UD思考で支援の扉を開く
UD思考で支援の扉を開く 私の支援者手帳から 第1回 支援者の“煩悩”が起こすミスマッチ
トピック教育課題
2019.08.21
UD思考で支援の扉を開く
私の支援者手帳から 第1回
この連載では、支援者の“煩悩”ということを考えていきたいと思っています。
ご存知のように煩悩とは仏教の教義で、一般的に修行を邪魔する欲望やこだわりをいいますが、我々は、「子煩悩」などというように、日常的に「煩悩」という言葉を使っています。この連載では、このように煩悩を日常的な視点からとらえながら、支援者が陥る“煩悩”を取り上げ、支援を必要とする子供や青年たちに適切なアプローチができるための視点や手立てを提案していきたいと思っています。
支援者の“煩悩”とは
生徒指導や特別支援の現場で、対象となる子供への支援に携わっている人たち(支援者)には、ある種のこだわりがみられることがあります。対象者に対して、①やる気がない、②わざとやっている、③反省させたい、④厳しい指導が必要、といった思いがあったり、一方で、その子への思いから「この子は愛情に恵まれていない」などといったように、支援に関してのこだわりや決めつけがあったりします。
ところが、支援者を支援してきた実務家の立場からいうと、それらは、その子のためにしているように見えて、実は自分の納得のためであったりすることが多いのです。そのために、支援がうまくいかず、支援者自身が苦しんでしまうこともあります。困っている子への支援をしているつもりでも、実は困っているのは支援者自身だった、ということはよくあることです。
このように、支援者のこだわりなどによって、適切な支援の邪魔をするものを、この連載では“煩悩”と呼ぶことにしたいと思います。
さて、今述べたいくつかの煩悩は、必ずしも間違っているとはいえませんが、大事なのはあくまで支援対象者です。支援対象者にとって本当に必要な支援とは何かを考えなければ支援は成立しません。支援者は、煩悩から“解脱”する必要があるのです。
その道筋を毎回のテーマの中でお話ししていきますが、ここでは、その一例を挙げてみましょう。
支援のミスマッチが起こるとき
例えば、「この子は約束を守ってくれない」という煩悩があったとします。
私たちは、約束というものは守って当然という前提をもっています。だから、何とか守らせようとしますし、守らせることが支援だと思っています。しかし、支援の現場では、この指導は非常に不思議なものなのです。というのは、約束をすると、その約束事項にかかわる人間関係はいったん途絶えてしまいます。いったん約束をするとその結果までの間は放っておかれてしまうんですね。つまり、約束を守ったか守れなかったかという結果が出るまでのプロセスがないのです。約束には練習がありません。何事も練習をせずにできることなどはありません。しかし、約束の指導の中には、それがないのです。それはとても不思議なことなのですが、そこに疑問を持つ人は少ないですね。約束というのは人間関係の中で成り立っているコミュニケーションそのものであり、それは訓練を必要とします。約束を守れない子にこそ支援が必要なのです。ですから、支援者側には約束の与え方を工夫することが必要ですし、約束を守るまでのプロセスを作っていくことが大事なのです。しかし、支援者の方では、「この子は約束を守らない」と決めつけ、それが支援者自身の悩みとなってしまうことになります。こうした煩悩が適切な手立てを講じることを妨げてしまうのです。
私たちは、対象者の支援に際し、問題の背景や因果関係などを文脈的にとらえることを学習してきました。特定の行動にはそれなりの意味があると思ってきたわけです。それがアカデミックな世界では精神分析学や行動分析学となって、それらに依りながら支援をしてきました。それは否定しませんが、支援が必要な人たちは現象学的に起こることも多いのです。
例えば、不登校の対応については、その子をめぐる環境や不登校となったきっかけなどを分析し、そこから対応策を求めようとします。いじめなど、不登校のきっかけとなったことが解消されれば不登校も終わるはずと考えてしまいます。
しかし、きっかけになった出来事を解消しても不登校が続いてしまうということがあります。そこで、さらに分析的に問題をとらえることにこだわり、何とか対応しようとしてもうまくいかない、そこで支援者が悩んだりつまずいたりしてしまいます。「こうすべき」「どうしようもない」という煩悩が、不登校の本当の原因を見誤ってしまうのです。こうした現場をつぶさにみていくと、不登校の子は、実は、もともと「友達と仲良くしなければいけない」という有形無形のプレッシャーがあって、それが自分を取り巻く環境やきっかけによって不登校となっていたという例が見られます。
不登校が解消しない原因には、社会的要因のほかに、支援者の見立ての問題があります。自らのこだわりによって、そのおおもとの原因にたどり着けないということがあるのです。ここにも、煩悩によって適切な支援が妨げられてしまうということが起きます。
さらに、支援者が見立てたことは対象者もそのように思い込みがちですが、煩悩から発したリアクションでは問題は解決しません。煩悩から解脱して、本当に対象者に必要な支援を行わなければなりません。
ユニバーサルデザインを支援の基本に
そこで、支援者には、様々な問題に対して、狭い視野で対応をしようとするのではなく、広い視点で問題に向き合う必要があります。それがユニバーサルデザインです。ユニバーサルデザインは、今、学校現場では教科などの学習に盛んに取り入れられるようになりましたが、生徒指導、教育相談にもユニバーサルデザインの視点はとても必要なことだと思っています。障害の有無や、問題のある子ない子に関わらず、すべての子供に届く指導や支援が必要になってきています。これをベースにして、具体的なお話を進めていきたいと思っています。
学校の教師や施設の職員が支援対象者に困っている事象をじっくりと見つめ直してみると、そこには教師や職員の「こだわり」の結果としか思われない事例が増えてきました。
そこで、こうした支援者の煩悩を様々な角度から取り上げ、ユニバーサルデザインの視点から、本当に必要な支援を、この連載を通して考えていきたいと思います。(談)
Profile
小栗正幸
特別支援教育ネット代表
おぐり・まさゆき 岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD 学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』(ぎょうせい)、『思春期・青年期トラブル対応ワークブック』(金剛出版)など。