生徒指導の新潮流 [第3回] 新生徒指導提要はいじめ対応の必読書
トピック教育課題
2022.12.13
生徒指導の新潮流 [第3回]
新生徒指導提要はいじめ対応の必読書
東京学芸大学准教授
伊藤秀樹
新しい『生徒指導提要』では、現行の生徒指導提要と比べて不登校・暴力行為・少年非行といった個別の課題に対する生徒指導についての記述が大幅に増加する見込みである。いじめについての記述も、現行の生徒指導提要では2ページであったが、今年3月の「改訂試案」等を経て8月に示された「案」では21ページに増加している。以下では、新生徒指導提要の案でいじめについて何が書かれているのか、私なりにポイントを整理していきたい。
関連法規・基本方針・ガイドラインの登場
案では、個別の課題に対する生徒指導についての各章の冒頭で、課題に関連する法規や基本方針、通知等の要点が必ず紹介されている。いじめの章でも、2013年に制定された「いじめ防止対策推進法」や、それを受けて文部科学省より出された「いじめの防止等のための基本的な方針」(2013年策定・2017年改定)、上記の法や基本方針に基づく対応を徹底するために文部科学省が2017年に定めた「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」について、その要点が記されている。
「いじめ防止対策推進法」によっていじめの定義が変更になり、以前より多くの行為がいじめに含まれるようになったこと、それによっていじめの認知件数が大幅に上昇したことは、多くの方がご存じだろう。また、上記の法や基本方針によって、各学校に「学校いじめ防止基本方針」の策定や「学校いじめ対策組織」などの名称の校内組織の設置が義務付けられたことは、記憶に新しいかもしれない。しかし、上記の法や基本方針、ガイドラインは、それぞれ記載内容が大部にわたることもあり、内容の理解が十分ではないという方も多いかもしれない。
実は恥ずかしながら筆者も、案を読み進めるなかで、上記の法や基本方針、ガイドラインの中に十分に理解できていない点があったことに気付かされた。例えば、児童生徒・保護者からいじめの重大事態に至ったという申立てがあったときには、その時点で学校が「いじめの結果ではない」あるいは「重大事態とはいえない」と考えたとしても、重大事態が発生したものとして報告・調査にあたるといった点である(案p.121)。新生徒指導提要は、いじめ対応に不安を覚えた際に読み返すことで、法などに照らして踏み外してはならない点を改めて教えてくれる、困ったときの必読書だといえるだろう。
「被害者」以外の子どもにも目を配る
必読書という意味では、案には子どもたちへの具体的な対応についても、重要なことが数多く示されている。ここでは2点紹介したい。
1点目は、いじめの被害者への安全確保や心のケアだけでなく、加害者への成長支援にも目が向けられているという点である。
案でも述べられているように、いじめ被害を受けている子どもの保護を最優先し、彼らを絶対に守るという姿勢を示すとともに、傷ついた心のケアを行うことの重要性は言うまでもない。しかし、いじめの加害者の中にも、過度の心理的ストレスやねたみ、嫉妬感情といった心の問題がいじめの衝動を引き起こしていて、本来は心のケアが必要であるはずの子どもたちがいる。また、そうした心の問題は、凝集性が過度に高まった学級集団や友人関係、さらには家庭生活などの、本人を取り巻く環境要因によって引き起こされていることも多い。そのため案では、「いじめの行為は絶対に認められないという毅然とした態度をとりながらも、加害者の成長支援という視点に立って、いじめる児童生徒が内面に抱える不安や不満、ストレスなどを受け止めるように心がけることも大切です」(p.134)と、いじめ加害に至った子どもに「罪を憎んで人を憎まず」の姿勢で関わる必要性が記されている。
ここ数年、いじめの加害者に出席停止措置が活用されないことを問題視する声も上がっている(斎藤・内田2022など)。しかし、出席停止措置の活用がいじめ加害に至った子どもに「罰」や「排除」としてのみ捉えられたとしたら、彼らが抱える不安や不満、ストレスは増幅し、仕返し行動や学校外での非行など別の問題へと発展するかもしれない。そうした不幸の連鎖を防ぐためにも、子どもたちをいじめ加害へと走らせるような心の問題や環境要因のあり方に目を向け、加害者の成長も支援していくという視点が欠かせないだろう。
2点目は、勇気をふるっていじめを告発する「相談者」の重要性が新たに提起されるようになったという点である。
「いじめの四層構造論」によれば、いじめは「加害者」「被害者」だけでなく、いじめをはやし立てたり面白がったりする「観衆」や、周辺で暗黙の了解を与える「傍観者」の存在によって成り立っている。そうした中で、「傍観者」の中からいじめを止めようとする「仲裁者」が出てくれば、彼らはいじめの抑止力になる。しかし、子どもたちには集団への同調志向や自らが被害者になることへの回避感情があることも多く、実際には仲裁者は出てきにくい(詳しくは森田2010など)。
案ではそうした前提を踏まえて、子どもたちの中から教師にいじめの可能性を伝える「相談者」が出てくることの重要性を新たに提起している。たしかに、仲裁者になるのは怖いけれど相談者にはなれる、という子どもは少なからずいると思われる。
子どもたちに相談者という役割が知られ、実際に行動に移す子どもたちが増えていけば、深刻化するいじめは減っていくと考えられる。ただし案では、「学級・ホームルーム担任が信頼される存在として児童生徒の前に立つことによってはじめて、児童生徒の間から『相談者』や『仲裁者』の出現が可能になります」(pp.131-132)という注意喚起もなされている。子どもたちの中から相談者が出てくるためには、担任がいじめの被害者を絶対に守るという意思を示したり、学級全体にいじめを認めない雰囲気を浸透させていったりすることで、子どもたちから信頼を得ることが欠かせないということも、心に留めておく必要があるだろう。
引用・参考文献
・森田洋司『いじめとは何か─教室の問題、社会の問題』中央公論新社、2010年
・斎藤環・内田良『いじめ加害者にどう対応するか─処罰と被害者優先のケア』岩波書店、2022年
Profile
伊藤秀樹 いとう・ひでき
東京都小平市出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。専門は教育社会学・生徒指導論。学業不振・非行などの背景があり学校生活・社会生活の中でさまざまな困難に直面する子どもへの、教育支援・自立支援のあり方について研究を行ってきた。勤務校では小学校教員を目指す学生向けに教職課程の生徒指導・進路指導の講義を行っている。著書に『高等専修学校における適応と進路』(東信堂)、共編著に『生徒指導・進路指導──理論と方法第二版』(学文社)など。