徒指導の大まかなイメージが理解しやすくなった。
第二に、「支える」という単語が定義に含まれるようになった。改訂試案には他にも、「指導よりも援助や支援と呼ぶほうがふさわしいような働きかけが中心になります」(p.15)という記述もあり、生徒指導は「支援」として行われるべきだということが強調されている。教職員は子どもたちを成長・発達「させる」のではなく、子どもたちが自ら成長・発達していこうとする存在であることを信頼し、その成長・発達の道筋を「支える」存在なのだという立場を、改訂試案からは読み取ることができる。
こうした変化の背景には、「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)の影響があると考えられる。改訂試案では、児童の権利に関する条約についての記述が新たに登場し、生徒指導を行う上では「差別の禁止」「児童の最善の利益」「生命・生存・発達に対する権利」「意見を表明する権利」の四つの原則を理解しておくことが大切だと述べられている。これらの原則を踏まえて、子どもたちの最善の利益を追求し、生存や発達を最大限確保しようとし、本人の意見を考慮しようとすると、生徒指導は必然的に、子どもたちの成長・発達に関する思いをくみ取り、それを支えようとする関わりになるはずである。
これまでの生徒指導には、本来の定義とは異なるが、問題行動をとる子どもの「統制」というイメージをもたれることも多かった。改訂試案には、そうした生徒指導のイメージを脱却し、子どもの人権を尊重した生徒指導へと変わっていこうとする決意がこめられていると感じた。
個別の課題についての記述が増加
二つ目のポイントは、いじめ・暴力行為・不登校をはじめとした個別の課題に対する生徒指導についての記述が、大幅に増加するということである。
現行の生徒指導提要では、個別の課題に対する生徒指導に割かれているページは42ページであり、本文全体(240ページ)の17.5%にすぎなかった。しかし改訂試案では、個別の課題に対する生徒指導に割かれているページは147ページにわたり、本文全体(237ページ)の62.0%を占めている。内容についても、各課題についての記述が充実するとともに、改訂試案では新たに、SNSや性の多様性、精神疾患、健康問題、子どもの貧困、ヤングケアラーなども取り上げられている。
特筆すべきは、各課題についての記述が構造化されて、教職員がどの段階で何をすべきかがわかりやすくなったということである。改訂試案では「発達支持的生徒指導」「課題予防的生徒指導」「課題解決的生徒指導」という生徒指導の3類型が示されており、多くの課題ではその3類型ごとに何をすべきかが詳しく記載されている。
例として、自殺についての章では、「課題予防的生徒指導」として自殺予防教育が挙げられ、自殺に至る心理やその予防のための方向性が詳しく記されている。自殺は、直接のきっかけを原因として捉えがちだが、重要なのはその手前にある心の危機(「強い孤立感」「無価値感」「怒りの感情」など)の高まりに目を向けることであるという。そして、心の健康についての正しい知識と理解を持ち、困ったときに人に相談する援助希求的な態度がとれるようになるための授業や、その土台となる安心・安全な学校環境づくりなどの必要性が、ポイントとともに示されている。
こうした工夫によって、新生徒指導提要は、ある個別の課題への生徒指導に取り組みたい(あるいは取り組まなければならない)教職員が日々の実践に活かしやすいものになると予想される。一方で、個人的に残念であったのは、現行の生徒指導提要には含まれていた教育相談の基本的な進め方についての内容が大幅に削られてしまったことである。現行の生徒指導提要では、面談の際に用いることができるカウンセリングの技法や、呼出し面接の留意点、保護者面接の進め方など、いかなる課題に対する生徒指導であっても必ず押さえておきたい留意点が数多く述べられていた。子どもや保護者と面談を行う際には、新生徒指導提要で示される個別の課題に対する生徒指導の方法に加えて、現行の生徒指導提要で示されている教育相談の基本的な進め方にも目を通しておくと、より充実した生徒指導につながるのではないだろうか。
Profile
伊藤秀樹 いとう・ひでき
東京都小平市出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。専門は教育社会学・生徒指導論。不登校・学業不振・非行などの背景があり学校生活・社会生活の中でさまざまな困難に直面する子どもへの、教育支援・自立支援のあり方について研究を行ってきた。勤務校では小学校教員を目指す学生向けに教職課程の生徒指導・進路指導の講義を行っている。著書に『高等専修学校における適応と進路』(東信堂)、共編著に『生徒指導・進路指導─理論と方法第二版』(学文社)など。