知っていますか SDGs 持続可能な開発目標の概要と今後の課題

トピック教育課題

2020.07.08

持続可能な開発目標(SDGs)が目指す「教育」目標

 SDGsの17目標の中で、本書読者に深く関連する教育を内容とするのが目標4である。表1にあるとおり、目標4には七つの具体目標があるが、そのうちの4.1から4.6は、就学前教育から初等・中等教育、高等教育や職業教育、そして社会教育や成人教育に至るまでの教育機会を誰にでも保障することが目標とされている。また、教育において、ジェンダー格差をなくし、障害者や先住民などの脆弱な立場に置かれた人々の教育アクセスを保障することも目標とされている。これらはMDGsで取り残された途上国側の課題であるだけでなく、先進国側にも共通する課題である。例えば、日本の場合、保育所の待機児童、外国人児童生徒の就学や進学、いじめや引きこもりによる不登校、医学部入試における女性差別、そして障害をもつ子供たちやLGBTの子供たちの教育機会の保障など、解決すべき問題は数多い。

 具体目標の4.7には、持続可能な社会づくりに向けて必要とされる教育が提示されている。それらは、持続可能な開発のための教育(ESD)をはじめ、人権教育やジェンダー教育、平和教育やシチズンシップ教育などであるが、地球的課題に取り組むこれらの教育は従来の日本の学校教育では十分に取り組まれてこなかったものである。こうしたいわば現代版の「新教育」の必要性が強調される背景には、教師や教科書を中心とした知識伝達型の教育だけでは、深刻な地球規模の諸問題を解決し、持続可能な社会づくりを担う力を子供たちが習得することが難しいという既存の教育に対する危機感がある。こうした時代の要請に呼応して、新しい学習指導要領では「持続可能な社会の創り手」の育成が明記され、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」が推奨されている。しかしながら、日本の既存の教育制度や学校文化を温存したままでは、教育保障の問題を解決することも、ESDなどの新しい教育が本質的な成果をあげていくことも難しいのではないか。アジェンダ2030の標題には「私たちの世界を変革する」とある。根本的な変革なしに目標4の達成は困難であるとすれば、新しい酒を古い革袋に入れることにならないように、日本の伝統的な教育制度や学校文化の在り方自体を問い直し、「私たちの教育を変革する」ことをSDGsは要請している。

持続可能な開発目標(SDGs)への取組と今後の課題

 2030アジェンダの採択を受けて、日本では様々な取組が進められている。日本政府は首相を本部長とする「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」を設置し、全省庁が参加してその推進が図られている。産業界では、経済団体連合会が2017年に「企業行動憲章」を改訂し、その中でSDGsの達成を強調したことで、大手企業の多くがSDGsへの取組を表明するほか、中小企業を含む産業界全体への浸透が期待されている。また、教育分野では、文部科学省がユネスコ・スクールを拠点にESDを普及推進しているほか、多くの大学もそれぞれの研究教育活動の中でSDGsへの取組を進めている。このようにいわば官民をあげて、SDGsへの取組が進行しているが、2030年までの目標達成に向けて多様なセクターやステークホルダーの連携や協働が必要とされていることは言うまでもない。

 しかしながら、SDGsを無批判に称揚するのではなく、これを客観的に検討する視点や思考、批判的に議論する姿勢や態度をもつことも大切である。とくに教育現場においては、そうした技量や力量を育てることが「持続可能な社会の担い手」育成にとって必要なことなのではないか。その視点や態度とは、例えば「もし2030年までにSDGsが達成されたら、世界は本当に豊かで平和な世界になるのだろうか?」、あるいは「有限な地球資源の中で持続的な経済成長が本当に可能なのか?」といった素朴な疑問をもつことである。SDGsの17目標の中に、軍備縮小に関する記述がないことに気付いている人はごくわずかであろう。なぜ、2030年までに核兵器や軍事費を削減する具体目標が明記されていないのか。

 また、国際NGOのオックスファムによれば、世界の超富裕層約2100人の資産額は、世界人口の6割に当たる46億人の資産額を上回っているという(Oxfam International,2020)。他方、SDGsの達成に向けて大きな障害になっているのは、事業実施のための予算の裏付けがないことである。2030アジェンダの策定過程では、世界の富裕層や高額所得者、そしてグローバル企業などに対する課税措置を明記することが世界のNGOから提案された。しかし、実現しなかったのはなぜだろう。オックスファムは富裕層などにわずかな課税をするだけで、教育や医療や福祉の分野に多大な事業や雇用を生み出すことができると指摘している。

 2030アジェンダがその標題で「私たちの世界を変革する」と言明しているのはなぜか。それは、既存の制度や思考の延長線上には持続可能な社会や未来が訪れないからである。SDGsは万能薬でもなければ救世主でもない。世界を変革していくために、SDGsがもつ限界や問題点を明らかにし、私たち自身がそれらを克服していくような批判的で建設的な議論や学習、持続可能な未来の実現に向けた選択や行動が私たちに求められている。


[注]
1 本稿でのアジェンダ2030や持続可能な開発目標(SDGs)の訳出に際しては、外務省が公開している仮訳を参考に一部加筆している。外務省仮訳は以下を参照されたい。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf

[参考文献]
•環境と開発に関する世界委員会『地球の未来を守るために』福武書店、1987年
•国連広報局「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2016年)、国連広報センター編集(https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030
agenda/
•Oxfam International(2020)Time to Care: Unpaid and underpaid care work and the global inequality
crisis.
•UN(2015)Transforming Our World: 2030 Agenda for Sustainable Development.

 

Profile
湯本浩之(ゆもと・ひろゆき)
宇都宮大学留学生・国際交流センター教授。在中央アフリカ共和国日本大使館在外公館派遣員、NPO法人国際協力NGOセンター事務局次長、NPO法人開発教育協会事務局長、立教大学文学部特任准教授を経て、2013年4月より現職。専門は、国際教育論、国際開発論、市民組織論。近著に『グローバル時代の「開発」を考える』(共編著、明石書店、2017年)、『SDGsと開発教育』(共編著、学文社、2016年)などがある。

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