『学校教育・実践ライブラリ』Vol.4 2019年7月配本 新学習指導要領の全面実施のタイミングは教師が成長するチャンス 山形大学教授 野口 徹
学校マネジメント
2019.07.31
『学校教育・実践ライブラリ』Vol.4 2019年7月配本 【論考】新学習指導要領の全面実施のタイミングは教師が成長するチャンス
若い教師の気になる姿
子供の通う様々な教育施設を訪問する機会が多い。それは0歳児のいるこども園・保育所から、間もなく選挙権を得ようとしている生徒がいる高校までである。その年齢差を考えても我ながら幅の広さに驚いたりしている。どの園や学校を訪問していても、子供がそこで生活している雰囲気が漂っているだけでなんとも楽しい気分になってくる。小学校であれば、休み時間などに校門をくぐり抜けると元気な子供の声が響いている。もうこれだけでうっとりしてしまう。もっとも子供の側からすると、見たこともないおじさんの登場、である。そんな人に興味をもって話しかけてくる子もいれば、一瞥をくれるだけで無視という子もいる。しかし全く問題ない。これらの教育施設では彼らが「主役」である。彼らが生活する場なのである。自らの判断に沿って伸び伸びと過ごすのは道理である。
こんな子供が主役たる場で、それに相応しいと思えない教師の所作に驚かされることがある。とりわけ若い教師の姿に感じる場合が多い。それは子供にやたら居丈高な態度で接している姿である。
例えば、授業中。子供に対して発する言葉は概して丁寧なのだが、「〇〇をしなさい」「これを□分間でやりなさい」「わかった人は手を挙げなさい」「顔を上げなさい」など、命令じみた口調がかなりの頻度で繰り出される。子供からの問いかけなどは微塵も許さないかのような雰囲気を醸し出している。他教室などへ移動する、集団での行動でも同様の指示が出されることがある。「静かに並びなさい」「小さく前へならえ」「前を見て歩きなさい」などなど。当然のことながら、これらを浴びている子供の表情は一様に曇りがちで身体が固まってしまっている。それこそ思考自体も止まってしまっているかのように感じられる。
ところが、こういった若い教師の「管理的」な取組が、絶えず作用するわけでもない。別の若い教師の教室の子供は、どこか落ち着かず小刻みに身体が動いていたりする。小声でおしゃべりをしていたりする様子も見られる。若い教師も苦悶の表情が浮かんでいる。それでも、やはり厳しい口調で指示を繰り返す。意識がすれ違ってしまっている。校長から「あのクラスは落ち着かないので最近教頭が一緒にいるようにしています」などと告げられたりする場合もある。うまくいかない状況が常態化していて周囲を巻き込んでしまっているのである。そして、このような若い教師が職員室に戻ると、「うちのクラスの子供はレベルが低いから」などと誰に聞かせるでもないつぶやきを発していたりする。
若い教師を見ていると、これらのような状態が結構な比率で発生している。彼らはどうも「厳しさ」の漂う立ち居振る舞いを意図的に選択している。むしろ子供をその状態に押し込むことが優れた教師、と考えている向きがある。つまり、自分が指導している時間には、子供に休み時間のような主体的な判断、そこからの伸び伸びとした行動などが入り込んでこないように警戒しているかのように。もちろん、無秩序になることは問題であるが、子供が自由闊達に自らの思考を広げる可能性を最初から制限しているようなのである。
来年の春から小学校で全面実施になる学習指導要領に謳われているのは「主体的・対話的で深い学び」である。子供が主語となるこのような充実した学習を各教室で満たすことを示したものである。若い教師が思考を押しとどめる授業を基本に置いているのであれば、これらに対応することは困難であろう。彼らは新しい学習指導要領の内容についての情報を適切に収集して考えることは行っていないのだろうか。
また、若い教師は、大学時代の教職課程の授業において「教育学」の基本として子供が教育施設の中で「主役」であることを学んだのはすっかり忘れてしまったのか。これらの思想はあくまでも「理想」であって、現実の実践と結び付けていくのは無理、とでも思っているのか。
若いから、ということもあるだろうが、これらの状態を肯定する理由には当然ながらならない。どこかのタイミングで仕切り直して、あるべき教師像を志向する必要がある。
これからの教師に求められる「力」
2015年12月の中央教育審議会答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について~学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて~」では、「これからの時代の教員に求められる資質能力」を次のように示している。
○これまで教員として不易とされてきた資質能力に加え、自律的に学ぶ姿勢を持ち、時代の変化や自らのキャリアステージに応じて求められる資質能力を生涯にわたって高めていくことのできる力や、情報を適切に収集し、選択し、活用する能力や知識を有機的に結びつけ構造化する力。
○アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善、道徳教育の充実、小学校における外国語教育の早期化・教科化、ICTの活用、発達障害を含む特別な支援を必要とする児童生徒等への対応などの新たな課題に対応できる力量。
○「チーム学校」の考えの下、多様な専門性を持つ人材と効果的に連携・分担し、組織的・協働的に諸課題の解決に取り組む力。
これらをまとめるならば次のようになるであろう。
①自律的に学ぶ姿勢。自らの資質能力を生涯にわたって高める力。情報を適切に収集し、選択し、活用する力。知識を有機的に結びつけ構造化する力
②新たな課題に対応できる力
③組織的・協働的に諸課題の解決に取り組む力
時代の「流行」に反応する力(②)や組織として取り組む力(③)などはいいとして、①については前記した若い教師に欠けている「力」そのものであるように感じられて仕方ない。若いのであれば「自律的に学ぶ姿勢」こそ必須のことであろう。新しい学習指導要領等の情報を適切に収集して仕事に活用する力も当然のこと。「教育学」の知識と子供の姿を有機的に結び付けてあるべき授業を構築することを希求するのが教師の姿そのものであるのに。
このように考えたときに、この答申に示された「力」がこれからの若い教師に求められているのは決して絵空事の理想なのではなく、まさに喫緊の課題なのである。