特集 2022年 最強の学校組織をつくろう VUCA時代の社会と学校
トピック教育課題
2022.05.02
特集 2022年 最強の学校組織をつくろう
第1部 VUCA時代の組織経営
VUCA時代の社会と学校
株式会社グロービスディレクター
許勢仁美
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.5 2022年1月)
予測が困難な時代に、考えておくべき変化
VUCAの時代と呼ばれて久しい。VUCAとは、1990年代後半に米国の軍事用語として発生した言葉で、次の4つの単語の頭文字をとった造語である;V(Volatility:変動性)、U(Uncertainty:不確実性)、C(Complexity:複雑性)、A(Ambiguity:曖昧性)。2010年代以降、変化が激しく先行き不透明な社会情勢を指して、国や業界を超えて広く使われるようになった。
ただし、予測困難な中にも確かなことがある。それは、我々が経験したことのないスピードで社会が変化していくことであり、なかでも影響力の大きないくつかの変化の存在である。グロービス経営大学院の教員による本誌鼎談シリーズ「キーワードで読み解くVUCA時代のリーダーとは」では、2021年4月から総論を皮切りに、5つの主要な変化を順に取り上げている(筆者が構成を担当)。テクノロジーの指数関数的な変化、米中関係といった地政学的な変化、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を前提とした経営思想の変化、組織と人との関係の変化、そして最終回には人々の価値観の変化を取り上げる予定となっている。
これらに加え、日本ならではの大きな変化を1つ加えるとすれば、人口減少だろう。歴史的に見ると、日本は三度の人口爆発期を経験している。江戸時代、幕府成立時は総人口が1200万人ほどであったが、平和な時代の恩恵をうけ約3倍となった。明治時代に入ると乳児死亡率の低下により倍増した。戦後はベビーブーム、第二次ベビーブームを経て倍増となった。そして、2004年の1億2784万人をピークに既に人口減少期に入っている。政府予測によると、現在の小中学生が経済活動の中心を担うであろう2050年には1億人を切り、人生100年時代の高齢期を迎えるであろう2100年には5千万人を切って明治時代後半の水準に戻っていく(中位推計)。この変化は千年単位でも類を見ない、極めて急激な減少である。一方、世界では人口増加が続く。2021年現在は78億人であるが、国連予測によると2050年には98億人、2100年には109億人に達する。
最強の学校組織とは、学習する組織
このような確かな変化を見据え、学校経営はどうあるべきだろうか。今回のテーマである“最強の学校組織”について、皆さんは具体的なイメージをお持ちだろうか。
英国の自然科学者チャールズ・ロバート・ダーウィンによる『種の起源』からの解釈として、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である」という言葉が紹介されることがあるが、これは人だけではなく組織についてもいえることだ。一言で表現すれば、適者生存である。強さとは適応力であり、学習力であるといえる。学習とは、ルールがある場合においては、ルールを覚えて適用・応用することであるが、変化の時代には既存のルールが通用しない、未だルールが見出されていないことも多い。自ら仮説を立てて行動して成否を判断する、その経験からルールを見出す、ルールの適用範囲・期間を見定めるといった学習行動が必要となる。
中央教育審議会の「令和の日本型学校教育」で掲げられた「学校に求められること」の6項目は、児童・生徒を対象として書かれている。これを教職員にあてはめるとどうだろう。すべてにイエスと答えられるだろうか。教職員自らが指導者としてだけでなく、一人の学習者として体現できることを目指したいものだ。
1. 自分のよさや可能性を認識する
2. あらゆる他者を価値のある存在として尊重する
3. 多様な人々と協働する
4. 様々な社会的変化を乗り越える
5. 豊かな人生を切り拓く
6. 持続可能な社会の創り手となる
最強の学校組織のスタート地点は、弱さを認め合うこと
では、いかに最強の学校組織、学習する組織を実現していくのか。実は、強さに固執することは学習する組織にはつながらない。
米国ハーバード大学教育大学院のロバート・キーガン教授らによる『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』によると、組織の中で社員が自分の欠点をさらけ出すことで、本人は失敗から学び続けることができ、そうした社員一人ひとりの成長によって、企業としても大きな飛躍を遂げる可能性があるという。本書の内容はビジネス界で検証されたことではあるが、学校組織という「職場」にも適応することが可能だ。
「弱さをさらけ出すことが大事だ」といわれても、それは誰にとっても「威厳が保てないのではないか」「信頼を失うのではないか」という恐怖心を伴う。実は、我々は日々、自分を少しでもよく見せることに一定のエネルギーを割いているのだ。そんな「第二の仕事」にエネルギーを使っているとしたら、生産性や創造性は低くなってしまい、学習の機会も逃してしまう。第二の仕事を取り除き、弱さをさらけ出すことが、成長する機会であり喜びだと思えれば、全てのエネルギーをすべき仕事に向けることができる。
こうした組織文化をつくることは容易ではなく、時間がかかるものだ。まずは学校リーダーが弱みを見せることで体現し、「誰でも弱みを見せていいのだ」という心理的安全性を組織に醸成することを試してみてほしい。
Profile
許勢仁美 こせ・めぐみ
株式会社グロービスディレクター、グロービス経営大学院教職員。東京大学教育学部卒業、INSEAD AIEP修了。外資系コンサルティング・ファーム、政府開発援助によるベトナム北部農村開発を経て、株式会社グロービス入社。ファカルティ本部において、テクノロジーとイノベーションをテーマとする研究領域を統括、教材開発や講師育成に携わる。2021年、奨学金プラットフォーム・ガクシ—(https://gaxi.jp/)を運営するスタートアップ株式会社SCHOLの社外取締役に就任。