異見・先見 日本の教育 性教育は私とあなたを尊重する学び

トピック教育課題

2023.02.06

異見・先見 日本の教育
性教育は私とあなたを尊重する学び

映像ジャーナリスト
伊藤詩織

『教育実践ライブラリ』Vol.3 2022年9

別々の教室に分けられた性教育

 小学校高学年、この頃になると、それまで一緒にサッカーやドッジボールをやっていたのに、あまり声をかけられなくなった。気付いたら校庭では男子だけで試合をやるようになって、入りづらくなっていた。私はサッカーが好きだったのに、女子のサッカークラブが学校になかったから不公平だなと思っていたものだ。この辺りから男女を隔てる何かが当たり前のように生まれていた。

 そんなある日、男女別々の教室に分けられた。性教育の時間だった。私たち女子グループが最初に教わったのは生理について。生理は赤ちゃんをつくれるようになる体の準備だと教わった。そして多分、性病の恐ろしさについても。その伝え方は、ちょっと前にビデオで見せられたドラックに手を出したら大変なことになる、みたいなものだったような気がする。とにかく何か怖いことが体に起きるのだというのはわかった。

 妊娠と性病についてなど、セックスの後のことについては教えてもらった一方、実際に男女がどうセックスまでの行為に向き合うのか、相手の気持ちをどう確認するかなど、性的同意などセックスに至る前については一切ふれられなかった。

 生物学的に断面に見える女性器のどこの管を通って受精するかという話よりも、どういうふうに実際にコンドームをつけるか、相手とどうコミュニケーションするかの方がずっと必要だったのに、と今なら言える。

 性教育があった日に配られたナプキンの試供品を、控えていた臨海学校に持っていくようにと先生に言われた。生理用パンツは各自持ってくるようにと。私は親にイトーヨーカドーでシマシマのものをねだって買ってもらったが、初潮が遅かったので結局そのパンツは使うことなくどこかへいった。

隠さなきゃいけないこと?

 小学校高学年になると生理が始まっていた友達もいた。恥ずかしそうにポーチをトイレに隠すように持っていく。初めて教室でナプキンをもらったあの日、隠すようにと教えられただろうか? 記憶はない。でも、友人たちは生理用品を袖に隠すようになっていた。ドラッグストアやスーパーで生理用品を買うと決まって紙袋に隠して入れてからスーパーの袋に入れられる。外部でも隠されなきゃいけないことなのだ、と遠回しに言われている。子どものオムツは隠さないのになんでだろう。それが茶色い紙袋に入れられたりすると、私はアメリカの路上でアルコールを隠れて飲んでいる人を思い出してしまう(アメリカでは路上で飲んではいけないという法律がある地域があるので、人は、あからさまに隠しながら飲むのだ)。

 一方でテレビを見ていると生理用品のコマーシャルがよく流れる。そのくせ血の色はドスのきいた真っ赤な色とはほど遠い、透明でさらさらな青い爽やかな液体に置き換えられる。念のために書いておくが、私たちは青い血なんて流したりしない。

 女性達は毎月、真っ赤な血を流しているのだ。そのせいで貧血にもなる。もちろん症状は人それぞれだけど、腹痛で何も手につかなくなったりする。毎月やってくる痛みに耐えなくてはいけない。生理前はPMS(Prementrual Syndrome/月経前症候群)でイライラしたりする。集中力も下がり、やる気がなくなる。そのうちに、ちょっとしたことでパートナーと喧嘩。相手から「もしかしてもうすぐ生理かもね?」と言ってくるようになり、言われてからPMSだと気付いたことも多々あった(全然生理前じゃない時に言われたらすごく頭にきたりする)。もっと早くPMSについて知っていたらすぐイライラしてしまう最低な人間だと落ち込む時間も少なかったかもしれない。

教えられない現状

 私は、時間を巻き戻すことがあるなら、手を挙げて「なぜあの時、男女別々にしたのか」と先生に聞きたい。性教育の時間があったあの日。隣の教室に分けられていた男子達は何を学んだのか、ずっと疑問に思っていた。別々にされたけど、彼らは生理についてどこまで教わったのだろうか。彼らが教わって、女子達が教わらなかったことってなんだろう?

 あの時は、何を学ばなかったのか、知らなかったのか、わからなかった。もちろん中には家庭で教育されている子どももいるだろう(古いデータだが、2007年の内閣府の調べで、家庭内で性教育をしているのは23%という統計がある)。でもこれはごく一部だ。学校で教えられないということは、性教育は独学なのだ。子どもたちにテキストブックがない代わりに、学ぶのはインターネット、アダルトビデオや漫画、SNS、友人や知人からだろう。特にアダルトビデオには暴力的なものも含まれていたりする。

 しかしそんなジレンマがあったとしても、それを生徒たちに教えることが難しくなっているのも現状だ。2018年には「性交」「避妊」「中絶」という言葉を授業内で用いた東京の区立中学校に対し、都議会議員が「学習指導要領に記載された内容を超えて不適切な指導である」として批判、その後、都教委が区教委を指導するといったことが起きた。この3ワードは私たちが避けて通れない、私たちの性と向き合う上で最も大切なことにもかかわらず、一体何が不適切だったのか。

 文部科学省による『中学校学習指導要領』を参照すると、以下のような記述がある。

 「妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする。また、身体の機能の成熟とともに、性衝動が生じたり、異性への関心が高まったりすることなどから、異性の尊重、情報への適切な対処や行動の選択が必要となることについて取り扱うものとする」(『中学校学習指導要領(平成29年告示)』「第2章各教科第7節保健体育」より)。

 日本産婦人科医会が提示している2016年の18歳までの妊娠出産数は2,897名、中絶数は3,747名、14歳までの妊娠出産数は46名、中絶数は220名だ。

 現在の日本の刑法では性的同意年齢が13歳とされている。ランドセルを卒業した途端、いくら性行為について知識がなかったとしても、性行為が何かについて理解し、性的同意が取れる年齢とされてしまう。寝た子を起こさないまま、必要な教育を与えずに、13歳という年齢が過ぎたらあたかも自動的にそのことが理解できているかのようにされる。日本の刑法は子どもを守るものではないのだろうか。

 2022年、日本では成人と定義される年齢が18歳に変わり、これまで結婚できるとされていた年齢が女性16歳、男性18歳だったのがどちらも18歳になった。結婚ができるのは18歳なのに性的同意が取れるとされている13歳以降はいつでも母親になれてしまうのだ。性行為に同意できるとはそういう可能性もあるということなのだ。現に46名の女子が14歳になるまでに母親になっているのだ。義務教育だって終わっていないのにもかかわらず。

 性的同意について教えられてこなかったということは、私たち大人もしっかりと学ばなくてはいけないのだ。今の刑法には性的同意について言及されていないので、レイプを定義するには被害者がいかに暴行・脅迫を受けたのかを証明しなくてはいけない。スウェーデンにあるレイプセンターによると、性被害を受けた約7割が恐怖のあまり擬死状態になるという。体が固まってしまうのだ。このようなエビデンスがあっても、いまだに刑法は変わっていない。

 私は個人的に性被害を受けた直後、25歳になっていたのにもかかわらず、どうしたら良いのかわからなかった。半ば反射的に自宅に直行で戻り、体を何度も何度も洗ってしまった。もし、そのような被害を受けた後、SARCのようなワンストップ支援センターに電話すれば身体についた証拠なども含め検出することができ、モーニングアフターピルをもらいに行くなど、動くことができただろう。

 私は、性暴力は夜道で知らない人から行われるものだと思っていた。知っている人はそんな酷いことはしないのだと心のどこかで信じていた。しかし、実際には犯行の8割近くが顔見知りの犯行である。私の信じていたことは「強姦神話」と呼ばれるものだった。学校で、性暴力が起きてしまった時、どうしたらいいのか教えておいてほしかった。性暴力のリアリティーはどういうものなのかについても。

世界での教育

 生理用品のユニチャーム(そういえば私が性教育で別々の教室に分けられ時に手渡されたパステルカラーの柔らかいケースに入れられた生理用品もユニチャームの試供品だった)のホームページでは世界の性教育を紹介している。その一部を引用させていただきたい。

 

●アメリカ
 「43分の授業が年に45回組まれ、外部から講師を招くケースもあります。ゲーム的な作業や映画を見るなど、多くの手法が用いられます。さらに、性暴力や性的虐待を受けた場合に警察での事情聴取や法廷で証言できるように、幼稚園から高校までの間に(障がい者教育においても)性に対する正しい用語を年齢に応じて学習させています。また、アメリカでは高校生になると、部活動の一環として性的マイノリティの方と異性愛者が定例会やイベントを計画して公共の場で活動しています。

●オランダ
 「性に関する情報がテレビやインターネットから簡単に得ることができるため、思春期を待っていては遅いとの考えから、小学1年の5歳から性教育を実施する学校があります。そのため、思春期を迎える前の時期から、性は食事や睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます。小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。13歳以降になると、性感染症の予防や性行為そのものについて大切なこと、性交渉から妊娠・出産を含む過程、避妊の方法、同性愛など性の多様性を学びます。オランダの多くの親は10代での性行為を容認しており、ごく自然に家族団らんの場で性の話が出ることがあるそうです。このように、オランダの若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています。」

●タイ
 「性産業が盛んで、1990年代にHIV感染者が爆発的に増えたタイでは、2006年以降、保健体育の一部として性教育が行われています。性の発達や対人関係、性行動など6つの柱からなり、生物学的な観点からだけでなく、人権の視点にも立つ内容で構成されています。教える側の教師たちに保守的な考えが根強いことや、若者の性の現状と性教育の内容にギャップがあり、なかなか関心を持ってもらえないという現状があるようです。」

 

 様々な取り組みがされているが、性教育の世界的な水準を推進するユネスコの国際セクシュアリティ教育ガイダンスによると、遅くても5歳から性教育を始めることが推奨されている。はじめは性器の名前を正しく覚えるなどだ。もしも子どもが被害を受けた時、正しい呼び名や自分の体のバウンダリー(境界)について知らなければ、大人に助けを求めたり報告したりすることもできないからだ。

 取材で訪れた西アフリカ・シエラレオネのレイプクライシスセンターで出会った母親は、4歳の娘にプライベートゾーンを教えようと「水着で隠れる場所はあなたの大切な体の場所なの。もしも誰かがここを触ろうとしたらお母さんに教えてね」と言った時に、わが子が夫から性暴力を受けていたことが発覚した。性器の名前をよく知らない子どもはクマのぬいぐるみを使い母親に伝えた。

 国際セクシュアリティ教育ガイダンスの中、包括的性教育が推奨されており、それは8つのキーコンセプトで構成される。

1. 人間関係
2. 価値観、人権、文化、セクシュアリティ
3. ジェンダーの理解
4. 暴力と安全確保
5. 健康とウェルビーイング(幸福や喜び)のためのスキル
6. 人間の体と発達
7. セクシュアリティと性的行動
8. 性と生殖に関する健康

 これらは子どもたちのウェルビーイング(心身と社会的な健康を意味する概念)や尊厳の実現を軸とし、個々が尊重された社会的、性的な関係を育てていくこと、ジェンダーのグラデーションを知り、自らを理解すること、子どもたちが自分たちの権利を守るということを理解すること、そして自身のいろいろな選択が自分や他者のウェルビーイングにどう影響するのかを考える、命そして人生の学びだ。

 どんな教科でも言えるように、「知ることはパワー」なのだ。私はこの命の学びが大人になってからも、社会に出てからも大きな役割を果たしていくと信じる。学校現場で教えることが難しかったら外部から講師を招いたりするのはどうだろうか。それができなくても、「性教育YouTuber」として発信しているシオリーヌさんのコンテンツを生徒に見せる、紹介するのもおすすめだ。

 私たちにはみな正しく知る権利があるのだから。

 

 

Profile

伊藤詩織 いとう・しおり
 1989年生まれ。BBC、アルジャジーラ、エコノミストなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。2020年米TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出される。国際的メディアコンクール「New York Festivals 2018」では制作したドキュメンタリー『Lonely Death』(CNA)と『Racing in Cocaine Valley』(Al Jazeera)が2部門で銀賞を受賞。性暴力被害についてのノンフィクション『Black Box』(文藝春秋)は本屋大賞ノンフィクション部門にノミネートされる。第7回自由報道協会賞では大賞を受賞し、9ヶ国語/地域で翻訳される。2019年ニューズウィーク日本版の「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。

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