Leader’s Opinion~令和時代の経営課題~

久保敬

Leader’s Opinion ~令和時代の経営課題~ [今月のテーマ]理想の校長 平凡な校長の夢は、パラダイス 久保 敬

トピック教育課題

2022.06.17

Leader’s Opinion ~令和時代の経営課題~
[今月のテーマ]理想の校長 平凡な校長の夢は、パラダイス
中山大嘉俊+久保敬

大阪市立木川南小学校長
久保 敬

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.6 2022年3月

「生き抜く」のではなく「生き合う」社会に

 2021年5月、全面オンライン学習を宣言した松井一郎大阪市長に対して私が送った「提言書」は、オンライン学習ができる環境整備を訴えたものではない。オンライン学習だけでなく、トップダウンでどんどん降りてくる様々な教育施策。数値による成果ばかりが求められ、学校現場はゆとりを失ってきた。テスト、テストで競争に勝ち抜く子どもを育てることが本当に「学校」の役割なのか。十数年前から「何かおかしい」と感じながら、思考停止し、黙ってやり過ごしてきた自分自身への怒りが、「提言書」だった。

 不登校になる子どもたちの数は増え続け、令和2(2020)年度の小・中学校の不登校は、全国で196,127人となっている。社会全体の自殺者は減っているのに、10代までの子どもの自殺は増え続けており、令和2年度の小・中・高校の自殺者は415人、前年度を100人近く上回っている。子どもの貧困やヤングケアラーの問題も深刻である。こんな社会の状態を放っておいて、社会に適応する子どもの育成に黙々と取り組む我々は、子どもを戦場へと送り込んだ戦前の教師たちと何ら変わらないではないか!との思いが募り、愕然とした。

 点数で誰かと比べられたり、順位をつけられたりすることがなく、多様で、寛容で、安心・自信・自由が保障されている場所、学校はそんなところであってほしいと願ってきた。しかし、「そんな夢のようなことを言って、苦労するのは子どもだ。現実はそんな甘いもんじゃない。競争に打ち勝つ力をつけなくてどうする」と言われる。だが、本当に子どもたちも私たちも、世界中の人々もそんな未来を望んでいるのだろうか。誰もがもっと穏やかな気持ちで安心して暮らしたいと願っていることに、コロナ禍が気づかせてくれているように思う。「生き抜く」ために競争に勝ち続けなければならない過酷な社会ではなく、みんなで「生き合う」誰にでもやさしい社会にすればいいのだ。そのためには、現実を様々な視点から批判的に捉え、「おかしいことはおかしい」と言わなければならない。それは、私たちの大人の責任である。

「問い」を大切にする学校に

 教育哲学者、パウロ・フレイレは、知識を一方的に詰め込むような教育を「銀行型教育」と呼び、そのような教育では、教師も子どもも「非人間化」されてしまう上に、社会における抑圧的な態度や行動が助長されると批判した。そして、教師と子どもとの間の双方向の対話による「学び」を通してお互いが人間的な成長を遂げることができると説いた。

 「対話」にとって重要なのは、「答え」ではなく「問い」である。「問い」を共有し、共に考えることで「学び」が生まれる。教師にとって重要なことは、「教える」ことではなく、子どもと「共に学ぶ」ことである。双方向の学び合いが成立する環境を創り出すことができれば、一人一人の子どもが、その子らしさを失うことなく成長し、教職員もそれぞれの持ち味を生かして働くことができるにちがいない。そのような教育環境を創り出す起点となるのが、「管理職」の役割ではないだろうか。

 「管理職」という言い方はあまり好きでないが、子どもや教職員を管理(コントロール)するのではなく、教育環境を管理(整備)することだと理解している。性格、家庭環境、学力、対人関係などありとあらゆる側面から一人一人の子どもを理解し、直接的な関わりを持ち、子どもたちに働きかけるのは教職員である。校長は、教職員を信頼し、任せるしかない。そして、子どもと教職員がよりよい関係を築くのを待つしかない。校長のリーダーシップやマネジメント力の重要性がよく言われるが、校長によって変わる学校もいかがなものかと思う。教職員全員で考え、それぞれが主体的に個性を活かして活動している学校なら言うことはないのではないだろうか。「何もしない」をしているくまのプーさんのような校長になりたいと思ったりもする。

なぞなぞ「しあわせのイス」

 参加してもしなくてもいい、面白いだけで何の役にも立ちそうにない、そんなどうでもいい緩やかで自由な時間や空間が、学校にはもっとあっていいと思う。「なぞなぞ」もそんなどうでもいいものの一つだ。答えがわかった子どもは、校長室に言いに来ることになっている。

 ある時、「座るだけでウキウキワクワク、幸せな気持ちになるイスはどんなイス?」というなぞなぞを出した。ぼくが用意した答えは「パラダイス」。しかし、一人の女の子が、幸せな気持ちになるんだったら他にもあると言う。「私、オムライス食べたら幸せな気分になるねん。だからオムライスでもいいやん」と。すると別の男の子が、「ほんなら、ぼくはシューアイス食べたら幸せになる」と言った。「カレーライスでもいいよな」の声。子どもたちの言う通りだ。それぞれに幸せがある。こんな何でもない些細な日常から、子どもと共に「ここに居ること」に喜びを感じている。

 画一化、均質化する教育システムが、子どもの想像力や創造性を奪っていくことがないよう、学校は子どもが考えを自由に遊ばせることができる「パラダイス」でありたいと願う。教育振興基本計画に掲げられた数値目標達成のために、教員や子どもをコントロールしようなどと思ってはならない。校長は、教育行政に対して、学校現場が感じていることを意見として言うことも必要だ。

 最後に、理想とする学校を思い描く校長の心情を宮沢賢治風に書いてみる。

 大資本ニヨルグローバル化ノ嵐ニモ負ケズ、平和憲法ヲナイガシロニシヨウトスル政治ノ流レニモ負ケズ、シナヤカナ人権感覚ヲ持チ、当リ前ノ日々ノ暮ラシニ感謝シ、教育委員会ニハホメラレモセズ、眼モツケラレズ、特色ノナイ平凡ナ学校ト呼バレ、ドンナ子モ安心シテ、ノビノビト自ラ学ビ、アリノママノ自分ヲ認メ、互イヲ尊重シ合ウ、ソウイウ学校ヲ私ハツクリタイ。

 パラダイスは、きっと「ふつう」の日常の中にかくれているにちがいない。

 

 

Profile
久保 敬 くぼ・たかし 
 1961年大阪府生まれ。1985年大阪市立啓発小学校に新卒で赴任。大阪市教育センター総括指導主事を経て2016年より校長。コロナ感染拡大防止のため全面オンライン授業の実施を指示した松井一郎大阪市長に対して、2021年5月17日、学校現場が混乱しているとして「提言書」を送付する。

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