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解決!ライブラちゃんのこれって常識?学校のあれこれ

岩瀨 正司

解決!ライブラちゃんのこれって常識? 学校のあれこれ 修学旅行ってなぜやるの?[前編]

NEWトピック教育課題

2020.03.27

解決!ライブラちゃんの
これって常識? 学校のあれこれ

修学旅行ってなぜやるの?[前編]

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.9 2020年1月

11月から12月にかけて、ライブラちゃんは、東京駅や浅草、ディズニーリゾートのある舞浜駅などでたくさんの修学旅行生を見ました。そこでは生徒たちが何か調べ物をしていたり、ガイドブックを持ち寄って相談している光景に出くわしました。お母さんに聞くと「私たちの頃は、全員一緒に移動していたわ」とのこと。だと、あれも修学旅行?って、そもそも修学旅行ってなぜやるの? ライブラちゃんの疑問は広がります。そこで、公益財団法人全国修学旅行研究協会の岩瀨正司先生を訪ね、修学旅行のあれこれについてお話を聞くことにしました。

修学旅行のはじまり

――初めて修学旅行をしたのはどこ?

 諸説ありますが、一般には明治19年に東京師範学校(現・筑波大学)の「長途遠足」が始まりと言われています。師範学校には頭だけでなく体の鍛錬も必要ということから、軍隊式の教練の形で行われました。学校があるお茶の水から千葉県の銚子まで、宿坊や野営などをしながらの10泊11日の“行軍”で、鉄砲を担いで歩いたという記録が残っています。当時の時代背景もありましたが、あくまで学校としては、教育活動ということで、自然観察や動植物採集など学習の一貫として位置付けられていたようです。

 これが、かなり学習効果があるということから、修学旅行は瞬く間に全国の旧制中学や尋常小学校に広がっていきました。明治20年には「修学旅行」という名称も法制化されています。そして、各学校でそれぞれの地域の特色に応じた宿泊行事が行われ、現在の修学旅行の原型となっていきました。

 例えば、諏訪の高等小学校では1泊2日の諏訪湖一周の宿泊行事をしたという記録もあります。

 ただ、修学旅行も時代の影響を受けます。軍国主義の傾向が強まった明治の後半には、軍隊が生徒を戦艦に乗せて東京から伊勢神宮まで辿るといったものもありました。第2次世界大戦の前になると、修学旅行の禁止令も出されましたが、その中でも、神社仏閣をめぐる宿泊行事も行われていますし、東京府立第二高等女学校(現・都立竹早高校)では、12泊13日で朝鮮半島まで出かけ、日清・日露戦争の戦跡を巡るという修学旅行が行われています。

 戦時中はさすがに全国の学校で修学旅行は中断されましたが、終戦後まもなく復活します。

安全性求め専用列車・専用船が登場

 ただ、当時は物資も不足していたし、食糧事情もよくありませんでした。何より事故も多かったのです。昭和30年に宇高連絡船紫雲丸が沈没し、修学旅行中の児童生徒109人が死亡するという大惨事が起きました。さらに、各地でバスや鉄道事故も相次ぎ、修学旅行の安全性が強く求められるようになっていきます。私たち全国修学旅行研究協会は、そうした背景を受けて結成されました。私たちの活動を含む教育界が、修学旅行の教育性・安全性・経済性を求めた運動は、やがて、修学旅行専用の列車や船舶として結実します。専用列車では、昭和29年に和歌山県で運行が開始すると、昭和34年に東京発の「ひので号」、大阪発の「きぼう号」が運行、そして昭和35年の東海「こまどり号」、昭和37年の近畿・東海児童用「あおぞら号」などと続き、専用船も、昭和37年に近畿地区高校専用船「わかば丸」が神戸・別府間で就航するなど、修学旅行の安全性を求めた教育界の運動は、専用列車・専用船の登場といった成果を生んだわけです。

 それは現在、新幹線利用として受け継がれています。さらには、航空機の利用によって行く先の幅も広がり、海外への修学旅行も増えてきました。私たちの調査では、平成30年度には900校を超える高校が海外修学旅行を実施しています。

「団体統一見学型」から「小集団多様行動型」へ

――修学旅行はどう変わってきているのですか?

 昭和の時代までの修学旅行は、学級単位・学年単位で皆同じ所に行って、同じ旅館に泊まり、同じものを食べるといった形が一般的でした。旅行の内容も、学校で習ったものを実地で見てくるといった、実物教育といったものでしたね。

 しかし、平成になって学習指導要領が体験活動や個に応じた指導を求めるようになってくると、修学旅行も様変わりを見せてきます。見学型から体験型、大集団から小集団といったように、いわば「団体統一見学型」から「小集団多様行動型」へと変化していくわけです。グループごとに課題を設定し、ある程度の自由度をもって行動するといった活動的な修学旅行が生まれてきました。

 そうした中、修学旅行にも子どもたちの感性が求められるようになってきました。このことについては、次回、お話ししたいと思います。

 

Profile
岩瀨 正司 先生
昭和25年生まれ。東京都の公立中学校で社会科教師として教職をスタート。平成21年に全日本中学校長会長、(公財)日本中学校体育連盟会長、中央教育審議会臨時委員を歴任。24年より(公財)全国修学旅行研究協会理事長。

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