「こども哲学」入門[第3回]「哲学」をしてみよう(1)

トピック教育課題

2022.01.04

「こども哲学」入門[第3回]「哲学」をしてみよう(1)
立教大学教授 
河野哲也

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.3 2021年8月

いつ、どこで、実践するのか

 こども哲学は、実際にどうやればよいのでしょうか。まず、どこで、いつやるのかについて考えていきましょう。

 こども哲学は、対話をして考える探究の活動です。以前に書きましたように、学校で言えば、あらゆる科目の中でこども哲学を「対話」活動として取り入れることができます。こども哲学は、いま注目されている「アクティブラーニング」の一種と言えるでしょう。ホームルームや、クラブ活動でのディスカッションにも使えます。運動会や学芸会などのイベントをテーマにすることもできます。「スポーツって何だ」「運動会は何のためになるのだろう」「保護者に見てもらう意味は何か」など、保護者など大人も交えて対話してはいかがでしょうか。課外活動、図書館、キャンプ、地域活動、親子での対話など、授業外のあらゆる活動に取り入れることができます。学校の外ならば、こども同士だけでなく、大人も一緒に混じって、対話を楽しんでみてください。

 ただし、「何かを学ぶのだ」とあまり肩肘を張って対話をしないようにした方がいいでしょう。こどもにとっては遊びの中に学びがあります。遊びを工夫して、もっと面白くしたい、次はもっとうまくやりたい、人にも伝えて広げていきたいと思ったときに、遊びが学びになっていくでしょう。最初から無理矢理に、「学ぶとはこういうことだ」と決めてかかると、学びから遊びの豊かさが消えてしまいます。同様に、話し合いを面白くする工夫をしていくうちに、論理性や批判的思考が育まれてくるものです。

素材の大切さ

 当たり前のことですが、優れた対話になるためには、優れた素材が必要です。図書館でよい絵本を読み聞かせてから、「今の絵本について、みんなで話し合いたい問いを思いつくかな?」と問いかけると、たくさんの疑問を出してくれるでしょう。その中から、「みんなで考えるにはどの問いがいいかな?」と問いを絞って、じっくり話し合ってみましょう。社会科見学、美術館訪問、自然観察など、何か豊かな体験した後に、それをテーマとして問いを出してもらうのもよいでしょう。科学の実験をやってから、「今の現象を説明できる仮説を立ててみよう」とか、「どうすれば、その仮説を実証できるかな?」といった話し合いをするのもよいでしょう。その内容が、科学的か哲学的かなどはあまり気にする必要はありません。思考や対話が、テーマに沿って生き生きと進めば、それでよいのです。提示される内容が豊かであれば、それをみんなと話し合ってみたいと思うのは、ごく自然なことです。ホームルームや道徳の時間で、個人攻撃にならないように、今クラスに生じている問題を真剣に論じてもいいでしょう。これは最も身に迫るテーマのはずです。

 逆に、大人が期待している答えがあるときには、こどもはそれを見抜きます。大人に合わせくれる「大人っぽい」こどももいれば、白けてしまう正直なこどももいます。そうではなく、大人自身が、心の底から、自分も知りたい、いろいろな意見を聞きたい、考えたい、と思わなければならないのです。

話し合う態度

 では、話し合いはどのように進めればいいのでしょうか。まず、大原則は、「対話と思考の主体は共同体だ」、ということです。みんなで意見を出し合い、みんなで出された意見を検討し合います。一部の人だけが話して、他の人は黙って聞いているだけでは、「共同体が対話し、共同体が考える」とは言えません。

 ですから、哲学対話においては、誰にとっても居心地の良い、話しやすい、自由で落ち着いた雰囲気を、みんなで作っていくことが最も大切なことです。そこにいる誰もが、誰一人残さずに対話に参加してもらおうという気持ちを共有していることが、雰囲気を良いものにします。もちろん、発言の多い人、少ない人はいるでしょう。しかし普段はあまり話さない子が積極的に話してみたり、引っ込み思案の子が最後に発言して、みんなが感心したりするのが、こども哲学なのです。そうした場を作るためには、誰の発言でもしっかり聞いて、よく理解しようという態度をお互いに示し合うことです。それは人格を尊重することでもありますし、共同体に多様な観点がもたらされることにもなります。

 また、対話において大切なのは、ひとつひとつの発言を、時間をかけてじっくり吟味する態度です。ある人の意見が妥当かどうか、質問を出し合って検討します。質問で大切なのは、何よりも「なぜ、そう思うのですか」という根拠を聞く質問です。「なぜですか」という問いを繰り返し聞いてみましょう。「友達が多いのはよいことです」「なぜそう思うのですか?」「多くの人と仲良くなれるからです」「なぜ多くの人と仲良くできるといいのですか?」という具合に、根拠の根拠を尋ねて、その人が自分でも気付いていない、その人も考え方の根底を理解していくのです。

 言葉の意味や定義を明確にしていくことも哲学的なことです。「そもそも“友達”とはどういう人のことを言うのですか?」「“仲が良い”とは、どのような状態を言うのですか?」といったようにです。一般化できるか聞いてみたり(「いつでも仲良くできますか?」)、反対例を見つけてみたり(「親友はそんなに多くは持てないのではないですか?」)するのも、対話を深める質問です。バラバラに自分の意見を言うのではなく、自分の発言が、それ以前の意見や質問とどう関係しているのかを述べながら発言していくと、共同体の絆は緊密になり、探究は進みます。そうして、それぞれの意見を検討していくうちに、最初は正解に思えた考え方も怪しくなり、正解が見つからずモヤモヤしてきます。そういう状態においてこそ、思考が始まるのです。みんなが「う〜ん」と言って考え込むような状態がきたら、対話は成功です。

 

 

Profile
河野 哲也 こうの・てつや
 立教大学文学部・教授、博士(哲学)、慶應義塾大学。日本哲学会理事、日本学術会議連携委員。専門は、現代哲学と倫理学、近年は環境問題を扱った哲学を展開している。「こども哲学」を、未就学児から高校生まで対象として、全国の教育機関や図書館で実践している。著作『人は語り続けるとき、考えていない:対話と思考の哲学』(岩波書店、2019)、『じぶんで考えじぶんで話せる:こどもを育てる哲学レッスン・増補版』(河出書房新社、2021)など。

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