共生社会の実現に向けた特別支援教育の新展開
トピック教育課題
2019.07.30
共生社会の実現に向けた特別支援教育の新展開
新たな展開の時期に入った
特別支援教育は、2001年の助走から始まり、制度改正などを経て2016年の今日に至っている。産声から15年が過ぎて新たなステージに入った。そのキーワードは、共生社会、国連障害者権利条約、障害者差別解消法、インクルーシブ教育システムの構築の4点である。
2015年8月の中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理」で、「インクルーシブ教育システムの理念を踏まえ、子供たちの自立と社会参加を一層推進していくため、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある『多様な学びの場』において、子供たちの十分な学びを確保していく必要があり、一人一人の子供の障害の状態や発達の段階に応じた指導を一層充実させていく必要がある」と示され、次期学習指導要領の検討が進められている。
さらに、広く教育全般における動向も見逃せない。例えば、「チーム学校」の議論や、2016年4月から義務教育学校の制度の誕生。さらに、2016年5月には、中央教育審議会の教育振興基本計画部会で次期計画の議論が始まり、2030年を見越した教育の在り方と、根拠に基づいた教育政策の在り方(Evidence-based Education Policy)が論点として挙がった。
障害者差別解消法の施行
国連の障害者権利条約の批准を巡って、様々な準備が行われた。障害による差別の禁止と、合理的配慮の不提供の禁止を謳った、障害者差別解消法の成立もその一つであり、2016年4月に施行された。内閣府が構築した、合理的配慮に関するデータベース「合理的配慮サーチ」の教育分野では、様々な障害・年齢・学校種別による合理的配慮の提供に関する事例を集めたデータベースが稼動している(国立特別支援教育総合研究所)。また、合理的配慮の提供に当たっては本人による「意思の表明」が基本と示されていることから、今後、「意思の表明」に関する実践や研究が進むことが期待される。
インクルーシブ教育システム構築
国連の障害者権利条約では、インクルーシブ教育について記載され、既に中央教育審議会では特別支援教育のさらなる充実発展にはインクルーシブ教育システム構築が必要とされ、障害のある子とない子が共に学ぶことを基本とし、どの子も十分な教育が受けられることが大切である。
合理的配慮は、「障害のある子どもが、他の子どもと平等に教育を受ける権利を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり、障害のある子どもに対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるもの」であり、「学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」とされている。
さらに、連続的で多様な学びの場の構築も示されたが、小中学校とは異なり高等学校には特別支援学級も通級による指導も制度がないことや、小中学校においても自治体によっては特別支援学級の設置や通級による指導に大きな地域間格差があるなど、連続的で多様な学びの場の構築は道半ばである。
発達障害者支援法の改正
発達障害者支援法第2条では、改正後に
「2 この法律において「発達障害者」とは、発達障害がある者であって発達障害及び社会的障壁により日常生活又は社会生活に制限を受ける者をいい、「発達障害児」とは、発達障害者のうち18歳未満のものをいう。
3 この法律において「社会的障壁」とは、発達障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。」
となった。さらに第8条では、「個別の指導計画」や「個別の教育支援計画」の作成の推進が明記された。
根拠に基づいた教育や教育政策
共生社会(内閣府)の実現に向けた特別支援教育の新たな展開においては、根拠に基づいた教育や教育政策が重要である。2016年5月、伊勢志摩サミットの際に再開された、G7教育大臣会議が示した倉敷宣言では、Evidence-based Education Policy(根拠に基づいた教育政策)の推進が明記され、同じ5月、中央教育審議会の教育振興基本計画部会においても主要検討事項に掲げられた。さらに、国連の障害者権利条約では、第31条の統計及び資料において、データの収集や活用の重要性が明記された。今後、共生社会の実現に向けた特別支援教育の新たな展開においても欠かせない視点の一つであろう。
[参考文献]
柘植雅義著『特別支援教育―多様なニーズへの挑戦―』中公新書(中央公論新社)、2013年柘植雅義・葉養正明・加治佐哲也監訳『エビデンスに基づく教育政策』勁草書房、2013年柘植雅義・緒方明子・佐藤克敏監訳『アメリカにおけるIEP(個別の教育プログラム)―障害のある子ども・親・学校・行政をつなぐツール』中央法規、2012年
Profile
柘植雅義
つげ・まさよし 筑波大学教授(人間系 知的・発達・行動障害学分野)。筑波大学より博士(教育学)。専門は、特別支援教育学。国立特殊教育総合研究所研究室長、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)客員研究員、文部科学省特別支援教育調査官、兵庫教育大学教授、国立特別支援教育総合研究所上席総括研究員/教育情報部長/発達障害教育情報センター長を経て、現職。内閣府の障害者政策委員会委員、中教審の教育振興基本計画部会委員。