学びの共同・授業の共創〔第3回〕授業の事例研究で大事にしていること(2)授業を見るということ
トピック教育課題
2023.01.11
目次
学びの共同・授業の共創
〔第3回〕授業の事例研究で大事にしていること(2)授業を見るということ
学びの共同体研究会
佐藤雅彰
文部科学省が新たな教員研修の枠組みを示したが、問題は研修の中身
2022年8月31日、文部科学省は、教員免許更新制の廃止以後の新たな研修の枠組みとして、教職に必要な素養、学習指導、生徒指導、障がいのある子らへの対応、ICTや情報・教育データの利活用という五つの柱を位置づけた。さらに教師の資質を担保するために、校長が職務命令で教師に必要な研修を受講させる仕組みも盛り込まれた。
教師が生涯にわたって「学び続ける専門家」であることに異論はない。ただ、研修の中身である。
「教師は授業で勝負する」と言われる。授業は、子ども・教材・教師の相互作用で展開される。教師が学習過程で、子どもの多様な思考を捉え、咄嗟の判断で対処する。その行為に教師としての力量や人間性が見える。
教師には、時代の変化に対応したICT機器の利活用などの研修も必要である。けれどもまずは、目の前の子どもへの対処の在り方や「探究」と「協同」による「質の高い学びの創造」を追求する校内研修を校長のリーダーシップで構築すべきである。
塩竈市教育委員会の方針「学びの共同体」による授業づくり
宮城県塩竈市では、吉木修教育長の下、子どもたちが「活躍する場」や「交流する場」を授業中に意図的に設定する「塩竈市学力向上マネジメント」を策定し、弓田宣弘さん(しおがま学び専門官)など市教委が中心となって各学校の授業づくりを支援されている。特に、実践事例を基にした校内研修を重視する。
【実践事例】宮城県塩竈市立浦戸小中学校 中学校3年「美術」絵画の鑑賞〜クロード・モネ「光に色を見つけた画家」〜
舎利倉聡哉教諭(2022年5月24日実施)
塩竈市立浦戸小中学校(佐藤浩一校長)は、離島(野々島)にある小規模の学校で、中学3年生は7人である。学校へは野々島在住以外の子どもたちも船で通学することができ、「船勉(船の中で仲間と予習・復習する)」という自主的な習慣もある。様々な事情で通学する子どもたちや小規模ゆえの課題を抱えながら、教師たちは次の視点で授業力向上を目指している。
視点1 | 教科の特質を生かした学習課題の設定 |
視点2 | 児童生徒の学びを深めるための教師のファシリテーションの工夫 |
本時の目標から教師の思いを読み取り、授業で用いるモノが学習にどのように機能するかを見る
授業のマネジメント力は、本時の目標に現れる。舎利倉先生の思考力・判断力・表現力等の記述には、「どのような手段によって、どのようなことができる」が明確に書かれている。参考にしたい。
誰もが絵を見る機会はある。けれどもどこがよいのか、作者が何を言おうとしているのか、理解できないことがよくある。
舎利倉先生は、そうした子どもたちに、モネの連作『積みわら』を用い、どの部分から何に気づき、何を感じたかを自分の言葉で表現させる。
文学の学びが言葉に対する感性を豊かにすることであるように、絵画の鑑賞は色や明暗など視覚に置き換えた学びとも言える。その意味で、モネの作品が鑑賞の学びにどのように機能するか、面白い取り組みである。
「共有問題」と「ジャンプ問題」のつながりと授業への参加構造を捉える
授業の前半の「共有問題」は絵の中にある「事実」に気づくことを重視し、授業の後半の「ジャンプ問題」は気づきと画家に関する情報などで絵画の向こう側にある画家の心に触れる構造になっている。
共有問題 (授業前半) |
クロード・モネの連作『積みわら』から三つの作品を順番に鑑賞し、どの部分から何を感じたかを自分の言葉で書ける。 |
ジャンプ問題 (授業後半) |
モネは、なぜ同じモチーフと構図で違う表情の絵を描いたのだろうか。 |
(1)3枚の作品を一度に比較しないで、順番に鑑賞することの意義
準備された三つの作品を1枚ずつ順番に鑑賞することは、時間によって変わる光や色の変化に気づくことを求めたのだろう。学び方が面白い。
1枚目は写真1である。画家の名前やタイトル『積みわら、夏の終わり(朝の効果)』の解説はなかった。
絵を見ることは「瞬間に見てとる」ことである。このことが存外、疎かにされている授業が多い。
もう一つ、鑑賞の初期段階において絵の見方に関する多少の訓練は必要である。そこで先生自身が気づいたこと、感じたことを「ポカポカ、春っぽい、あったかい」と板書し、三つに共通する言葉は「気温」だと教えた。
技能教科における技や型の習得では、最初に大事なポイントを教えてもいいと思っている。ポイントがないと「協同」が起きないことがよくある。
子どもたちは、先生の例を参考に絵から様々な気づきをし、グループ活動で意欲的に交流していた。写真2は1枚目の作品の気づきである。
① 時間帯(お昼頃、朝方、夕方)
② 気温(暑そう、気温は高い)
③ 家(周りに家は少ない、日本の家ではなさそう)
④ 家の造り(壁が土、屋根がわら)
⑤ 場所(高い山、平地)
同じ作品を見ても、時間帯では朝・昼・夕と感じ方は異なる。また「積みわら」を家と誤解し、屋根を「わら」、壁を「土」と見る子もいる。
絵画の見方に正解はない。だからこそ各自の感じたことを他者と交流し、他者の思考を自分の思考に取り込んだり、熟考したりする探究的な学びが大事となる。
(2)作品を順番に見ることが、子どもたちの読みを深めている
2枚目の作品(写真3)は『積みわら、日暮れ、秋』である。3枚目の作品(写真4)は『積みわら、晴天・白昼』である(2・3枚目もタイトルや季節・時間帯の解説はない)。
3枚目の作品の交流(写真5)では、「光と影」「色彩」「気温」「時間帯」「家の造り」「絵の質」「画家」「1・2枚目との違い」と広がっている。また、言葉も「日差しが強く昼っぽい」「太陽の位置が違う」「影がはっきりしてきた」「色味がはっきりしてきた」「リアルな感じがする」などと増えている。
鑑賞の学びは、繰り返しの中で絶えず気づきの言葉が更新されていく経験ではないだろうか。
「同じ画家がなぜ同じ対象を描いたのか」 言葉のやりとりの質や理解の深まりを捉える
(1)3枚の作品を時系列的に並べる活動
ある子どもが3枚目の気づきで「なぜ同じモチーフと構図」なのかという疑問をあげている。普通はこの疑問をジャンプ問題にする。
けれど先生は、3枚の作品を朝・昼・夕方という時系列で並べる活動を組み込んだ。主題がなんであるかの前に、まず時間の経過によって変わる自然の移ろいなどを捉えさせようとしたのだろう。
(2)画家の思いや心に触れるには新しい情報が必要である
画家の思いや心に触れるには、画家の生活場所、生きた時代、生涯や他の作品なども参考になる。
そこで先生は「モネはフランスの画家。戸外で油絵の制作を行う。自然の美しさや光の効果と色彩の表現を追求した印象派の画家。連作『ポプラ並木』『ルーアン大聖堂』など光の変化を捉えた作品が多くあり、光の画家と呼ばれる」と紹介し、ジャンプ問題を取り上げた。
(3)沈黙の中で生まれた言葉
画家の心情や意図を考えることは簡単ではない。そう簡単に絵がわかったり、意図を表現できたりするものではない。だから沈黙が続いた。
子どもたちがポツリ、ポツリとつぶやいた。
三井さん:「同じものでも、人によって見方が違う……」
田島さん:「時間が変わると違うものが見えてくる。田村くん、どう考えた?」
田村くん:「一緒に過ごした人生でも、……」
田島さん:「人生って?」
田村くん:「同じように一緒に歩んでも、その人の過ごした時間によって人生は変わるということかな」
仲間:「すごい!」
参観者:「奥が深いなあ!」
(子どもの名前は仮名である。)
田村くんは、短い時間内で時間の経過を「人生」と置き換え、モネの心に触れようとしている。
今回の鑑賞授業から学べたことは、例えばピカソの『ゲルニカ』、ゴーギャンの『我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか』を見たとき、まず絵の中の部分を切り取り「これってなんだろう」と、次に何度も何度も作品を見て考える。さらに画家について知る。これらが絵画の見方を豊かにするということだった。
子どもたちの授業の振り返りを2点紹介する。
①「モネは光と気体を捉えて絵を描いていて、暗、明、普通の三つを描いていて、どれも面白いと思った」 ②「連作という絵の描き方をはじめて見て、自分の中で時間や季節の変化も考えたいと思った」
子どもたちは、探究と協同による学び合いよって、絵には様々な意味をもつ要素があり、それを基に絵を味わい、楽しむことが鑑賞であると学んでいた。
Profile
佐藤雅彰 さとう・まさあき
東京理科大学卒。静岡県富士市立広見小学校長、同市立岳陽中学校長を歴任。現在は、学びの共同体研究会スーパーバイザーとして、国内各地の小・中学校、ベトナム、インドネシア、タイ等で授業と授業研究の指導にあたっている。主な著書に、『公立中学校の挑戦―授業を変える学校が変わる富士市立岳陽中学校の実践』『中学校における対話と協同―「学びの共同体」の実践―』『子どもと教師の事実から学ぶ─「学びの共同体」の学校改革と省察─』(いずれも、ぎょうせい)など。