UD思考で支援の扉を開く
UD思考で支援の扉を開く 私の支援者手帳から[第8回] 人間性にまつわる煩悩(1) この子のために
トピック教育課題
2020.03.12
UD思考で支援の扉を開く
私の支援者手帳から
[第8回] 人間性にまつわる煩悩(1)
この子のために
特別支援教育ネット代表
小栗正幸
(『学校教育・実践ライブラリ』Vol.8 2019年12月)
「この子のために」というのは多くの支援者が思うことであり、そのために様々な困った局面に対し、立ち往生してしまったり、支援対象者を攻撃してしまうこともあるということは、この連載の中で、たびたび指摘してきました。今回からは、人間性を切り口に、支援者のための「困っている」ことへの“取扱い説明書”をお話ししてみたいと思います。
困りの主体
人間性というものは、当然に万人に必要なものですが、支援の場で論じるときには、まず、支援者の人間性というものを考えなくてはなりません。「困っている」ことの多くは、支援対象者が困っているのではなく、実は支援者が困っているということが多いのです。同様に、「この子のために」と思ったときに、支援対象者の人間性を考えがちですが、実は、支援者のそれを大切に考えて、私たちのお相手に適切な支援を講じていかなければならないわけです。
必要性と必然性
私たちは褒めて子どもを育てるという煩悩を受けやすいものです。褒めるということは絶対的に悪いことではないし、褒めることによって動機づけが高まることがあるので、その必要性からも褒めたいと思うわけです。ところが、実際に問題現場で出会う人たちというのは、褒めたくても褒めるところがないとおっしゃる先生が多いのです。そこで、とにかく褒めたい、褒めなければいけないという煩悩にとらわれて、無理に褒めてしまうことになります。つまり、必要性にかられて褒めるという行動を起こすわけです。これは、支援者の人間性のなせるワザと言えます。ときに、他の子だったら褒めないようなことでも褒めてしまいます。例えば、授業中おしゃべりせずに机で勉強している子に、特別に褒めることなどはありません。誰も褒められないことに対して、「今日はおしゃべりしてないね。何かいいことあった?」などと言うのは、わざわざ特別な事情をつくって褒めることになります。他のみんなが褒められないことで褒められたり持ち上げられたりすると、その子は、自分がばかにされていると思ってしまうことがあるのです。
褒めるということは絶対間違ったやり方ではありませんが、相手によっては、褒めることが罪作りになることがあるので気を付けなければなりません。
そこで、むやみに褒める代わりに、何か簡単な用事を言いつけてみます(連載第2回参照)。
言いつけられたことができたら、すぐに褒めます。やった結果と褒められることが結び付いているわけですから、そこに褒められる必然性があります。つまり、支援者の人間性からくる必要性によって褒めるのではなく、支援対象者が納得できるような状況から、必然性として褒めるということが大事なのです。
ユニバーサルデザイン
また、これも一つの煩悩と言えますが、子どもの困った状態を見て「(困った状況の原因は)発達障害が先でしょうか、家庭環境が先でしょうか」と相談に来られる支援者の方々がいらっしゃいます。医者であれば診断しなければいけないので、発達障害のあるなしは極めて重要ですが、私たちにとっては、診断よりも、目の前の状態に対応することが大事です。ですから、極端に言えば、発達障害かどうかはあまり問題ではなく、発達障害のある人にもない人にも優しく響くやり方で対応することが求められるということです。それがユニバーサルデザインの発想です。
ユニバーサルデザインには、
①誰に対しても公平に利用できる
②どんな場面でも自由に使える
③使い方は簡単ですぐ分かる
④必要な情報がすぐ分かる
⑤操作ミスや危険につながらない
⑥誰でも楽な姿勢で取り組める
⑦使いやすい空間が確保されている
といった考えがあります。
例えば、必然性による支援ということからすると、そこにゴミが落ちている(情報が分かる)、ゴミを拾うことを言いつける(誰に対しても、どんな場面でも使える)、ゴミを拾う(簡単で操作ミスや危険がない、楽な姿勢で取り組める)、カウンセリングルームなど特別な場所である必要がない(使いやすい空間)、褒める(必然性がある)といったように、ユニバーサルデザインの考えを生かした支援を行うことによって、支援者は自身の人間性からくる煩悩に悩まされることなく、支援対象者にヒットする支援が可能になっていくわけです。
個別指導と集団指導
私たちは、必要があると思って個別支援を行ってきました。たしかに個別支援が必要な領域はありますが、それは極めて限定されており、多くの場面で個別支援は支援対象者のニーズを満たしていないのではないか、つまり、無批判に個別対応に頼ってきたことについての問題提起が、今まであまりに見落とされてきたのではないかと思っています。
例えば、子どものトラブルは対人関係の中で起こる「もめごと」が多く、それは集団の中で起こるものです。集団場面で起こるトラブルに対して、個別に対応できるのはせいぜい「熱を冷ます」ことぐらいしかありません。それを続ければ、支援対象者はさらに集団から遠ざかり、支援者は集団に戻したときに新たなトラブルに対応しなければなりません。支援対象者の方は、ますます困った状況に置かれていき、「あなたのためにやっているのだ」と言われても納得するどころか反発を招きかねません。ですから、個別指導は、支援者と支援対象者との信頼関係をつくるのに効いてもトラブルの対応には期待できません。支援者が人間性を発揮して「あなたのためにやっている」と思っても、それが裏目に出ることがあることを知っておいていただきたいのです。
もちろん、個別指導は否定しません。個別学習や個別のカウンセリングなどは必要に応じて実施すべきと思っています。ただ、ユニバーサルデザインの視点から支援を考えるならば、支援対象者を含めた集団に対するアプローチが必要であることを押さえておきたいと思います。(談)
Profile
特別支援教育ネット代表
小栗正幸
おぐり・まさゆき
岐阜県多治見市出身。法務省の心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を経て退官。三重県教育委員会発達障がい支援員スーパーバイザー、同四日市市教育委員会スーパーバイザー。(一社)日本LD学会名誉会員。専門は犯罪心理学、思春期から青年期の逸脱行動への対応。主著に『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』『ファンタジーマネジメント』(ぎょうせい)、『思春期・青年期トラブル対応ワークブック』(金剛出版)など。