「主体的・対話的で深い学び」とカリキュラム・マネジメント 村川雅弘(甲南女子大学教授)
トピック教育課題
2019.05.28
目次
学習指導要領改訂の背景
ご存じのように今回の学習指導要領の改訂作業は、実は平成24年ぐらいから始まっていました。私は、この一番最初の準備的な作業から関わりまして、その後も改訂作業に携わってきました。
そこで、ずっと議論していたのは、今の子どもたちが人生80年以上を生きていく上で、どんな力を備えてあげたらいいかということです。
近年、日本中で大きな災害に見舞われることが多くなってきました。また、ホテルなどに行けば外国語が飛び交っています。それに、これからの日本は少ない人数で多くの国民を支えることになります。そんな近未来の状況を考えてみると、子どもたちが大人になったときに、自分さえよければと思うような子どもを育てていたとしたら、たぶん国は立ち行かなくなります。
さらに、20年後には、今ある仕事の大半がなくなるといわれています。そして、私はこの夏に、未来型の自家用車を見る機会があったのですが、前の晩に明日の行き先や経路、帰宅予定などを登録しておくと、私が車に近づいたときには、車のエアコンが動き出し、ドアが開き、自動運転で行き先に連れて行ってくれるわけです。これが3年後には一般道路で試乗するというんですね。さらに、360度の視野をカバーして危険を察知できたりするということです。車1台みても、AIの進化でいろいろなことができ、人間の能力を退化させていってしまうわけです。では、これからは、人として何を身に付けてAIに勝る力を身に付けていけばよいのか。これが新しい学習指導要領改訂の基本的な問題意識なんです。
資質・能力の三つの柱
中央教育審議会教育課程企画特別部会が2年前に「論点整理」を出しました。これは、ほぼ新しい学習指導要領の目指すべき方向性を示したものです。ここには、いろいろなキーワードが出てきましたが、まず大事なのは、学校教育として行う以上、組織として目標をできるだけそろえるということが大事だということです。みんなが同じ方向を向いて資質・能力の議論を行うということがとても大事です。
では、どのような力が求められているかといえば、まず1つ目は、知識・技能。これはいわゆる「学力の三要素」の中の基礎・基本と同じです。ただ、それが生活の中などで生きて働かなければいけないということです。つまり、教科等で身に付けた知識や技能が使えるような学び方をしなければいけないということですね。例えば、いま学んでいることと他の教科で学んでいる内容との関連があるような問題を取り上げて、身に付けた知識や技能がどのように生かされていくのかを考える授業が求められるということです。
2つ目は、思考力・判断力・表現力です。それは、新たな状況、未知の状況に遭遇したときに、自ら考え、その考えを述べ合って、みんなで交流し判断したり表現したりする力です。
3つ目は、学習意欲ですが、新学習指導要領では、単なる学習意欲にとどまっていません。目の前の教材や学習内容に対する意欲を超えて、今日のこの教科の学びが、社会や自分の将来の生き方にどうつながっているか、ということまで考えた上で、今日の学びの意義をしっかり考える。そこからわき出てくる意欲です。
このように、今回の学習指導要領では、各教科の目標に必ずこの3つが位置付けられています。それは、幼稚園教育要領、小・中・高の学習指導要領もこの考え方で貫かれていているのが特色といえるでしょう。これはアクティブ・ラーニングと関わって大学教育にも影響を与えています。つまり、育成すべき資質・能力は、校種を越えて、知識・技能、思考力・判断力・表現力、学習意欲の3本の柱で貫かれているということです。
そういう意味では、いかに地域の教育行政のバックアップを受けながら、幼・小・中・高と子どもの学びを続けていくかということが、学校現場として重要になってくるということですね。
カリキュラム・マネジメントのポイント
カリキュラム・マネジメントについては、学校を変える契機になると思っています。例えば、学業的に厳しかった学校や生徒指導が大変だった学校が大きく変わったというケースを見てきましたが、今から思えば、それらの学校は、カリキュラム・マネジメントによって改革を果たしてきたと思えるんです。
これからは資質・能力の育成が求められていますから、全国学力・学習状況調査の結果だけで子供を見るのでなく、子どもの実態をどれだけ捉えられるかが大事です。そして、取り組むべき課題を具体化し、共有化し、具現化することが求められます。それを実現するためにカリキュラム・マネジメントがあるわけです。
カリキュラム・マネジメントというのは、ネーミングは今回の学習指導要領改訂に関わって新しく登場しましたが、これは、今まで皆さんがやっていたことです。教育課程と学校教育の目的や内容を達成するために取り組んできたことですし、それを授業時数などとの関連で、総合的に組織してきた経験則でもあります。ただ、ここで求められているのは、子どもの実態を踏まえて目標を設定して、この目標を実現するために教育課程を編成し実施するときに、やりっ放しで終わらせてはダメということです。常に見直しをかけていくということが大事なんですね。ただ、これも生活科や総合的な学習では、取り組んできた先生は多いと思います。これを教科横断的・組織的に行っていこうということです。ここが新しい部分で、このことを自覚的に先生方が協働して行っていくということがポイントです。
教科と総合を関連付けて学力向上
ではここから、いくつか具体的な事例を紹介します。まず1つ目は、ある小学校の例です。この学校の児童は自尊感情が低く、学力も市内最下位レベル。この学校が、生活と総合的な学習に取り組みます。
そのときに、教科と総合的な学習を関連付けたカリキュラムをつくっていくんですね。例えば、算数で学習したグラフの読み方や作り方、国語で学習した新聞の書き方や説明の仕方などを総合的な学習の時間でまとめて使えるような活動をさせていく。日々、国語や算数の授業においても、教科や総合的な学習と関連付けた指導を行っているわけです。
そういった経験を繰り返していくと、子どものほうから、「先生、これ総合で使えるんじゃない?」と言ってきます。いま学んだ知識が総合的な学習で使えるということが分かっている。ということは、学んだことの本質、学んだ知識・技能の意味が分かっているということなんです。
こうした授業づくりを行っていくことで、この学校では、自尊感情が5年間で30ポイント上昇しました。教科が他の教科や生活に役立つと答えた子は、国語で95.1ポイント、算数で100ポイントとなりました。学力も10ポイント上がり、もはや生徒指導困難校とは言われない学校になりました。
教科の枠を越えて学びを拡張
次は、高校の例ですが、この学校は進学校として知られていました。しかし、授業は、毎日、先生が一方的に説明して板書を写させ、宿題を出し、試験をして評定するといった古いタイプの“伝統校”でした。始業前の0時間目や放課後の補習なども行っていましたが、ある年から授業をガラリと変えました。0時間目も放課後学習もやめ、宿題も減らしました。それにもかかわらず学力が伸び、進学実績についても、行きたい大学に行ける生徒が増えたといいます。
どのような授業にしたかというと、1時間の授業の中に、自分の中のいろいろな考えを、友達と比べてみたり、先生の話とつなげてみたりする活動を取り入れたんです。自分の考えた「種」のようなものが友達や先生と関わり合いながら大きくふくらみ、確かなものになっていくという、対話的で協働的な学習に転換したわけです。それだけで学習の定着度が違うということですね。板書を写して分かったつもりでいるような学習は本当の学びではありません。
さらにこの高校では、教師たちが授業を見合う中で、こんな発言が教師から出てくるようになりました。例えば、英語の先生が、「君たち、いま社会科でこんなこと調べているね。でも、事実だけ分かってもその内容がつかめなければ分かったことにはならない。英語でも単語や文法が分かるだけではダメなんだよと。いろいろと吟味して初めて長文というのは理解できるんだ」といって、教科の関連を先生方がつなぐようになりました。これがカリキュラム・マネジメントの第一歩なんです。自分の担当教科と他の教科とをつないでいくこと。そうすれば、子どもたちは教科を越えて知識や技能を拡張できるようになります。
この高校では、授業の改革と教科同士のつながりを軸にしたカリキュラム・マネジメントによって、学力向上を果たしたといえると思います。