interview 公立でもここまでできる、学びのイノベーション

授業づくりと評価

2022.08.22

interview 公立でもここまでできる、学びのイノベーション

前東京都世田谷区立桜丘中学校長 
西郷孝彦

『教育実践ライブラリ』Vol.1 2022年5

どの子にも届く個別最適化の取組

──先生が手掛けた様々な学校改革のうち、校則撤廃は特に注目されました。
 校則は、普通に考えれば理にかなっていないことが多い。例えば、靴下は清潔感があるから白と言いながら、セーターは白でなく紺というのでは、理屈に合いません。子どもたちの中には、地毛が茶髪の子もいれば、個人的な理由でスカートをはきたくない女子もいます。ひざ丈のスカートは短くしたら違反となりますが、もともとミニスカートの制服をひざ丈にしたらそれも校則違反となるのでしょうか。中学生らしくと言っても、何が中学生らしいのかという納得のいく答えを持っている大人はいないと思います。個別最適ということが言われていますが、校則は個に合っていません。そもそも、全ての子を同じ教室の中で同じ格好をさせて同じ行動をとらせながら過ごさせるという管理する側の論理で校則は作られているのです。そこで桜丘中学校では、校則について子どもたちと一緒に考えていきました。そうしたら、セーターは「紺のみ」から「紺・黒・グレー」へ、そして「自由」となっていきました。

 宿題も、全員に同じことをやらせるのは無意味です。自分の課題に即して自分なりの学習を自分の判断で行う方が、その子にとって合理的です。もちろん、単に放任ということではありません。校則はなくても法律はあります。法律に違反することがあれば対応することは当然です。要は、選択肢を増やして子ども一人一人に合った合理的な考えに変えていったら、宿題なし、服装・髪型の自由、授業中に廊下で学習する自由など、これまでの学校常識とは違う学校の姿に変わっていったわけです。

──目指した学校づくりはどのようなものでしたか。
 私の学校づくりの目標が「困っている子たちも含めて誰もが楽しく通える学校」でした。日本は「みんな一緒がいい」という社会だし、誰かを違った扱いにすれば「なんであいつだけ?」と目くじらを立てられます。それでは様々に困っている子どもたちに対応できません。ADHDなどの特性でよく眠れなくて遅刻してしまう子や、LD(学習障害)があり、文字が書けないけれどタブレットを持てれば授業に参加できるという子、密な集団になる教室には入れなくても廊下なら居場所があるという子もいます。それなら、みんな登校時間は自由、タブレットの持ち込み自由、廊下での学習もOKとすれば、選択肢ができて困っている子が救われます。自由化しても、結局、大半の子は登校時間に学校に来るし、タブレットも必要なければ持ってきません。最初は廊下で勉強することに興味を持っていた子も、教室の方が居心地がよければ廊下には来ないのです。子どもを信じて選択肢を増やしていけば、誰も特別扱いすることなく、個別最適な環境ができると思います。そして、このことによって、子どもたちは自らの特性を知り、自分で考え判断して、自分の責任で行動することを学んでいくのです。

非認知能力を育てて子どもの可能性を拓く

──桜丘中で子どもたちは何を学ぶのでしょうか。
 これから子どもたちが生きていく不確定な未来では、ただ教わったことだけでは役に立たない時代に入ってきました。自分で経験して得たものしか役に立たないということです。ですから、子どもたちに何をどう経験させるかということが大事です。プロジェクト学習のように自ら答えや成果物を求めていく協働的な活動が大切だと思っています。そのためには、教師の新しい発想や子どもたちの自由な考えを大事にしたいと思うのです。

 例えば、英語だけで行う家庭科の調理実習を提案されればすぐに取り組んだりします。CLIL(Content and Language Integrated Learning、内容言語統合型学習)と言われる、内容を英語で学ぶ学習ですが、教師の持ち味を生かそうとすれば、新しい試みにもチャレンジできます。ICTに長けた理科教師が3Dプリンタで心臓模型を作る授業を行ったりもしました。やる気のある教師には、必ずこんな授業をやりたいという思いがあります。それを実現していくことが子どもの学びを広げることにつながると思うのです。

 もちろん、受験制度や学校制度の現実は無視できません。桜丘中でも、プロジェクト学習ばかりをやっていくことはできません。大半の授業は一斉授業となりますが、管理職として意欲のある教師の発想をいかした授業づくりを援助してあげることも大切なことと思っています。

 そして、子どもたちには、課外で自由なことができる時間をたくさんつくります。英検サプリ、ボーカルレッスン、料理教室、ギター教室、夜の勉強教室などといったカルチャークラブの取組、学校の廊下での麻雀大会、年に一度の花火大会、浴衣で授業に出たりする「浴衣の日」、地域の町会・商店・警察署なども参加する「さくらフェスティバル」など、課外で子どもたちが活躍するイベントは盛りだくさんです。そんな自由な活動から、単身ニューヨークのダンス教室に飛び立った生徒や、ロボット競技世界大会を目指すコンピュータ部、自力でベネズエラ支援団体を立ち上げた女子生徒など、広い視野を持って自分の可能性を広げていこうとする生徒たちも目立ってきました。

──どのような力が身に付いていくのですか。
 このような子どもたちの育ちは、ペーパーテストで測れる学力ばかりでなく、非認知能力を測定することで理解することができます。非認知能力が高い子どものほうが、将来の「成功」する確率が高いという研究成果があるからです。そこで、桜丘中では、①子どもの言うことを否定しない、②子どもの話を聞く、③子どもに共感する、④子どもとの触れ合いを積極的に行う、⑤能力でなく努力を認める、⑥行動を強制しない、ということを徹底します。

 これまでの実践をもとに桜丘中の子どもたちの非認知能力についての検証を行ったところ、①子どもたちは強制されるのではなく自分から学びたいと思って勉強している、②自分の将来は運命で決まっているのではなく努力で変えられると思っている、③困ったことがあっても必ず誰かが助けてくれると思っている、そして④喜怒哀楽を自由に出してよい・出せる、という傾向が分かりました。これは、心の育ちにもつながっていると感じます。1年生の時にはいじめも見られますが、2年生になるとほとんど見られなくなり、3年生ではいじめは皆無になります。人は違ってていいという価値観を持てることで、他を認めながら自分らしく生きることを体感的に分かっていくのだと思います。

 子どもたちは凸凹した存在です。そこに平面的な一斉指導をすればそこに接点を持てる子どもは少ないでしょう。子ども一人一人にフィットした柔軟な環境をつくることで、誰一人取りこぼさない教育が実現できると信じています。

やって見せれば教師は変わる

──様々な取組を通して教師にも変容は見られましたか。
 まず、経験の少ない若い教師に伸び代があります。特に新採用ならば教師の経験が全くないので真っ白。だから、私は、気負わずにそのままでいなさいと言います。失敗してもいい、むしろ沢山失敗しなさいと。子どもの命に関わる失敗でなければ歓迎です。失敗したら「ごめん」と謝れる関係性を子どもたちとの間に築けていればいいと思っています。失敗から得るものはありますが、失敗しないために何もしなかったら何も得られません。そうして成長する姿が校長としての楽しみです。職員室の担任になった気持ちになって、失敗する教師も愛おしく思っていました。もちろん、失敗したら私が助けてあげますけど(笑)。

 途中で躓いてしまう教師もいます。秋ごろになると「自分の力では無理。辞めたいです」と言ってくる初任者が出てくることがあります。そこからが校長の勝負。その教師が持っているいいところを「誉め殺し」しながら、新しいチャレンジをさせていくとみるみる立ち直っていきます。反対に家庭が悪い、環境が悪いと人のせいにする教師は「辞めたい」とは絶対に言ってきません。子どものことを思うからこそ「辞めたいと」と思ってしまうのです。だから一度は「辞めたい」と思う教師ほど見込みがある。私は、秋になると誰か「辞めたい」と言ってこないかと楽しみにしていました(笑)。

──具体的な成長戦略は。
 校長がやって見せるのが一番です。どうすればうまくいくかを教師の前で“実演”して見せることが早道だと思っています。例えば、保護者対応で困っている教師には、校長室で対応してもらいます。何気なく私は自席で仕事をするふりをしながら話を聞いています。その間は、頭をフル回転させて話の持って行き方、落としどころなど臨機応変にストーリーを立てながら、ここぞ、というチャンスに介入します。些細なことかもしれませんが、応談の際にはお菓子やお茶を置いて和やかな雰囲気をつくっておくことも肝心です。そうして最後はハッピーにしてお帰りになっていただく。目を吊り上げて来校した保護者がにこやかに退出していく姿を見せることで、教師は保護者対応にも見通しを持つことができます。保護者も教師も、子どものために話し合いをするわけですから共有できる部分は必ず見つかります。ですから自分なりの意見をはっきりと保護者に伝えることも教えます。校長が教師のロールモデルとなることが大事だと思っています。

 なかなか言うことを聞いてくれない教師には、その人の専門性の部分で勝負します。例えば、ある英語の担任がそうした教師でしたが、私が一生懸命に勉強して英検1級をとったら、いい関係性を築くことができました。これもやって見せることの一つです。

──働き方など環境整備については。
 子どもたちとの関係性をつくるためには、教師が「人としての魅力」を持つことが大事だと思っています。雑学を得たり、自分の世界を広げたりして自分を磨く時間を持てる余裕が大切です。ですから、部活は週10時間で水曜日は禁止にして、できた時間で映画を見たりデートしたり、様々な経験を積むことを勧めてきました。授業の力量はもちろん大事ですが、教師が会話の幅や人間性を広げて子どもたちと接することができるようになることが、教師の仕事の魅力でもあると思っているのです。要は、学校外の社会や物事にも対応できる力を高めたり、ありのままの姿で子どもと接することができるようになることで、教師の成長は図れると思っています。

一人を大事にすれば全体もよくなる

──先生の教育観を教えてください。
 思春期の子どもたちは様々なことに悩んでいるけれど、学校生活の悩みについては、どの子も同じような事で悩んでいることが多いのです。ですから、一人の子をしっかりと観察してその子の悩みが分かれば、子どもたち全体の共通した悩みが見えてきます。フラクタル図形というのがありますが、これは図形の一部が実は全体の形を表しているものです。つまり、全体ではなく一部を丁寧に観察すれば、かえって全体が見えてくる。このような発想で、一人の子をとことん観察することで全体をよくするということができると考えています。

 また、これも私なりの理系的な考えですが、同じ時代、同じ時間、同じ空間を特定の子どもたちと共有するというのは確率的にはほぼゼロです。そんな奇跡のような出会いであるからこそ、共に豊かに生きることに大きな価値があると思うのです。そう考えれば、子どもたちを旧来の学校の論理によって等質の集団として扱うよりも、子ども一人一人を大事にしながら教師と子どもが共に生きていく学校であることが大切なことだと思います。

 桜丘中学校の生徒たちは、学校で伸び伸びと過ごす間はよいけれど、卒業してやがて社会に出ると困るのではないか、ということがよく言われます。しかし、私はそうは思いません。彼らは桜丘中で、自分たちには価値があり、社会を変えていく力があることを知ります。学校の学びとは、社会に適合するためにするのではなく、よりよい社会を創るためのものです。これからの社会の担い手になる子どもを育てることがこれからの学校の使命であるわけですから、子どものあらゆるニーズを拾うこと、子どもの自主・自立、そして自治を大切にすることは学校教育の当然の姿であると思います。

──学校現場へのメッセージを。
 教師として若いうちは自分が影響を及ぼす範囲は限られます。経験を積んでいくことで、自分のクラス、自分の学年、自分の学校とその範囲は広がっていきます。どういうクラスにしよう、どんな学年にしよう、どんな学校にしようかと希望を持ちながら歩んでいくことが大事です。そうした中で、本当に自分が理想とする教育を行おうと思えば、できるだけ早く校長になることをお勧めします。公立学校は私立とは違い、人・もの・金のベーシックは保護されています。ですから、何をプラスアルファして工夫を加えればよいのかを考えながら安心して取り組んでいけば、意外といろいろなことができます。いろいろな取組を通して子どもと共に生きる楽しさを実感できる教師、そしていつかは校長になってほしいと思います。

(取材・構成/本誌・萩原和夫)

 

 

Profile
西郷孝彦 さいごう・たかひこ
 1954年横浜生まれ。上智大学理工学部を卒業後、1979年より都立の養護学校(現:特別支援学校)をはじめ、大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任し、生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テストの廃止、個性を伸ばす教育を推進した。2020年3月退官。現在は講演、執筆活動などで活躍中。

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