AI時代「教師」考 [第1回] 時代の大きな潮流の中で、「教育」を考える!

トピック教育課題

2021.09.13

時代の大きな潮流の中で、「教育」を考える!

 確かに、これからは「AI時代」になることは間違いないだろう。しかしながら、それは必ずしも「発展し続ける社会」を意味しているわけではない。

 物理学者でノーベル賞受賞者・デニス・ガボールによれば、「成長社会」はいずれ否応なく「成熟社会」に移行していく。そして彼は、「成熟社会とは、人口および物質的消費の成長はあきらめても、生活の質を成長させることはあきらめない世界であり、物質文明の高い水準にある平和なかつ人類の性質と両立しうる世界である」とした(ガボール、林訳1973)。

 現在の日本社会は、約50年前にガボールが予測したように、著しい発展は終焉を迎え「成熟社会」に入ったように思われる。しかし残念ながら、この時代はガボールが予測したように単純に「平和」と言えるような社会ではなく、むしろ最近しばしば耳にするように「VUCA」を特徴とする時代になったことを実感する。「VUCA」とは、「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=あいまい」の頭文字をつなぎ合わせた造語で、1990年代後半に米国で軍事用語として発生したものが2010年代になってビジネスの業界でも使われるようになった言葉である。これら四つの要因により、今後の社会がきわめて予測困難な状況に陥ると言うのである2

 具体的には、すでに私たちは「東日本大震災(そして、それが引き起こした津波と東京電力福島第一原子力発電所の事故)」を経験した。さらに今後、「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」が予測されている。また、地球温暖化や気象変動による様々な災害も深刻である。

 そして現在、私たちは「新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大」を経験している。一旦は収束したかに見えてもなかなか完全には収束せず、加えて変異ウイルスも拡大を始めている。

 さらに日本社会では、人口減少・少子高齢化にともなう「働き盛り」人口の減少が深刻である。これは、生産力の低下と同時に消費の縮小をもたらし景気停滞を誘発する。また、高齢者の年金、医療、介護の負担は少なくなった若者に重くのしかかることになる3

 その他にも北朝鮮問題や米中対立に代表される不安定な世界情勢などまさに今、私たちは社会における「不安定・不確実・複雑・あいまい」が拡大する時代の入口に立っている。

 そして、日々著しい発展を続けるAIが「空気のような存在」として私たちの日常生活に浸透していこうとしている。車はAIがより安全に運転してくれる。病院ではAIが画像診断などの領域で大きな能力を発揮し医師の診断・治療を助けてくれる。日々必要な生活用品は、それまでの購買履歴をAIが判断して(たとえ注文することを忘れていても)、いつものように届けてくれる。さらに、世界中で起こっている様々な問題は、AIが「ビッグデータ」として蓄積された膨大なデータを解析することにより、論理的な解決策を提案してくれる。

 このような社会はとても便利であり、学習も仕事も効果的・効率的に進めることが可能になるだろう。しかし同時に、多くの人々は「私たちが知らない間に、AIが私たちの社会すべてをコントロールしてしまうのではないか?」という不安を持ち始めている(このような状態は「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼ばれている)。

 今後「教育(教師)」には、このような「現実」に正面から向き合い多くの困難な課題を解決していくことのできる人材の育成が求められる。さてそれでは、そのような人材は、どのような「教育」によって育成されるのだろう? そして、「教師」はどのような存在にならなければならないのだろう?

 私は『AI時代「教師」考』と題したこの連載を通して、今後のAIの発展および社会への普及・浸透を具体的に予測しながら、10年後の「教育」や「教師」の在り方を検討していこうと考えている4

 

[注]
2 「VUCA」に関しては、以下のサイトに詳しい。https://jinjibu.jp/keyword/detl/830/(最終閲覧日2021年3月11日)
3 加えて、『新教育ライブラリPremier』Vol.6(ぎょうせい、2021年)でも指摘したように、若年層のスマホ依存・ゲーム依存も深刻である。この点に関しては、石川結貴氏の『スマホ廃人』(文藝春秋、2017年)が参考になる。
4 本連載とともに拙著『AI×データ時代の「教育」戦略(仮)』(今夏発刊予定)も合わせてお読みいただければ、私の主張をより深くご理解いただけると考えている。

[引用・参考文献]
・ガボール・D著、林雄二郎訳『成熟社会─新しい文明の選択』講談社、1973年
・苅谷剛彦・吉見俊哉著『大学はもう死んでいる?─トップユニバーシティーからの問題提起』集英社、2020年
・渡部信一著『鉄腕アトムと晋平君─ロボット研究の進化と自閉症児の発達─』ミネルヴァ書房、1998年
・渡部信一著『ロボット化する子どもたち─「学び」の認知科学─』大修館書店、2005年
・渡部信一著『AIに負けない「教育」』大修館書店、2018年
・渡部信一著『AI研究からわかる「プログラミング教育」成功の秘訣』大修館書店、2019年

 

 

Profile
渡部 信一 わたべ・しんいち
 1957年、仙台市生まれ。東北大学大学院教育学研究科博士課程前期修了。博士(教育学)。福岡教育大学助教授、東北大学大学院教育情報学研究部教授及び同研究部長・教育部長(5期・10年)などを経て、現在、東北大学大学院教育学研究科教授。主な著書に『鉄腕アトムと晋平君─ロボット研究の進化と自閉症児の発達─』『ロボット化する子どもたち─「学び」の認知科学─』『AIに負けない「教育」』などがある。

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