Introduction SDGsの発想を取り入れたこれからの学校づくり
トピック教育課題
2022.06.20
Introduction SDGsの発想を取り入れたこれからの学校づくり
上智大学名誉教授・(認定NPO)開発教育協会理事
田中治彦
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.6 2022年3月)
SDGsの教育目標
SDGs(持続可能な開発目標)において「教育」は4番目の目標である。この目標はSDGs17目標のなかでも最も重視されていて、他の16目標を達成するための手段であると考えられている。教育なくしては、貧困もジェンダーも技術革新も気候変動もその他の問題も解決しないという理解である。それでは第4目標「質の高い教育をみんなに」は具体的にはどのようなターゲット(到達目標)を掲げているであろうか(表1)。
SDG4.1〜4.4において、2030年までにすべての子どもが、就学前教育、初等教育、中等教育、高等教育、職業技術教育を修了ないしはアクセスできるようにすることが到達目標となっている。これらのターゲットは、主に開発途上国における教育機会の充実に関するものである。日本には開発途上国に対する国際協力、とりわけ教育協力の分野での貢献が期待されている。SDG4.5では「教育におけるジェンダー格差を無くし、障害者、先住民および脆弱な立場にある子どもなど、脆弱層があらゆるレベルの教育や職業訓練に平等にアクセスできるようにする」と述べられている。日本の教育においても子どもの貧困問題など「取り残されている」子どもや若者が存在する。
SDG4に関連して、日本の教育が考えるべきことは教育協力、子どもの貧困問題と並んで、ESD(持続可能な開発のための教育)の推進が挙げられる。それはSDG4.7として表1のように示されている。ここでは、環境教育、開発教育、ジェンダー教育、平和教育、グローバル市民教育、多文化教育などを含むESDを推進すべきことが述べられている。
これを受けて、文部科学省は2020年度から実施されている学習指導要領の前文で、これからの教育の目的を次のように説明している。
「これからの学校には、こうした教育の目的及び目標の達成を目指しつつ、一人一人の児童が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」(下線筆者)
文中にある「こうした教育の目的及び目標」とは1947年制定(2006年全部改正)の教育基本法に示された「平和で民主的な国家及び社会の形成者」のことである。学習指導要領において、育てるべき人間像が示されたのは実に70年ぶりのことである。2020年代(すなわちSDGs達成までの期間)の教育の目的が「持続可能な社会の創り手」を育てることであると明記されたことにより、SDGsを含む教育内容が2020年代の学習において最重点項目となったのである。
SDGsと参加型体験型の学習
小学校では2020年度から、中学校では2021年度からSDGsについて学ぶ授業が始まっている。現場ではSDGsはどのように教えられているのだろうか。おそらく多くはSDGsの17目標の学習から始めるであろう。SDGs17目標について教師が解説したり、児童生徒が各自であるいはグループで調べて発表するというような学習のイメージである。ここまでは従来型の学習でも行われてきた手法である。それでは17目標を覚えたり、調べ学習をした子どもたちは、「持続可能な社会の創り手」となりえるであろうか。例えば、地球温暖化の解決に向けて積極的に取り組んだり、今回の新型コロナのような想定外の新事態に対応できる人間になるであろうか。
SDGsを提唱した国連の「2030アジェンダ」のタイトルは「私たちの世界を変革する(Transforming our world)」である。アジェンダで求められているのは「SDGsを知ること」だけではない。どうしたら私たち一人一人が責任ある市民として「SDGsを達成できるのか」を考え、行動を起こすことが求められている。学校に置き換えて考えたときには「それぞれの学校・教科はSDGsの達成にどう貢献しますか?」が問われている。
SDGsのように複雑で広範な地球的課題を理解し、自分たちの問題としてつなげていくことは決してやさしいことではない。学習方法の観点からみたとき、SDGsの内容である地球的課題の学習にはいくつかの特徴がある。それは、①問題解決的であり、②未来志向であり、③知識の獲得だけでなく態度の変容が求められていることである。地球温暖化のような課題に対する回答は複数あり、しかも正解は未来にしかわからない、というような問題を学ぶためには、従来のような知識伝達型の教育では不可能である。SDGsの学習は、学習者自らが主体的に参加して自己変革を行うような学習活動である。そのためには知識伝達型ではなく参加型学習(アクティブ・ラーニング)が有効である。参加型学習は地球的課題のように答えそのものが多様であり、答えを見いだすプロセスを重視する学習活動において重視される。
筆者が所属する(認定NPO)開発教育協会では、参加型のワークショップについて欧米のグローバル教育の事例などに学びながら約40年にわたって研究を進めてきた。そして、数多くの参加体験型学習の教材を製作してきた。昨年、その成果を『SDGs学習のつくりかた』としてまとめた。ここでは、文化の多様性、食、生産と消費、在住外国人、ジェンダー、まちづくり、生物多様性など17のテーマに沿ったカリキュラム例と参加体験型の教材が紹介されている。
SDGs学習に必要なカリキュラム・マネジメント
SDGsの17目標は広範な課題を扱っていて、その教育も従来の教科の枠組みを超えている。SDGs学習の目的を達するためには、社会科、理科、家庭科などを中心としながらも、総合的な学習の時間や学校行事などとも連携して、最終目的であるところの「持続可能な社会の創り手」を育てることが望ましい。そのためには、各教科・領域のSDGs関連の単元や学習活動を時間軸に沿って表示した「ESDカレンダー」の活用が有効である(ESDカレンダーについてはウェブ上に多数紹介されている)。ここで大切なのは、ESDカレンダーを、教務主任やSDGs担当者が単独で作成するのではなく、関係教員皆で話し合って共同作業で作ることである。共同で作成するプロセスそのものがカリキュラム・マネジメントである。
SDGs学習は子どもたちが将来、社会に参加するための教育でもあり、そのためには実際の社会との交流のなかで学びを深めることが大切である。いわゆる「社会に開かれた教育課程」こそSDGs学習に求められるものである。ワークショップ型の参加型学習は、確かに知識のみならず態度やスキル獲得に有効な手法である。しかしながら、あくまでそれは「擬似的な体験」にすぎない。
これまでのESD実践の経験から、参加型の授業は確かに知識や意識面で学習効果が一定程度みられるが、一段階上の学習に達するためにはアクション・リサーチやフィールドワークなど実際社会との接触が必要であることがわかっている。筆者らが4年にわたって関わった埼玉県上尾市立東中学校の実践でも地域、自治体、社会教育施設、企業、NPOなどと連携することで、SDGs学習の効果が上がり、生徒の社会参加意識が高まったと報告されている。総合学習の時間を活用して行われた上尾市立東中学校での「グローバル・シティズンシップ科」のカリキュラム(表2)と、それを元に作成したSDGs学習を推進する体制のイメージ(図1)を掲げておく。
「誰一人取り残さない」学習
SDGsのスローガンは「誰一人取り残さない」であった。この観点からこれまで述べたSDGs学習を眺めたときに、ひとつ大切なことがある。いわゆるアクティブ・ラーニング型の授業になじめない児童生徒が一定程度存在することである。
ひきこもりに陥ってしまった若者がかつて嫌だった学習のスタイルが二つある。それはプレゼンテーションとグループ学習である。彼らは、グループ学習で発言力の大きい者たちがどんどん仕切り、自分の存在は次第にいてもいなくてもいいものになってしまう、と感じていた。プレゼンテーションを行う場合は当事者の資質を見極め、他の生徒から違和感を出させないような指導が必要になる。グループ学習の場合も綿密な指導が必要であり、自主性を評価するからといって、子どもたちや個々のグループに運営を任せるようなことがあってはならない。任せておけば自主性が育つなどという安易なものではないからである。
筆者は先に述べたように、SDGsの学習においては「ワークショップ+社会参加型」の参加体験型の学習プロセス自体は重要と考えている。しかし一方で、従来型の学習である、「一人で黙々と本や資料を読んでレポートにまとめて、自分にできることを考える」タイプの学習もまた尊重される必要がある。コミュニケーション能力が高くなくても、社会変革のためにできることはあるからである。例えば、ネット上で発言するとか、自分が共感できるNPOに寄付する、などの行為である。要は、個々の児童生徒にとってより良いスタイルの学習活動に配慮してほしい。
SDGs学習を進める教師とは
SDGs学習における教師の役割は、従来型の知識の教授者(ティーチャー)のみではなくなる。生徒の様々な体験と知識を引き出し参加体験型の授業を行うファシリテーターであり、SDGs学習全体の構成を考えるプロデューサーでもあり、学校と社会をつなぐコーディネーターでもある。また時には、新しいタイプの学習になじめない児童生徒によりそうカウンセラーでもある。
しかし、個々の教師がこれらの役割をすべて持ち合わせるスーパーティーチャーであることは難しい。そこで、得意な分野や能力をもった教員同士がチームとして、あるいは学校全体として助け合い補い合う必要がある。それこそが実質的なカリキュラム・マネジメントであろう。
SDGsが問題として提起している「地球環境の持続可能性」と「人間社会の持続可能性」はともに重い課題である。地球温暖化や貧富の格差を生み出したのは、教師である大人の世代である。その解決を子どもたちにすべて期待するというのは「世代間の公正」に反する。SDGs学習においては、教員も一市民として子どもたちとともに問題解決のために考え行動する、といった態度こそが必要であろう。
[参考文献]
・田中治彦・奈須正裕・藤原孝章編著『SDGsカリキュラムの創造−ESDから広がる持続可能な未来』学文社、2019年
・SDGsと開発教育研究会企画・編集『SDGs学習のつくりかた−開発教育実践ハンドブックII』開発教育協会、2021年
・西あい・湯本浩之編著『グローバル時代の「開発」を考える−世界と関わり、共に生きるための7つのヒント』明石書店、2017年
Profile
田中 治彦 たなか・はるひこ
上智大学名誉教授。(認定NPO)開発教育協会理事。(財)日本国際交流センター、岡山大学、立教大学を歴任。専門は青少年の社会教育とESD(持続可能な開発のための教育)。著書に『SDGsと開発教育』『SDGsとまちづくり』『SDGsカリキュラムの創造』(学文社)、『若者の居場所と参加』(東洋館出版社)、『18歳成人社会ハンドブック』(明石書店)、『成人式とは何か』(岩波書店)など。