『学校教育・実践ライブラリ』Vol.8 2019年11月配本 インクルーシブな学級経営の実現のために 上越教育大学教職大学院教授 赤坂真二
トピック教育課題
2019.11.29
『学校教育・実践ライブラリ』Vol.8 2019年11月配本
子供発想の配慮のあるクラスを育てる(後)
(2)不登校のナツミのクラス
ナツミ(仮名、女子)は、冬が近付くと不登校傾向が強くなる。昨年度も、3学期は学校にほとんど来ていなかった。6年生になり比較的順調に登校していたが、また、冬が近付くにつれ登校できなくなる日が増えていた。そんなある日、ナツミが欠席すると配布物を持っていく役をしていたリカが、担任に相談をした。「お手紙を持っていくのが辛い」と。家が近所といっても山間部の地域なので、ナツミの家までは結構な距離がある。冬になると暗くなるのも早い。夜道を一人で歩くのはとても恐かった。ただ、そんな理由で配布物を持っていくことを嫌がったらクラスメートに「ひどい人」だと思われるのではないかと心を痛めていた。担任はリカの話を聞くと、「クラス会議で相談してみたら?」ともちかけた。担任も、ナツミの不登校には打つ手がなく、したがってリカの悩みに有効な打開策が思いつかなかった。リカも八方塞がりの状態だったので、クラスメートに相談することにした。1時間目は、ナツミがいないことが多い。そこでナツミがいないときを見計らって、クラス会議を実施した。
クラスメートがどんな反応をするか不安なリカだったが、クラスメートは、リカの深刻な表情を見て徐々にリカの辛さを理解し、やがて、ナツミの問題がリカに任せっきりになっていたことに気付いていった。しかし、解決策を策定している途中でハプニングが起こった。ナツミが登校してきたのである。ナツミはこの議題に自分が関わっていることに気付いていたかもしれないが、クラス会議では、特定の人の名前を出さないルールになっているので、落ち着いた表情で話し合いに加わった。解決策は、「休んだ人には、交代で電話する」に決まった。この解決策は、リカもナツミも支持したものだった。次の日から、ナツミが休んだり早退したりすると、解決策の実行が始まった。しばらくすると、ナツミの周囲に変化が起こっていた。電話をきっかけに、これまであまり会話することの無かった女子や特に男子と喋るようになっていた。
そんな2学期末を送り、3学期を迎えた。担任は、ナツミが登校するか心配だったが、ナツミは始業式の日も定刻に登校し、3学期は欠席することなく中学校に旅立った。
(3)ブラジルから転入してきたミゲルのクラス
この地域は、外国籍または外国にルーツをもつ子供たちが20%を超える。保護者からの訴えには、通訳を交えて対応する場合もある。5年生のクラスに、ブラジルからミゲル(仮名、男子)が転入してきた。この学校では珍しいことではない。ミゲルは、環境が変わったことによる不安からか、授業中に奇声を発したり突如笑い出したり、クラスメートの耳元で大声を出したりして、転入後、数週間ですっかり「変わり者」「迷惑者」と見られるようになっていた。ある日のクラス会議に次のような議題が出された。提案者は、何人かの連名で「友達と仲良くするにはどうしたらいいか」というものだった。議題には、友達と書かれていたが、明らかに提案者たちは、ミゲルとの付き合い方に悩んでいた。提案理由の説明場面では、「突然、大きな声を出すからびっくりする」「勉強しているときに、笑い出すことがあるからちょっと困っている」などの話が出たが、クラス会議では、人のことを非難しないことや目的は問題解決であることが、ルール化され共通理解されているので、ミゲルを責める雰囲気はなかった。純粋な困りごととして提案されていた。
最初は、「気にしなければいい」「注意すればいい」などの意見が続いた。しかし、話し合いの方向性が、ある男子の発言で大きく変わる。「僕も、困ったときはあるけれど、僕たちが笑っているときは、その人は笑っていないし、その人が笑っているときには、僕たちは笑っていない。つまり、笑うポイントが違うだけだと思う」。何人かから「あ、そうか……」という呟きがこぼれた。すると、次の子が、「まだ、みんな全然喋ってない。喋らないから(相手のことが)分からない」。さらに、「その人とだけじゃない。まだみんなは、一部の人としか喋っていない」と、発言が続き、自分たちのコミュニケーションの在り方を振り返っていた。解決策は、「もっとみんなと話す」となった。
数か月後、一つ学年の上がったミゲルの教室を訪れた。4人グループの学習でミゲルの隣には、ブラジルから転入して間もない男子が座っていた。ミゲルは、すっかり落ち着き、日本語も上手になり、言葉がまだよく分からない来日間もないクラスメートに、日本語とポルトガル語を交えながら学習内容を伝えていた。
レッテルを超えて
特別支援教育やインクルーシブ教育の法整備は、今後もさらに進めていかねばならない。しかし一方で、法整備だけではインクルーシブな教室づくりは実現できるとは考えにくい。青山新吾は、特別支援教育の問題点として「つなぐ」「つなげる」視点の弱さを挙げ、「障害のある子どもの個の力を上げても、それが社会の中で活かされるかどうかは、周囲との関係によって左右される」と指摘する(注2)。このことは、そっくりインクルーシブ教育においても当てはまるであろう。ここに紹介したクラスは、ナツミやミゲルのための配慮を考えたわけではない。「みんなにとって」いいことを考えた結果、2人にとっても必要な支援が行われたのである。ここまでの地道な情緒的絆の積み上げによって起こった事実だと捉えることができるだろう。
「障がいをもつ子」「気になる子」「気にしたい子」等々、どんな柔らかな表現にしようが、「見出し」を付けて捉えている限りは、そこには排除の意識が入り込むだろう。「見出し」を付ける前に、それぞれの個をかけがえのない存在として捉え、その子を含む全員にとってより適切な環境はどうあるべきか、ということを子供たちと一緒に考えることで、本当のインクルーシブな教室づくりが実現されるのではないだろうか。
[注]
1 ジェーン・ネルセン、リン・ロット、H・ステファン・グレン著、会沢信彦訳『クラス会議で子供が変わるアドラー心理学でポジティブ学級づくり』コスモス・ライブラリー、2000年。
2 青山新吾・赤坂真二・上條晴夫・河合紀宗・佐藤晋治・西川純・野口晃菜・涌井恵著『インクルーシブ教育ってどんな教育』学事出版、2016年。
著者 Profile
赤坂 真二(あかさか・しんじ) 1965年生まれ。19年間の小学校勤務を経て、2008年4月より現職。小学校では、心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子供の社会的自立能力の育成に取り組んできた。現在は、教員養成にかかわりながら小中学校の教育活動改善支援、講演や執筆活動をしている。学校心理士、日本授業UD学会理事、日本学級経営学会共同代表理事。専門は、学級経営、生徒指導、教育相談、学校力向上。主な著書『アドラー心理学で変わる学級経営 勇気づけのクラスづくり』(明治図書、2019年)。