教育Insight

渡辺敦司

教育Insight 教科横断的スキルの指導、研修も準備も国際的に遅れ

トピック教育課題

2019.11.02

教育Insight
教科横断的スキルの指導、研修も準備も国際的に遅れ

教育ジャーナリスト 渡辺敦司

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.4 2019年8月

 経済協力開発機構(OECD)が、2018年に実施した第3回国際教員指導環境調査(TALIS)の結果を発表した。日本の教員が「世界一忙しい」実態に変わりはなく、研修を十分に受けられない状況も深刻化している。新学習指導要領の全面実施に加え、Society5.0時代に向けた課題への対応も求められる中、「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング=AL)の基盤さえ不安定であることを国際的なエビデンス(客観的な証拠)で示したものと言えそうだ。

「世界一忙しい」をどう見るか

 TALISは08年以来5年ごとに行っているもので、日本は前回(13年)から参加している。コア調査は前期中等教育段階(日本では中学校)の校長と教員が対象で、今回は前回より10か国(地域を含む、以下同じ)多い48か国が参加した。オプション調査として初等教育段階(同小学校)と後期中等教育段階(同高校)も実施されたが、日本が初参加した初等教育は15か国にとどまったため平均値は出されていない。日本不参加の後期中等教育は11か国。

 以下、コア調査の結果を見ていくと、1週間当たりの仕事時間は前回に比べ2.1時間増の56.0時間となっており、引き続き参加国(平均38.3時間)の中で最長。このうち授業に充てる時間は18.0時間と0.3時間増えたものの、参加国平均の20.3時間には及ばない。

 ただ、知育(教科等)を中心とする諸外国の「スクール」に対して、徳育(道徳・特別活動等)や体育(部活動等)も行うのが日本型教育の「学校」の特徴であり、それを教員が一体的に行う指導形態が「国際的にも高く評価され、効果を上げてきた」(文部科学省)面があるのも確かで、OECDがその代表格だ。

 TALISについて日本の記者向けに映像中継で会見したアンドレアス・シュライヒャー教育スキル局長も、日本の教員の労働時間が長いのは社会全体に共通する課題であり、部活動などに多くの時間を割いているのも、それだけ生徒に接する時間が長いということであって「強みでもあり弱みでもある」との見方を改めて示した。

自己効力感の数値にも注意

 教員の自己効力感を尋ねた項目では、学級経営に関して「生徒を教室のきまりに従わせる」「学級内の秩序を乱す行動を抑える」「自分が生徒にどのような態度・行動を示しているか明確に示す」「秩序を乱す、又は騒々しい生徒を落ち着かせる」がいずれも60%前後。参加国平均(80~90%台)に比べれば低いものの、謙虚な自己評価という文化的背景も差し引く必要があり、良好な結果だとシュライヒャー局長は見る。指導に関して「生徒がわからない時には、別の説明の仕方を工夫する」は、学級経営に関する項目を上回る62.3%。

 これらに比べれば、「生徒が学習の価値を見いだせるよう手助けする」(33.9%)や「勉強にあまり関心を示さない生徒に動機付けをする」(30.6%)、「生徒の批判的思考を促す」(24.5%)、「生徒に勉強ができると自信を持たせる」(24.1%)は低い。

 「デジタル技術の利用によって生徒の学習を支援する(例:コンピュータ、タブレット、電子黒板)」も35.0%にとどまる。参加国平均は66.7%。新指導要領でも人工知能(AI)時代に備えて小学校からプログラミング教育を強化し、各教科等の学習でもICT(情報通信技術)機器の“普段使い”が求められる中、これも心配な数値と言えそうだ。

ALが過熱する割には

 新教育課程の実施にとって最も懸念される結果は、「主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善やICT活用の取組等が十分でない」(文科省発表資料)ことだ。前回のTALIS発表時にも文科省は「主体的な学びを引き出すことに対しての自信が低く、ICTの活用を含め多様な指導実践の実施割合は低い」としていたが、新指導要領告示の前からALが盛り上がっていた割にはこの間、授業改善が進んでいなかったことをうかがわせる。

 具体的には、頻繁に行っている指導実践として「生徒を少人数のグループに分け、問題や課題に対する合同の解決法を提出させる」が44.4%(参加国平均52.7%)、「新しい知識が役立つことを示すため、日常生活や仕事での問題を引き合いに出す」が53.9%(同76.7%)、「生徒に課題や学級での活動にICTを活用させる」が17.9%(同51.3%)、「明らかな解決法が存在しない課題を提示する」が16.1%(同37.5%)にとどまっている。

 とりわけ「教科横断的なスキルの指導(例:創造性、批判的思考、問題解決)」に関して、正規教育や研修に含まれていたと答えた教員の割合は53.7%(同69.3%)、指導に当たって「準備できている」「十分準備できている」と答えた割合は19.6%(同55.9%)と、いずれも低い。OECD加盟国平均の各65.1%、49.2%と比べても、国際的な見劣りは否めない。これまで総合的な学習の時間の実施を高く評価してきたシュライヒャー局長も会見で、この数値の低さを問題視した。

 職能開発へのニーズは「担当教科等の分野の指導法に関する能力」63.5%(同12.8%)、「担当教科等の分野に関する知識と理解」59.2%(同11.8%)、「特別な支援を要する生徒への指導」45.7%(同23.9%)、「個に応じた学習手法」45.6%(同15.1%)、「生徒の行動と学級経営」43.2%(同14.3%)、「児童生徒の評価方法」43.2%(同14.3%)、「指導用のICT技能」39.0%(同20.0%)といずれも平均より高いが、前回と比べてもニーズが高まっている。

 一方、職能開発に参加する障壁を聞くと、「日程が自分の仕事のスケジュールと合わない」が87.0%(同52.5%)、「家庭でやらなくてはならないことがあるため、時間が割けない」が67.1%(同37.6%)、「雇用者からの支援が不足している」が57.3%(同32.4%)など、高いニーズに応える体制はいまだにできていない。

 中央教育審議会での「教育課程、教員免許、教職員配置の一体的検討」(文科省発表資料)でも、こうしたデータを正面から受け止め、有効な対策を講じることが求められよう。その際、OECDの発表資料にある「政府は教師と校長を信頼し…必要な自治権を与えるべきである」というシュライヒャー局長のコメントにも、耳を傾けたい。

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