theme 2 授業に生かす教育相談
授業づくりと評価
2023.02.10
theme 2 授業に生かす教育相談
岐阜大学教授
柳沼良太
生徒指導提要の改訂とこれからの教育相談
これまで学習指導と生徒指導(教育相談)は、別々の領域にあると見なされることが多かった。それに対して、今回改訂された「生徒指導提要」では、生徒指導(教育相談)が学習指導にも大いに生かされることを明示している。
今回、生徒指導の目的は、「児童生徒一人一人の①個性の発見とよさや可能性の伸長と②社会的資質・能力の発達を支えると同時に、③自己の幸福追求と④社会に受け入れられる自己実現を支える」ことと定義されている(番号は筆者記入)。こうした目的は、生徒指導(教育相談)のみならず授業の学習指導にも共通するところが多い。
前半の①では、「個性の発見とよさや可能性の伸長」を掲げ、児童生徒が多種多様であり、その心理的側面を育てることの重要性を示すものである。子どもたちの内面にある個性、特性、長所、強み、その子らしさを引き出し育てることは、教育の要諦であると言える。それに続く②では、「社会的資質・能力の発達」が示されており、ここには人間関係調整力やコミュニケーション力、社会的規範意識などが含まれる。上述した心理的側面だけだと、自己中心的で偏狭になることも懸念されるため、社会的資質・能力の発達を並置することでバランスを取っていると言えよう。
また、定義の後半の③では、新たに「自己の幸福追求」が掲げられ、児童生徒の興味・関心に基づく幸福感(快楽原則)を満たすことも保障している。そこでは子どもたち一人一人の経験、情緒、意欲、態度も尊重している。それに続く④では、「社会に受け入れられる自己実現」も示され、現実原則として社会に適応した人格形成が目指されている。この③と④の関係でも、上述の①と②の関係と同様に、個人の内面的な幸福に閉じることなく、外的な社会にも開かれた自己実現と両立させようとする趣旨が反映されている。
こうした生徒指導(教育相談)は、心理面だけでなく、学習面、社会面、進路面、健康面など包括的な発達を促す。その意味で、生徒指導(教育相談)は、特定の問題を抱える児童生徒の心理的な指導・支援をするだけでなく、広く学習面や社会面などの発達にも望ましい影響を与えることを目指していることが分かる。こうした子どもの心理的側面と社会的側面等を総合的に育成するためには、自己指導能力を育成することが何より大切になる。この自己指導能力とは、自分自身を内発的に動機づけ、自己を俯瞰し、他者や社会との関係を調整し、適切に指導する能力である。こうした能力をもつことで、子どもたちは個性やよさを発揮して、自らの人生観や幸福観を認識して追求できるようになると共に、それらを社会に適応する資質・能力と調和させて自己実現できるようになる。こうした自己指導能力を育成するために、一人一人にきめ細やかな支援をするのが、まさに教育相談の役割である。
教育相談の特性と学習指導の関連性
これまで教育相談と言えば、心理的に問題を抱えた子どもに対する個別的な支援(カウンセリング)と見なされることが多く、学習指導とは一線を画してきたところがある。伝統的にわが国では、教科教育と教科外教育が分けられ、各教科の学習指導で認知能力を育成し、生徒指導や教育相談などで非認知能力を育成しようとする傾向があった。しかし、今日の認知心理学の見地では、教科教育の内外で育成すべき資質・能力が異なるわけではなく、学校の教育活動全体を通して認知能力と非認知能力を総合的に育成することが目指されている。
改訂された生徒指導提要でも、学校教育全体を通して、前述した自己指導能力をはじめ、自己理解能力、自己効力感、コミュニケーション力、他者理解力、共感能力、問題解決能力、目標達成能力、人間関係形成力、協働性、目標達成力などを含む心理的・社会的資質・能力を育成することが重視されている。こうした非認知能力やメタ認知能力を育成するためには、特定の教科で学習指導するよりも、教育相談の特性を生かした指導をする方が有効である。ここでは学習指導と関連した教育相談として、目標達成能力の育成を取り上げてみよう。
学習において目標を立てる場合、例えば「SMART目標」を設定することができる。SMARTとは、Specific(具体的)、Measurable(計測できる)、Actionable(実践できる)、Related(関連する)、Time limited(時間の制限)の4つの頭文字からできた用語である。
①(Specific)具体的な目標にする。例えば、「中間試験で成績を上げる」などと設定する。 ②(Measurable)計測可能な数値にする。いつまでに何をどこまでやるかを決める。計測できるように数値で提示すれば、達成状況を確認できる。例えば、国語と数学で10点アップを目指す。 ③(Actionable)達成可能なものにする。子どもの資質・能力や過去の成績もふまえ、懸命に努力すれば達成できるレベルか確認する。例えば、毎日、各教科のワークを6頁ずつ取り組む。 ④(Related)目的に関連づける。自分の幸福実現や将来の社会的資質・能力と関連づける。具体的に自分のなりたい職業や夢と関連づけて、現在の学習の意味を見出し、動機づける。 ⑤(Time limited)時間を制限する。集中して限られた時間にベストの成果を出せるように取り組む。例えば、定期試験の日までの2週間とする。
こうした目標を設定し達成する経験を段階的に積むことで、成功体験に裏打ちされた自己効力感が高まり、自己の幸福や「社会に受け入れられる自己実現」にも繋がる。このような目標達成能力を身に付けると、自己の現状を把握し、現在や過去の考え方を内省し、因果関係を見据えて、将来を展望して行動できるようになる。このように学習を質的に改善するためには、教育相談によって自己指導能力を発揮できるようにすることが大事になる。
授業に生かす教育相談について
教育相談は、子どもの生活における心理的サポートだけでなく、各教科の授業にも生かすことができる。ここでは教育相談(カウンセリング)の手法を活用するケースを紹介したい。
まず、子どもが教科の授業で問題に取り組む際に、教師は「来談者中心療法」の手法を用いて支援できる。例えば、ある子どもが「この問題が分からない」と言って悩んでいるとすれば、教師はその困っている心情を受けとめ、「ここが分からないんだね」と共感的に理解する。そこで子どもが「なぜ難しいと感じるのか」「どこでつまずいているのか」を洞察して、「一緒にこの問題を考えよう」と促していく。子どもは教師が自分を受容し、悩みを理解してくれる支持者であると分かれば、教師に心の内を語り、問題の解決に前向きになれる。
次に、子どもたちの問題解決を支援する場合、教師は「認知療法」を応用することができる。第一に、問題が何かを明確にする。ここでは「何を問われているのか」「問題は何を意味するのか」を一緒に確認していく。第二に、目標を明確にする。最終ゴールとして「どのような答えを出せばよいか」を明らかにする。具体的な答えについてビジョンを示す。第三に、複数の解決策を創出する。子どもたちなりにいろいろな解決策を自由に考えてもらう。第四に、複数の解決策の中で有力な解決策を絞り込む。有力なやり方で問題が解決するか試してみる。もし解決しなければ、別のやり方も試す。多面的・多角的に考えられるように、他の子どもたちと交流し「こういうやり方もあるよ」などと助言し合い協働することも大事である。
さらに、教師は子どもの学習を支援するために「行動療法」を応用することもできる。子どもたちが考えた解決策を、具体的な行動プランに落とし込んでいく。望ましい解決策を具体的にどのように行動するかを検討するためには、前述したSMART目標にあてはめ、解決策を点検するのも有効である。子ども本人が納得できる具体的な行動プランを立て、スキルを選定する。その後、実際に解決策を実行してみて、その効果を評価する。通常では、1週間くらいの期限を設定し、その間に解決策を遂行してみる。このように具体的に行動して体験を通して、計画した解決策の適切さや良し悪しを評価することができる。
学習に関わるアセスメントとしての教育相談の取り組み方
学習を指導するためには、子ども一人一人の発達状況や個性、特性をよく理解する必要がある。子どもの発達状況に合わない学習指導を無理に押し付けても理解できないし、反発されるだけだろう。そこで、子どもの発達状況や特性を理解するためには、学習に関わるアセスメントが大事になる。アセスメントの方法は、多種多様にある。アンケート形式で子どもたちの特徴や特性を把握する方法も多いが、事前に決められた内容について一対一で質疑応答する半構造化面接も有効である。
今回の生徒指導提要には、生物・心理・社会モデルによるアセスメントも提示されている。「生物学的要因(発達特性等)」「心理学的要因(認知や感情等)」「社会的要因(人間関係等)」から総合的に子どもの実態を把握し、子どものよさや長所、可能性の自助資源と、課題解決に役立つ人や機関・団体等の支援資源を探る。こうしたアセスメントに基づき、支援すべき問題を見出し、具体的な支援計画として、何を目標に、誰が、誰に、どこで、どのような支援を、いつまで行うかを明確にし、支援チームを編成すると一層効果的である。
また、教育相談では、子どもに自己理解を促す方法もよく用いる。「自分はどんなタイプか」「自分が今、興味があるもの」「自分にはどのような特徴(個性、長所、よさ、強み)があるか」などを挙げて自己分析する。子ども本人が抱いている自己イメージと教師がその子に抱くイメージとが合致している所や相違している所に注目して、話し合うことも有意義である。子どもが「この科目は苦手だ」と考えれば、委縮して実力を発揮できないが、逆に「この教科は得意だ」と思えれば、勇気を得て実力以上の力を発揮できる可能性がある。これは教師から子どもへの働きかけでも同様である。「あなたはできる」と語りかけることで、ピグマリオン効果により子どもは「自分ができる」と思い込み、成績が伸びていく。当然、その逆もあり得る。子どもが自己肯定感や自己効力感をもてるような言葉で支援したい。
これからの「学びに生かす教育相談」の在り方
以上のように、これからの学びに生かす教育相談として重要になるのは、子どもが広く俯瞰的に考える力、深く省察して本質を見抜く力、目標を達成する力、問題を解決する力などを育成することである。教育相談は、子どもの自己理解力や他者理解力を高め、問題解決の学習を自己調整する能力や、他者との人間関係を調整する力などを総合的に育成することもできる。
こうした教育相談は、子どもたち一人一人の学力、個性、性格特性に合わせて学習するペースや学習内容を柔軟に変えていくことにも役立つ。その意味で、GIGAスクール構想における1人1台のタブレット端末を用いて、「個別最適な学び」を支援することに教育相談を役立てることもできる。これまでは子どもたちが「何を学んだか」という学習内容習得が重視されてきたが、これからは「何を習得しているか」という資質・能力の育成が重視されてくる。
そこでのアセスメントとしては、学びの履歴(スタディ・ログ)やテストの結果をふまえて、「どのような分野を習得してきたか」「どのような分野が得意で、どのような分野が苦手か」等について俯瞰しながら、学び全体を振り返ることである。数学や英語など積み上げ式の分野で分からない箇所があれば、分かる所まで戻って、復習しながら学び直すこともできる。苦手分野を洗い出し、集中的・徹底的に学習して問題解決のスキルを高めることもできる。ただし、AIで見出す子どもの不得意の分野とは、学習履歴や小テストで機械的に抽出された箇所に過ぎない。間違えた考え方を理解し、どのように克服するかをきめ細かく個別に支援するのは、やはり教師の役割である。
子どもたちが学習を振り返りリフレクション(省察)する際に、「問題のどこに困難を感じたのか」「その時、どう感じ考えたのか」「どう対処してどのような結果になったのか」を吟味し、「今後はどう対処すればよいか」を主体的に考えられるように、自己指導能力を育成したいところである。こうした学びに生かす教育相談こそが、これからのSociety5.0時代にはますます必要になるだろう。
[参考文献]
・柳沼良太著『学びと生き方を統合するSociety5.0の教育―サイコエデュケーションで「知・徳・体」を総合的に育てる―』図書文化、2020年。
Profile
柳沼良太 やぎぬま・りょうた
2002年、早稲田大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。山形短期大学専任講師、岐阜大学大学院准教授を経て2020年から現職。中央教育審議会道徳教育専門部会委員、学習指導要領等の作成協力者などを歴任。日本道徳教育学会理事、日本デューイ学会理事。著書に『学びと生き方を統合するSociety5.0の教育―サイコエデュケーションで「知・徳・体」を総合的に育てる―』『実効性のある道徳教育』『生きる力を育む道徳教育』『ポストモダンの自由管理教育』、編著に『子どもが考え、議論する問題解決型の道徳授業事例集(小学校編・中学校編)』など多数。