UD思考で支援の扉を開く

小栗正幸

UD思考で支援の扉を開く 私の支援者手帳から[第11回]人間性にまつわる煩悩(4)呪縛からの決別

トピック教育課題

2020.05.03

UD思考で支援の扉を開く
私の支援者手帳から

[第11回]人間性にまつわる煩悩(4)呪縛からの決別

特別支援教育ネット代表
小栗正幸

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.11 2020年3月

 煩悩からの解放は、煩悩を肯定することによってもたらされる――。この一見、矛盾した哲学的な問いこそが、私たちが気付き、実務としての支援を行っていく上での大事な視点であると思います。

今回は、支援者が“支援の扉を開く”ために、押さえておくべき心持ちについて考えていきたいと思います。

本当かなと思う心

 支援者には「あ、こんな面白いやり方があった」といった肯定的な驚きや、新たな気付きを経験することがあります。そのことはある程度必要だとは思いますが、それでいい結果が出たからといって、そのやり方に乗ってしまいすぎることは考えものです。どんなやり方についても、「これ本当かな」と思う心をもっていなければならないと思うのです。

 疑念の心は、物事の本質を訪ねる旅には欠くことのできない相棒です。世の中が「これは正しいやり方だ」と思っているものに対しても、「本当かな」と思う心を忘れてはならないのです。たとえ、支援対象者が悲惨な状況にあったとしても、「これを悲惨だと思うのは、事態の本質を見定めているだろうか」と疑ってみることには意味があります。少々、哲学的な思考のようではありますが、この「疑念を抱く」ということは、「これがその子にとって絶対正しいアプローチだ」という煩悩から抜け出す道となります。

 もちろん、懐疑の念は大切ですが、疑うことに囚われてもいけません。それは「疑念への囚われ」という新たな煩悩となっていくからです。疑念をもちつつ、疑念に囚われない心というものが、支援者にとって大切な心のもち方になるのです。

面白いと思う驚き

 面白いと思う驚きは、煩悩からの決別問題に対する一つの答えとなります。つまりそれは、あなた(支援者)がやっていること、あるいは目の前の事象に対して、「面白い」という感性を向けられるかどうかということです。大げさに言えば、「興味深さ」や「ワクワク感」を覚えられるかということ。さらに言えば、「驚異の念」をもって、相手や事象を迎え入れることができるかということです。

 例えば、「おはようございます」と言うことを練習したところ、声が小さくて聞き取れなかったとします。支援の必要がないお相手であれば、「もう少し声を大きく」という指示で足りますが、支援が必要な人には、こうしたアドバイスではやる気をなくしかねません。

 ではどうするか。

 例えば、挨拶という行動には、それを構成する要素がたくさんあります。声を出す、相手の目を見る、相手に体を向ける、笑顔で言うなどです。いろいろな要素を見てみれば、どこかうまくいっている部分があります。そこに、支援対象者の表情、しぐさなどを発見し、面白いと感じられればしめたものです。そこで「今の顔つきはよかったね」といった肯定的フィードバックを返していくことによって、挨拶の練習はできてきます。声の大きさは、別仕立てで改めて練習をすればいいことです。

 このように、自分の成功体験などから、そのやり方にこだわったり、囚われたりせず、常に「本当かな」「このやり方でよかったのだろうか」と問うこと、そして、その疑念に囚われず、支援対象者からの反応を面白いと感じ、それをきっかけとしてアプローチしていくことによって、支援の幅も広がってくるのです。

かけがえのないもの

 「本当かなと思う心」「面白いという驚き」に続く、煩悩からの決別に向かう次のキーワードは、「かけがえのないもの」です。

 私たちは、支援対象者に対して、人間的に成長していってほしいと願いますが、あまり抽象的なアプローチはしません。そこで、できるだけ具体的なアプローチで、承認欲求を満たしたり、自己有用感を感じたりすることができるような気付きを与えていきたいと考えています。私たちのお相手には、大切なものがあまりない、という人が多いのです。そこで、少しでも、かけがえのなさという感覚をもたせていきたいものです。

 例えば、支援対象者に新しい友達ができたとか、好きな人ができたとか、いい先輩に巡り合えたといったときに、それが彼らにとってかけがえのないものであることを気付かせていくこと、あるいは、そうした出会いの可能性を高めてあげる工夫をしていくことが大事だと思います。

 また、それ以上に大事なのは、支援者が、そのように自分がやっていることに、他にはない特別な意味を認めるということです。自分がやっている支援が、その子にとっても自分にとってもかけがえのないものであるという感覚をもつことです。この感覚があってこそ、私たちは支援という営みを続けることができます。

 その意味で、「本当かなと思う心」「面白いと思う驚き」「かけがえのないもの」という三つの心のもち方からご自身の支援を見つめ直してみることをお勧めしたいと思います。

 もちろん、この三つは互いに矛盾する面ももち合わせています。しかし、一見矛盾する視点は、煩悩からの解放には必要なことと考えています。

 この連載でも指摘してきましたが、「わざと困らせている」「やる気がない」などといった支援対象者への思い込み、「毅然とした指導」「この子のために」といった指導論の囚われが、支援のミスマッチを起こすことは多いものです。

 そこで私たちには、時に的を外したアプローチとか、ユニバーサルデザインから発想した具体的な手立てを講じながら、自身の思い込みや指導観の囚われから脱却し、本当に支援対象者に合った支援を見いだしていくことが大切なのです。

 今回掲げた三つのキーワードから、これからの支援のあり方やアプローチなどについて、改めてご自身でデザインし直してみてはいかがでしょうか。

(談)

 

Profile
特別支援教育ネット代表
小栗正幸
おぐり・まさゆき
岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』(ぎょうせい)、『思春期・青年期トラブル対応ワークブック』(金剛出版)など。

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岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD 学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』など。

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