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UD思考で支援の扉を開く

小栗正幸

UD思考で支援の扉を開く 私の支援者手帳から[第5回]指導論にまつわる煩悩(1) 自己理解への支援

NEWトピック教育課題

2019.12.26

UD思考で支援の扉を開く
私の支援者手帳から

[5]指導論にまつわる煩悩(1)
自己理解への支援

特別支援教育ネット代表
小栗正幸

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.5 2019年9月

 支援が必要な子どもたちに対する指導目標の根幹は「自分のことをわかるようにする」ということです。しかし、自分のことをわかるようにさせるアプローチには、首をかしげるようなものも少なくありません。良かれと思ったアプローチでも、自分の悪いところを確認させてしまうことがあります。それでは、適切な支援とは言えません。今回は、現場で日常的に行われている支援のミスマッチの実際をもとに、どのようなアプローチが自己理解を促していけるのかについて考えてみたいと思います。

奇怪な質問

 自分のことがわかるというのは、自分自身の良いところ、悪いところが見えるということです。つまり、メタ認知ができるということです。しかし、私の経験で言うと、支援者からは、たびたび奇怪と思える質問を受けることがあります。それは、「自分の短所(欠点)にどうやって気付かせたらよいでしょう」というものです。なぜ奇怪かというと、誰しも自分の短所を突き付けられたくないわけです。自分の短所を見つめることに快感を覚える人がいたとしたら、その人はマゾヒストでしょう。ですから、まず短所をわからせようというアプローチは、私たちのお相手を追い込むことになるということに気付いてほしいと思います。

良いところ探し

 同じように、「良いところ探し」も罪つくりです。支援が必要でない人には有効であるかもしれませんが、支援が必要な人には、つらいものになります。

 概念というものは対になっていて、良いところと悪いところを両方認知することで成立します。つまり、良いところ探しをすると、自分の悪いところもオーバーラップしてしまうわけです。僕らのお相手は、良いところにも反応してくれますが、同時に悪いところにも気が付いてしまい、「やっぱり自分はダメだ」と思い込んだりします。ですから、「良いところ探し」は気を付けないと危険なのです。このように、「自分をわかるようにさせる」指導というのは、一筋縄ではいかないものなのです。

パラドックス

 実際に、この対概念のところで、私たちのお相手はつまずくことが多いです。例えば、自分ができていないこと(欠点)で他者批判をすることがあります。自己中心的な人が他人の自己中心性を批判するというのはよくあることです。自分のことがわかっていないので、相手に対して怒ってしまうわけですが、そこで、「自分のことがわかっているのか」ということから指導をすると、そこで支援はストップしてしまうのです。このようなケースでは、彼らは、他人の自己中心的な振る舞いを嫌だと思う自分と、自己中心的な自分が両方存在しています。支援を必要としている子どもたちには、このような自己矛盾やパラドックスを抱えていることがとても多いのです。しかし、それを指摘しても適切な支援には結び付きません。「あなたはここがわかっていないから」と欠点や直すべき点を諭したりする指導が有効なのは、支援がいらない人たちに対してです。支援が必要な子どもたちに自分のことをわかるようにしていくためには、矯正的なアプローチでは効果はありません。ひと回り余分な手間が必要です。

ひと手間を惜しまずに

 そこで、どのようなひと手間が必要かというと、実は全然自分のことがわかっていなくても、わかる自分を少しずつ自覚させていくというアプローチがあります。

 例えば、他者批判をする子どもに対して、「自己中心的な行動がみんなの迷惑になっていることがよくわかっているあなたはすごい」と言ってあげます。そのような指導を継続していくと、悪いことを悪いとわかっている自分がいるということによって、自らの行動が改まっていきます。ポジティブな考えで、自分の欠点を自ずと自分で改めていくことになっていくわけです。

 また、このような支援をしていくときに、個別指導だけではよくありません。特別なカウンセリングルームのようなところで指導をしても、それが回りの人たちの中で効果をもたなければ意味がないのです。そこで、適宜、比較的小さな集団、学級で言えば班くらいのコンパクトな集団の中で、話し合いをさせてみるということをした方がよいでしょう。自分で気付いて、変えてみようということが実践できる場を提供するということが大切です。

 まだるっこしくて手のかかる支援かもしれませんが、欠点を正すのではなく、それを逆手にとって、分かっている自分が自分自身を改めていくというアプローチに変えていくこと、そして自ら変えていこうとすることを実践できるような場をつくることが、対象となる子どもたちにとって適切な支援になっていきます。

あるがまま

 さらに、私たちのお相手には、因果論的な方法で接するのは避けた方がよいと思います。なぜこうなったのかといったことを問題にしてもあまり良いことは出てきません。過去のことを話させて気分がスッキリするならよいのですが、大抵は、過去の嫌なことを引きずったりしているので、嫌なことをフラッシュバックさせるだけということになります。支援者の方では、カンファレンスのときなどに、なぜこの子がこうなったのかということを掘り下げていく場面が多いのです。支援を学問として捉えるならば因果論から行動を分析していくことを行ってもよいでしょう。しかし、我々実務家は因果論を問題にはしません。彼らは大抵、そのときの気分で行動してしまうことが多いのです。ですから、実務の立場としては、原因論から対応策を考えていくのでなく、今の自分をより良くしていく視点からアプローチを考えていくべきだと思うのです。

 つまり、「自分のことをわかるようにする」というのは、ありのままの今の自分を、どのように肯定的にわからせるか、さらに、そこからどのように自分を変えていく道筋をつけていけるかが大事だということなのですね。()

 

 

Profile
特別支援教育ネット代表
小栗正幸
おぐり・まさゆき
岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』(ぎょうせい)、『思春期・青年期トラブル対応ワークブック』(金剛出版)など。

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岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD 学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』など。

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