インクルーシブ教育が目指すもの
トピック教育課題
2019.09.10
インクルーシブ教育が目指すもの
玉川大学教職大学院教授 安藤正紀
インクルーシブ教育より、インクルーシブ社会が先
学校の中だけでインクルーシブ教育と声だかに叫んでいても意味がない、ということは言うまでもないことである。ICF(国際生活機能分類)で示す、環境との相互作用で障害状況が流動的に変化する、という社会モデルの意味が理解され、「助けたり、助けられたりする社会」であってこそのインクルーシブ教育である。しかし、EUやアメリカの情勢変化によって、多様性を認め、助け、寛容な社会の持続性に陰りが見えてきている。
平成19年度から特別支援教育になって10年
図が示すように、この10年で、特別支援学級在籍児童・生徒数は増加を続け、障害の多様化が進んでいる。例えば、知的障害学級2クラス、自閉症・情緒障害学級2クラス、肢体不自由学級1クラス、弱視学級1クラスの計6クラス、32名が在籍して、通級指導教室もあるといった学校が都市部でも地方でも増えている。
これは、1校で各障害に応じた支援を提供できる、インクルーシブな状態になったと言えるが、一方、LDやADHD等の児童が通常の学級から特別支援学級に移り、ある意味、区別化が進んだとも言える。「本当にインクルーシブ教育を目指してきたのか?」「個別対応」や「より専門的対応」の名のもと、通常の学級から特別支援学級への転籍が増え、通常の学級の等質化が進んだようにも思われる。どうやら、そんなに単純ではなさそうである。確かに転籍も増えたが、それ以上に通常の学級の多様化が加速度的に進んでいるのではないだろうか。だからこそ、可能な限りの通常の教育と特別支援教育の一体化が必要なのではないだろうか。
本当の意味で多様性に対応できる学校への構造改革
通常の教育と特別支援教育の教育課程の一体改革とTT配置
(1)学習指導要領はコンテンツからコンピテンシーへ
表は通常の教育と特別支援教育の教育課程の一体化を可能とするカリキュラムの構造化の基本的考え方を示している。
①基礎学習
例えば、算数の授業では、45人のクラスに2人の教員が配置され、一人ひとりの子どもはタブレットやプリントを活用し個々の進度に応じて学習が進められている。隣の教室の算数は、5名の児童に1人の教員が一斉指導をしている。もう一つの教室では、30名の児童に2人の教員がTTで一斉指導をしている。もちろん、国語、社会、理科のそれぞれで、異なる学習集団で学習が進められている。
②伸展学習
教科の特性に応じて、子どもたちの興味・関心・得意を広げ、伸ばしていくことになる。多人数の学習集団をTTの活用で展開する。
③活用学習
合科・統合により、課題解決を主とした単元を設定し、異年齢の小集団で学習を進める。休み時間、給食の時間、掃除の時間等にも学習場面を個の教育ニーズに応じて設定する。課題の例は、「地域の防災マップをつくる」「商店街活性化プロジェクト」「地域貢献活動」などが考えられる。これらの学習は能力育成がねらいで、リーダーシップ力、コミュニケーション力、グループによる課題解決力等を育てる。また、SST(ソーシャルスキルトレーニング)の場ともなる。
個々に応じた基礎学習と活用能力の習得が重要になってくる。個々に応じた基礎学習は、自宅や基礎学習クラスでPCやタブレットを使って、個人の進度で学ぶことが効果的である。活用能力については、多様な集団と場を活用し、問題解決に取り組ませる。基礎学習の場と活用能力を養う場を明確に分けることが必要である。教師は常に指導をするのではなく、活用の場では観察と評価を主とし、何が足りないのか、何に躓いているのか、メタ認知能力は育っているのかを把握するのである。
(2)自分の学び方の発見と自己理解の促進
① 個々に応じた基礎学習を通して、自分の認知特性に合った自分の学び方の発見をすることになる。教師は一人ひとりの認知特性をアセスメント(同時処理、継次処理、プランニング、注意、ワーキングメモリー等)し、効果的な学び方に気づくように助言をする。全員が同じように漢字を100回書いて覚えるようなことは望ましくない。また、自分の思考の特性も知ることになる。演繹的に考えるのか、帰納的に考えるのか、思考マップを効果的に活用できるのか等の自分の効果的な学び方、友達の学び方を知る。
② 学び方だけではない、自分のコミュニケーションや社会性の特性を知り、人とのつきあい方、グループワークへの参加の仕方等を学ぶ必要がある。この自己理解が他者理解につながり、「助け上手、助けられ上手」になる。自分は何が得意で、何が苦手なのか、難しいことはどうやって解決するのか、どのように人に助けを求め、どのように共存していくのか。自己を知り、年齢相応の解決方法を徐々に身に付ける。
社会参加と「21世紀型スキル」
学校は、同年齢の学習集団つまり学級で、ほとんどのことが進められている。一斉に系統的に効率よく学習を進めるためである。しかし、今の子どもたちの身体、生理、運動、精神、社会性などの成長は、早期化している分野、個人差が大きくひらいている分野が混在しているのが現状である。そこで、明治以来の6・3・3制から4・4・4制などを試行している学校もある。発育や成長も多様化している。学校の学級は以前から指摘されているように、社会から見れば、特異な集団構成とも言える。社会では、異年齢、異経験、異能力の多様性を持つ小集団で構成されているのがほとんどである。
「21世紀型スキル」では、将来の社会変化を予想し、以下のように、
〈思考の方法〉
1 創造性とイノベーション
2 批判的思考、問題解決、意思決定
3 学び方の学習、メタ認知
〈働く方法〉
4 コミュニケーション
5 コラボレーション(チームワーク)
〈働くためのツール〉
6 情報リテラシー
7 ICTリテラシー
〈世界の中で生きる〉
8 地域とグローバルのよい市民であること(シチズンシップ)
9 人生とキャリア発達
10 個人の責任と社会的責任(異文化理解と異文化適応能力を含む)
と提言している。その中で、日本の通常の教育と特別支援教育をつなぐ重要な教育課題は、「労働」「テクノロジー」「コラボレーション」「学び方」であり、障害のあるなしに関わらず、子どもたちの将来にとって必要不可欠な能力と考えられる。その能力を育てるのに、全ての『学習集団』へのTT配置と、表のような教育課程の一体化が効果を発揮するものと考える。
社会が将来に向けて必要としている「基礎学力・社会スキル・21世紀型スキル」と「個人の教育ニーズ」に応じて、『多様な学習集団』と『学習場面』を用意することが求められており、多様性に応えることのできる一体的カリキュラム編成がインクルーシブ教育の目指すものではないだろうか。また、そのカリキュラム編成能力こそが、教師の専門性と言える。
[参考文献]
・日本教育新聞「特別支援教育10年成果と課題」平成29年6月12日付
・P.グリフィン他編/三宅なほみ監訳『21世紀型スキル 学びと評価の新たなかたち』北大路書房、2014年
Profile
玉川大学教職大学院教授
安藤正紀
あんどう・まさき 神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部養護科卒業。横浜市立聾学校1年間、横浜国立大学教育学部附属養護学校14年間勤務。その途中で、横浜国立大学大学院教育学研究科において障害児教育を専攻し修了。その後、神奈川県立第二教育センターで研修指導主事、神奈川県教育委員会で指導主事、海老名市立中新田小学校教頭、神奈川県立相模原養護学校副校長、同校校長を歴任。この間、平成23年度までの20年間、横浜国立大学教育学部臨時教員養成課程非常勤講師を務めた。また、ムーブメント教育・療法協会の常任専門指導員として研究・普及に努めている。著書に『英国における障害のある子どもの教育事情』(単著:児童研究93巻)、『親子バトル解決ハンドブック発達障害の子と奮闘するママ&パパのトークサロン』(共著:図書文化社)など多数。