UD思考で支援の扉を開く
UD思考で支援の扉を開く 私の支援者手帳から[第7回]指導論にまつわる煩悩(3) 反省指導
トピック教育課題
2020.02.14
UD思考で支援の扉を開く
私の支援者手帳から
[第7回]指導論にまつわる煩悩(3)
反省指導
特別支援教育ネット代表
小栗正幸
(『学校教育・実践ライブラリ』Vol.7 2019年11月)
多くの支援者から「支援対象者の誤った行動をやめさせたい、そして二度と同じことをしないように反省させたい」という声を聞きます。しかし、反省させることで誤った言動の再発は止められるのでしょうか。答えは「否」です。誤った行動を止めることで反省指導の効果を求めるというのは虫が良すぎると私は思います。それは、行動を止めることと反省をさせることは別物だからです。今回はこのことを考えてみたいと思います。
メタ認知
まずは、反省指導の前提として、メタ認知について考えておく必要があります。物事に対する自分の考えは相手と共通する部分もありますが、違う部分もあります。相手を理解するためには、自分自身のことはもとより、相手の側から物事を考えることができるということです。当たり前のことですが、このように俯瞰して物事を捉えられることがメタ認知です。
叱責されることで誤った行動をやめることができる人は、相手の立場でものを見つめ直すことのできる人、つまりメタ認知ができる人です。一方、叱責されても誤った行動をやめられない人は、自分と他人の考え方の違いを理解できにくい人、つまりメタ認知が苦手な人だということです。そこで、支援対象者を叱責しようとする支援者は、従来の叱責が使える相手かどうかを見極める必要があります。もっとも、メタ認知ができる人であれば、誤った行動はとらないでしょうし、間違ったことをすれば「しまった」と思い、反省もするでしょう。私たちのお相手は、メタ認知が苦手な人たちであると認識すべきであることは言うまでもありません。
止めることと反省させること
私には、叱責に対する決定的なジレンマがあります。不適切な行動を止め、反省を求めるような二兎を追うようなことができるか、不適切な言動を変える力があるかということです。誤った言動は、いろいろな理由が積み重なって形成されます。つまり、複数の要因から構成され、多層的とも呼ぶべき課題をもったものが誤った言動となって表れていることが多いのです。しかし、支援者の方では、支援対象者に「心構え」を説くといった切り口のみで対処しようとします。それでは、一時的に誤った行動を止めることはできても、反省を促すところまでには行き着きません。逆に言えば、叱責には、誤った言動を一次的に止める効果しかないと考えるべきだと思います。
それでは叱責は誰のためにあるのでしょうか。叱責は社会通念を満たすために存在してきました。社会通念を教えるということについては、叱責は効果をもっていると言えます。ただ、それで反省までの効果を得られるお相手なら、始めから誤った行動はとらないでしょう。誤った行動をとる支援対象者は、叱責が反省にまで至らないお相手だと考えなくてはなりません。このことを考えない叱責は、支援対象者のために必要なものではなく、支援者の納得のために必要なものに過ぎないということを押さえておくべきです。
また、そもそも反省には誤った考え方や、望ましくない行動を制御する力があるかというと、「そんなものは始めからない」と思います。少々挑戦的な理論展開となってきました。このようなことを言うと批判を受けそうですが、そこに私の叱責に対するジレンマがあります。
叱責によって誤った行動を一次的に止めることはできるけれど、反省までには至らない、さらには、反省によって行動が変わることも望めないとなると、従来の対応では立ち行かないということになります。
反省の意味
反省による効果が期待できないとしたら、反省指導そのものが否定されてしまいかねません。しかし、反省指導は実は必要性が高く、意味のあるアプローチです。
そこで、叱責と反省指導のアプローチについて考えてみましょう。
叱責が自分に対する悪意によって行われていると思われては意味がありません。支援対象者が悪意を感じてしまえば、反発や自己卑下、支援者へのシャットダウンとなりかねません。支援者と支援対象者の間に、クリエイティブなやり取りが構成されることが必要です。
そのためには、前回紹介したように、授業中にどうしてもおしゃべりをしてしまう子には、その子の机にそっと手を添えてみて、おしゃべりが止まるとグッジョブサインを出してみるといったような、ポジティブな関係性を築くことで、安心して支援者とコミュニケーションができる状況が生まれてくるわけです。これも叱責の一つの形なのです。
しかし、こうした支援対象者は、今後も不適切な行動を繰り返すでしょう。不適切な行動の抑制に持続的な効果を与えるのは、叱責の役割ではありません。
ポジティブな関係性が出来てきたら、そこから約束の練習や、やるべきことを維持できる対人関係づくり(連載第2回参照)、満たすべきスキルの獲得といったことが支援の目標になります。
ここでの反省は、私たちが一般に考えるものだけでなく、望ましい行動が持続することを含みます。支援者が支援対象者とポジティブなコミュニケーションがとれる関係性を築きながら、望ましい行動が持続できるための手立てを考えていくことが大切なのです。
叱責は、一時的に誤った行動を抑制するためのもの、反省は、様々な手立てを講じて持続的に望ましい行動ができるようにしていくことです。
まずは、叱責を濫用しないこと、そして、叱責に過剰な要求を課さないこと、それだけの配慮で、叱責は効果のある即時対処法となります。そして、支援対象者との間の信頼関係を土台に、望ましい行動がいかに気持ちのよいものか、自分が認められるものであるかということを実感させながら、できるだけそれが持続していけるような工夫を行い続けていくことが支援者に求められているのです。(談)
Profile
特別支援教育ネット代表
小栗正幸
おぐり・まさゆき
岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』(ぎょうせい)、『思春期・青年期トラブル対応ワークブック』(金剛出版)など。