「こども哲学」入門 [第4回]「哲学」をしてみよう(2)
トピック教育課題
2022.01.26
「こども哲学」入門 [第4回]「哲学」をしてみよう(2)
立教大学教授
河野哲也
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.4 2021年11月)
大人の関わり方
前回は、こども哲学の実施の仕方について説明しました。では、その時に大人はどのように関わればいいでしょうか。大人側が気を付けるべきことは何でしょうか。こども哲学では、大人は二種類の仕方で、対話に関わることができます。
一つ目は、参加者の一人としてです。私はこれまで、さまざまな場所で、異なった世代の人たちが参加する哲学カフェを実施してきました。岩手県の図書館では、本をテーマにした対話を行い、そこには下は小学生から上は80代の年配の方まで参加していただきました。宮城県では、公民館を使って、「未来の地域」というテーマで、やはり小学生から年配の方まで一緒になって話し合いました。新潟県の美術館では、中高校生と展示作品の作者が、「なぜ人間は芸術を作るのか」というテーマについて話し合いました。大人が混じると、お子さんたちは少し身を引くものですが、ファシリテータがうまく促し、大人の側がしっかりと聞く姿勢を持つならば、時に大人だけの場合よりも深く考えさせる議論となっていきます。こうした場合には、大人は一人の参加者として素直な気持ちで、こどもをこども扱いせずに対話をすればよいのです。
二つ目は、こども同士で対話をしてもらうときのファシリテータに大人がなる場合です。哲学対話は、学校の授業をはじめとして、こどもの集まるキャンプや集会、クラブ活動などさまざまな機会を利用して行うことができます。そこでは、大人がファシリテータ役を務めることが多いでしょう。
ファシリテーションの仕方
よいファシリテーションを行うには、どうすればよいでしょう。前回申し上げたように、哲学対話においては、誰にとっても話しやすい、自由で落ち着いた雰囲気を作ることが大切です。これはファシリテータだけではなく、参加者全員に、そういう場になるように努力してもらう必要があります。このことを最初にこどもにしっかりと伝える必要があります。以下のような原則を確認してもらうことが大切です。「誰の発言でもしっかり聞く」「よく理解するために質問をし合う」「相手の発言と関連させながら、自分の発言をする」「ゆっくりと発言を待ってあげる」「できるだけ全員がついてこられるように、確認しながら話す」
哲学対話で重要なのは、その発言そのものよりも、発言の理由です。「これこれと思います」という発言をしたときには、かならず「どうしてそう思うの」と理由を尋ねることが大切です。例えば、「どうして勉強しなければならないの? 不必要な勉強もあると思う」という発言が出たら、その理由を聞いてみたいですね。でも、質問は時に非難に聞こえることがありますので、「確かに、私もそう思うことがあるよ。でも、どうしてそう思うのかな?」と相手の発言に理解を示しながら質問してみましょう。「将来の役に立たなさそうだから」とか、「全然、面白くないから」とかいった答えが出ることでしょう。そうしたら、「じゃ、逆に“将来の役”に立ちそうなものってどんなものだと思う?」とか、「全部の科目がみんなつまらないの?」と掘り下げて質問をしてみると、その子の考えがだんだんわかってきます。
そして、「“将来の役に立つ”って何だと思う? 他の人はどう思う?」と皆に意見を聞いてみるとよいでしょう。さまざまな考えが出されます。あるいは、「学校の勉強って将来の役に立つ?」という質問に手をあげてもらい、賛成反対に分けて、理由を聞いてみてもいいでしょう。元の発言をしたこどもに戻して、それぞれの意見についての感想を言ってもらってもよいでしょう。互いの発言に応答し合えるようになると、テーマについての考えが深まっていきます。
こうしたやりとりがこども同士で自然にできるようになるのが一番です。ただし、それまでに時間がかかります。そこで、大人のファシリテータの仕事は、こどもに意見を出してもらいながら、それについてどう思うかを他のこどもに発言してもらい、発言同士を賛成、反対、別の意見など関連させるようにすることです。考える時間を十分にとりましょう。一斉に考える時間をとってもよいと思います。しばらく待って、発言が出てこなくなったら、一旦、それまでの議論の流れを誰かにまとめてもらって、もう一度、最初から質問を考え直してみてもいいでしょう。それから、ファシリテータは絶対に自分の意見を言ってはいけないわけではありません。ただし、発言した場合には、「私はこう考えるんだけど、みんなどう思う?」とこどもの意見や質問を聞いてみるのが大切です。言いっぱなしはよくありません。
こういう場合にどうする?
哲学対話をしていると、「あまりうまくっていないな」と思う場面がくるものです。まず対話が最初から停滞してしまっている場合があります。そうした場合も沈黙を恐れる必要はありません。まず「この問いは答えにくいですか?」と率直に聞いてみる必要があるでしょう。何よりも問い自体が、こどもにとって面白くないものでは対話は進みませんので、問いを立て直す必要があります。
また、一部の子だけが偏って発言してばかりいると、他の子はついてこられなくなって、飽きてしまいます。できる限り多くのこどもの意見が聞けるように、発言者の子が次の発言者を指名するのもいいでしょう。話したくないことについて無理に強制することは参加意欲を削ぎますが、内気だったり、早い展開に発言する機会を失ったり、前の内容に引っかかっていたりして話さなくなっていることの方が多いのですから、発言の機会を与えてペースを変えた方がいいのです。そのためには、こどもに「みんなで対話の場を作っていきましょう」といつも繰り返して伝えておく必要があります。よい対話だなと思えるのは、やはり多くの人からいろいろな意見や質問が出た場合なのです。
Profile
河野 哲也 こうの・てつや
立教大学文学部・教授、博士(哲学)、慶應義塾大学。日本哲学会理事、日本学術会議連携委員。専門は、現代哲学と倫理学、近年は環境問題を扱った哲学を展開している。「こども哲学」を、未就学児から高校生まで対象として、全国の教育機関や図書館で実践している。著作『人は語り続けるとき、考えていない:対話と思考の哲学』(岩波書店、2019)、『じぶんで考え じぶんで話せる:こどもを育てる哲学レッスン・増補版』(河出書房新社、2021)など。