インクルーシブ教育時代の特別支援教育
トピック教育課題
2019.09.09
インクルーシブ教育時代の特別支援教育
NPO法人らんふぁんぷらざ理事長 安藤壽子
一人一人の発達を支援する
「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(2016)では、第8章「子供一人一人の発達をどのように支援するのか-子供の発達を踏まえた指導-」として、子ども一人一人の興味や関心、発達や学習の課題等を踏まえ、それぞれの個性に応じた学びを引き出し、一人一人の資質・能力を高めることの重要性が示された。そして、学級経営の充実、学習指導と生徒指導、キャリア教育、個に応じた指導、特別支援教育、日本語教育の6項目について、記述されている。
対象と想定されるのは、発達の遅れや偏り等の内的な要因あるいは家庭の教育環境等の外的な要因から学習・行動面で何らかの学校不適応状況に置かれた幼児児童生徒である。低学力、反社会的行動、不登校等、顕在的な教育課題への“対応”という従来の視点を脱却し、潜在的な教育的ニーズをあらかじめ予測し“予防”することを意図するものと考えられる。学校教育の現場では、その趣旨を踏まえ、児童生徒の実態に即したより柔軟な教育課程の編成が求められる。
特別支援教育の対象は幅広く、特別支援学校に在籍する重度の障害がある子どもから、通常の学級に在籍する全般的な知的障害がなく(あるいは知的に高く)認知的な偏りのある子どもまで、子どもの実態も指導の場も広範囲に渡っている。そして、生徒指導や教育相談の領域と重なる部分も多いことが指摘されている。新学習指導要領では、子どものもつ教育的ニーズを“発達”の枠組みで横断的に捉え、地域の多様な専門性を活用しながらチーム学校として支援することが明示された。何ができないのかではなく、何ができるのか、子どもをありのままにトータルな存在として受けとめ、一人一人の可能性を最大限に伸ばそうとする考え方は、特別支援教育の視点であり教育の基本である。
インクルーシブ教育システム
答申第8章5項「教育課程全体を通じたインクルーシブ教育システムの構築を目指す特別支援教育」では、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校における指導や支援の充実と教育課程の連続性、組織的・継続的な指導や支援の必要性、そのため、全ての教職員が特別支援教育に係る教育_課程について理解すること、各教科等における学びの困難さに対する指導の工夫、個別の教育支援計画や個別の指導計画の作成、交流及び共同学習の推進等、教育課程全体を通じた特別支援教育の充実について述べられている。
インクルーシブ教育システムとは、国連の「障害者権利条約」第24条に掲げられ、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みである。我が国では「障害者の権利に関する条約」として2014年に発効した。それに伴って国内法の整備が行われ、2016年には「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(「障害者差別解消法」)が施行された。これによって、教育に関しては、国・都道府県・市町村教育委員会による基礎的環境整備と、設置者・学校による合理的配慮が求められ、「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」(2012)が図られることとなった。
報告(2012)によれば、共生社会とは、障害者が積極的に参加・貢献できる社会であり、誰もが人格と個性を尊重し支え合い多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。共生社会の形成は、障害の有無にかかわらず全ての子どもにとって、自己理解を促し他者理解を深める意味において、人格形成上有用である。学校教育は共生社会の形成に向けて重要な役割を果たす。したがって、共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進の基本的考え方は、学校関係者はじめ国民全体に共有されることを目指すべきである、とされている。学校教育においては、インクルーシブ教育の理念を深く理解し、教育のベースに特別支援教育の視点を踏まえ、学校経営、学級経営を進めることが必要とされている。
教育制度は国によって違いがあるが、我が国におけるインクルーシブ教育システムの構築とは、現在の特別支援教育のリソースを生かしつつ可能な範囲でインクルーシブ教育を推進するもの、と解釈できる。つまり、子どもの多様性を生かしながらできるだけ通常の学級で学び合う、特別支援教育のネットワークによる支援の充実を図る、というシステムを意味している。
図1は通常の学級をベースとする連続的な支援システムである。★は特別支援教育コーディネーターとその役割を示している。今後の学校教育は、チーム支援体制を整えることがさらに求められる。キーパーソンとしての特別支援教育コーディネーターは、学校内のミドルリーダーの一員として、マネジメント意識をもち、校内支援体制を整えるとともに、地域の福祉・医療・労働等の機関との連携を進めなくてはならない。そして、一人一人の子どもの将来像を見通し、ライフステージに即し、現在必要な指導・支援は何かを明確にし、校内および保護者と共有して取り組むことが重要である。