「こども哲学」入門 [第5回]「哲学」をしてみよう(3) こども哲学の効用と評価

トピック教育課題

2022.04.11

「こども哲学」入門 [第5回]「哲学」をしてみよう(3) こども哲学の効用と評価
立教大学教授 
河野哲也

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.5 2022年1月

こども哲学の目的

 こども哲学を実施しはじめた先生方から、しばしば受ける質問が、「一つの正解のない対話にどのような意味があるのでしょうか」「哲学対話には、どういう教育的な意味があるのでしょうか」というものです。

 探究的な活動は、それが哲学的であろうとなかろうと、究極的な解答になど到達し得ないものです。例えば、物理学は「宇宙はどのようにできているか」を探究し続けている学問ですが、「あなたは宇宙の姿を捉えることができましたか」という問いに、どの物理学者がイエスと答えるでしょうか。大学受験などの試験問題に正解があるのは、探究の一部だけを切り取り、正解が出せるように設定されているからです。真理の追求にも、芸術的な美の探究と同様に、終わりなどありません。

 哲学とは、今述べた、一部を「切り取る」ことと正反対のことをしているのです。哲学対話では、一つの事実をより広い文脈や背景に置き直し、さまざまな事柄とつなぎあわせて、それまでとは別の解釈を与えます。例えば、「人工知能」という言葉があります。高度なコンピュータのことですが、それは人間と同じ知能を持つのでしょうか。そもそも「知能」とは何でしょうか。知性や理性とはどう違うのでしょうか。「人工知能」は感情を持つのでしょうか。なぜ「人工感情」は作られないのでしょうか。どんどん分からないことが増えていきます。

 哲学対話では、分かっていないことがあまりにたくさんあることが、分かります。それは、分かったつもりでいて、実は何にも分かっていない状態を超えていくことです。私たちは、ただ教えられた「知識」を受け取り、社会の慣習にただ恭順しているときには、まさしくこの、「分かったつもりで何も分かっていない」状態にあります。何かを問うことこそが、真の知性が働いている証なのです。

こども哲学の効用

 では、こども哲学にはどのような教育的効果があるのでしょうか。五つあげることができます。一つ目は、探究力、あるいは思考力です。一つのテーマを粘り強く、探究する力です。二つ目は、対話力です。これは、対話しながらテーマを掘り下げて、探究的で合理的な議論を展開する能力です。ここまではすでに話しました。さらに三つ目は、自己変革力です。対話とディベート(討論)との違いは、ディベートでは自分の立場が変わらないのに対して、他者とのやりとりを通して、それまでの自己の考えを検討し、場合によっては改めて、自分のあり方を創造的に変えていくことにあります。そして四つ目は、自分と他者をケアし、他者と共同する力です。対話によって他者を理解するのみならず、共同で真理を探究し、課題の解決を求め、相互に成長するのです。そして、それは、最終的に、社会の改善に参画する責任感ある市民を育成することにつながります。

 しかし、なぜ、哲学対話は、思考力とケアする力の両方を伸ばすことができるのでしょうか。それは、哲学対話が、現在の自分や、自分の属している集団の暗黙の前提を問い直すからです。自分の現在の習慣、慣習、考え方や感じ方の傾向について、対話の中ではその根拠や理由を問い直されます。すると、現在の自分のあり方に、実は固執する必然性はなく、それとは違う行動や考えをとっても問題のないことが分かってきます。自分の暗黙の前提を検討することによって、私たちはその前提から解放されます。いわば、深く考えることは、自分をより自由にするのです。これが、哲学対話では、思考力の発展がケアする力につながる理由です。

振り返りと評価

 こども哲学を行った場合に、以上の点に注意しながら、対話の最後に、こども自身に対話の振り返りをしてもらうことがとても大切です。

 対話が終了したら、こどもたちに、今回の対話がどうであったかを簡単に自己評価してもらいます。全体の内容についての感想を言ってもらうだけではなく、「自分は積極的に話せたか。話すのに躊躇したら、どうすればよいか」「他の人の話を聞けて、相手の考えを引き出す質問ができたか」「話し合いは噛み合っていたか」「相手の話と自分の話を関連させられたか」「途中で早すぎたり、脱線しすぎたりしたところはなかったか」といった点について、一言でいいので感想をもらいます。また、他の人の発言でよかったところ、「誰それさんの質問で話が深くなった」「誰さんの意見で、それまで停滞していた対話が進むようになった」「誰さんの話は経験に基づいていて考えやすかった」「ファシリテータの質問で話が活発になった」などを話してもらいます。こうして、対話の進め方や発言の仕方、聞き方をフィードバックしてもらうと、次回の対話はよりよいものになり、共同性の意識を構築していきます。

 哲学対話は、いろいろな科目の中に導入することができますが、教師からの評価については、いくつかのやり方があります。対話での振る舞いを評価するために、ビデオに撮って、後で、ルーブリックでそれぞれのこどもの貢献度をみる先生もいらっしゃいます。でも、これは少し手間がかかりすぎるので、学期に1回で十分でしょう。

 普段は、私は、選ばれた問いについて対話の前に自分で回答を書いてもらい、対話の後に同じ問いについて、対話で出た発言などを参照しつつもう一度書いてもらうことにしています。さらに、最初の回答と比べて、どれだけ自分の考えが進展したか、どういう変化が起こったかについて書いてもらいます。対話の前と後で、他者の意見や質問を受けて、自分の考えを検討し直していたり、他の考えについての新たな発見があったり、さらに深い問いに気が付いたりしているかを評価するのです。対話では、あくまで個人内の発展を評価するのです。他方、話すのが得意で書くのは不得意な子がいます。そうした子は、対話を音声記録しておいて、対話での発言を評価してあげるといいでしょう。

 

 

Profile
河野 哲也 こうの・てつや
 立教大学文学部・教授、博士(哲学)、慶應義塾大学。日本哲学会理事、日本学術会議連携委員。専門は、現代哲学と倫理学、近年は環境問題を扱った哲学を展開している。「こども哲学」を、未就学児から高校生まで対象として、全国の教育機関や図書館で実践している。著作『人は語り続けるとき、考えていない:対話と思考の哲学』(岩波書店、2019)、『じぶんで考え じぶんで話せる:こどもを育てる哲学レッスン・増補版』(河出書房新社、2021)など。

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